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リシュールと魔法使いの秘密  作者: 彩霞
第二章 マントの中で眠る魔法使い

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第38話 引っ越しの準備

 その日、不動産屋との契約が無事に済むと、二人はすぐに引っ越しの準備に取り掛かった。これから益々《ますます》寒くなってくるので、早めに終わらせるに越したことがないと、クモイが部屋の引き渡し日を二週間後に決めたためである。


 そしてリシュールには、もう一つやらなければならないことがあった。

 下宿屋のおかみにここを出て行く話をしなければならない。


 だが、リシュールは気が重かった。すんなり納得してもらえると思えなかったからである。


「はあ……」


 不動産屋との契約の二日後、リシュールは部屋を片付けながらため息をついた。

 この日は一日荷造りに使うため、靴磨きの仕事は休みである。


「どうしました、リシュ?」


 主人のため息を聞き逃さなかったクモイは、から拭きの手を止めてすかさず尋ねた。


「あ、いや……その……」


 リシュールがクモイをちらと見ると、「頼ってください」と言わんばかりの優しい表情を浮かべている。


「えっと、その……」


「はい」


「……今からおかみさんに引っ越すことを話しに行くつもりなんだけど、上手くいくか心配で……。僕がここに住むようになるまでも、頼み込んでやっとのことで受け入れてもらったから、『駄目だ』とか『親切してやったのにまともに金も出さないで、もう出て行くのか』とか言われそうだなって。本当は引っ越しを決めたときに、言い訳も考えておけば良かったんだけど、すっかり忘れていて……」


「なるほど、そういうことでしたか」


 察したクモイはあごに手を当てて、少し考えると「私に考えがあるので、任せていただけないでしょうか?」と言う。


「ええ? クモイが? でも、突然クモイがおかみさんの前に出てきて、何て説明するのさ」


「大丈夫です。きっとすぐに済みますよ」


 そう言ってクモイは一度マントに入ったかと思うと、不動産屋と話していたときと同じ背広を着て戻ってくる。


「えっと……どこか行くの?」


 リシュールが尋ねると、彼は屋根裏部屋の扉の前に立った。


「おかみさんに会ってまいります」


「え⁉ だ、駄目だよっ!」


 クモイを止めるために思わず大きな声が出てしまい、リシュールは慌てて口を手でおおった。


「見つかったら大変なことになっちゃうって!」


 精一杯抑えた声で、リシュールは言った。だが、クモイはきっぱりと「大丈夫でございます」と言う。


「どうしてそんなことが言えるの?」


「私に考えがございます」


「考えって?」


「おかみさんに、すんなりと部屋の解約を認めてもらう方法でございます」


「どうやるの?」


「それは後ほど、全て解決してからお話いたします。リシュは荷造りに集中していてくださいませ」


 クモイはにこりと笑みを向け、「行ってまいります」と言うと、そのまま部屋を出て行ってしまうのだった。


「荷造りしていてって言われても……、気になってできないよ……」


 部屋に残されたリシュールは、独りちた。


「うーん、どうしよう……。大丈夫かな……? 付いて行ったほうが良かったかな……うーん……」


 部屋の中をぐるぐる歩いてぶつぶつと呟く。

 だが、クモイの後ろをついて行って、彼とおかみのやり取りに聞き耳を立てる勇気もない。


「……」


 リシュールは気をまぎらわすために、仕方なく部屋の片づけを再開したが、頭の端っこで「大丈夫だろうか」、「何か大きな問題にならないだろうか」と、気が気ではなかった。


 ドキドキしながら待ち続け、三十分ほど経ったころクモイが部屋に戻って来た。


「ただいま戻りました」


「ど、ど、どうだった⁉」


 すかさずリシュールが尋ねると、クモイは「解約書」を手にしていた。


「どうやったの?」


 驚くリシュールに、クモイは「適当な嘘を申しました」とちょっと得意そうな顔で言った。


 クモイいわく、「自分がリシュールの生き別れの兄」であること、そして「奇跡的に再会したため共に生活したいこと」を説明したらしい。もちろん嘘である。


 だが、重要なのはここではない。


 クモイは「これまでリシュールの面倒を見てくれたのでお礼を渡したい」と言って、謝礼金が入った袋を渡したというのだ。


 するとおかみは満面の笑みで引っ越しを歓迎してくれたのだという。いつも不機嫌そうなおかみしか見たことがなかったので、満面の笑みを浮かべたというのがにわかに信じがたいが、もし本当だとしたらすごいことである。

 リシュールは、改めてお金の力を思い知ったのだった。


 それから二週間後、引っ越しは無事に終わった。

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