第39話 窓から見える空
持ってきた荷物の片付けがようやく終わると、リシュールは部屋を決めるときと同じように窓を開けて外を見た。
朝から始めた作業はもっと早くに終わると思ったが、すでに夕刻である。西の空が赤い色と黄色を足したような色で輝き、東の空は薄暗い暗闇に覆われてきていた。
「きれいだなぁ」
リシュールは景色を眺めながらしみじみと呟く。
空が広い。屋根裏部屋からも空は見えたが、隣の建物が近いため、こんな風には見えないのだ。
広い空を見る喧騒や雑多なところから、肉体的にも精神的にも解放されたような感覚がある。
「これが毎日見られるのかぁ……」
これからここが生活の拠点になる。調理場もついているし、暖炉もあるので冬の心配をする必要もないだろう。なによりこれからはおかみのことも考えなくて済むようになる。家賃を含めこれからの生活にかかるお金は、「前払い」という名の借金ではあるが。
「……そういえば、クモイはどういう絵を望んでいるのかな。空の絵かな?」
「前払い」の借りを返すには、リシュールはクモイに頼まれた絵を描かなくてはならない。しかし、まだどういうものを描いてほしいのかは聞いていなかった。
リシュールが描く絵は風景が多い。孤児院にいたころは、外に生えている草花や木々を描いたり、ときには外で遊ぶ仲間の様子をスケッチしたりした。何気ない場面を表現するのがリシュールは好きなのだ。
だが、城下町に来てからは、空を描くことが多くなった。
孤児院のころにも描いていたが、より頻繁になっている。
城下町に来たばかりのときは、物珍しくて大通りの馬車や通りを歩く人々を描くこともあったが、最近はどこかしっくりこなくて、描きはじめても途中でやめてしまっていた。
どうして空は描きたくなって、目新しいものを最後まで描けないのか。
リシュールには分からなかったが、クモイの望む絵が、少しでも描きやすいものだと良いなと思うのだった。
「ただいま戻りました」
「おかえり」
不動産屋とやり取りを一通り終えたクモイが戻ってきた。玄関へ行くと、ついでに買い物をしてきたらしく、紙袋を二つ抱えていた。
「遅くなり、すみません。片付けは進みましたか?」
荷物を台所のほうへ持って行きながら、クモイは主人に尋ねた。
「うん、さっき終わったよ。そんなに荷物はないんだけど、どこに何をしまうのかで悩んで、意外と時間がかかっちゃった」
「そうでしたか。お手伝いできればよかったのですが、間に合わず申し訳ありません」
「そんなの気にしなくていいよ。クモイが不動産屋さんと代わりに話をしてくれたから、僕は部屋の契約とかの手続きをしなくて済んで、楽できたわけだし。それに、備え付けてある家具以外で足りないものはすでにクモイが手配して、部屋に入れていてくれたから僕は自分のことだけに集中できたよ。ありがとう」
「お安い御用です。それに私はマントさえあれば、十分ですので」
そう言って、彼は対面調理場の前にある、高さのあるテーブルを見た。そこにはクモイのマントが畳んで置いてある。
「そこに自分のものが全部入っているんでしょう?」
「そうですね。必要なものは全て揃っています」
「いいよなぁ。マントを持って行くだけで引越しができるなんて。楽で、羨ましいよ」
「そんなことは……」
クモイは曖昧に笑うと、「お茶でも飲んで少し休みませんか?」と言った。リシュールは賛成し、クモイが入れてくれた温かいロフトニー(ほうじ茶のような味のお茶)で一緒に休憩することにした。




