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リシュールと魔法使いの秘密  作者: 彩霞
第二章 マントの中で眠る魔法使い

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第32話 幸運

 その提案にリシュールはぎょっとする。


「待って! それはさすがに多すぎるし、もらいすぎだよ! 絵描きでも何でもない奴の絵に、そんな大金払う人はいないって!」


 自分の父親がまさにそうだった。誰も彼の絵を買わない。だからこそ生活が苦しかったのだから。


 ……いや、それでも彼は画家ではあった。有名ではなくとも画家として生きていた。

 だが、リシュールは違う。孤児院から出てきた靴磨きの少年にすぎず、画家の活動すらしていない。そんな人間の、まだ描いてもいない絵に価値を付けるなどあり得ない話である。


 だが、クモイはきっぱりと否定した。


「絵にどれほどの価値を見出すかは人それぞれです。私はリシュの絵にそれほどの価値があると思っています」


 真剣な表情のクモイに気圧けおされながら、リシュールは「ちょっとしか、見ていないのに?」とクモイの真意を見極めるように尋ねる。

 だが、彼は迷いなくその問いに答えた。


「『一目惚ひとめぼれ』という言葉があるように、一瞬で心を奪われる芸術もこの世には存在するのですよ」


 静かな声だったが、クモイの言葉はリシュールの顔を一瞬にして真っ赤にさせるほどの威力があった。

 だがリシュールは、その世がそう簡単に事が進むところではないことも知っていた。彼は気持ちを落ち着かせると、重ねて問う。


「……で、でも、君が要望するような絵は一枚も描いていないんだよ? それでもそう言い切れるの?」


 すると彼はゆっくりと、大きくうなずいた。


「私には分かります。リシュならきっと人の心に触れるような、優しい色合いの絵を描いてくださるだろうことを」


 リシュールは目の奥が熱くなるのを感じた。普通なら、まだ一日しか一緒にいない人のめ言葉は、お世辞だとしか思わないだろう。


 しかし、このときのクモイから放たれる一つひとつの言葉は、本心からそういっていると思わせるような響きがあった。


 リシュールは照れ臭さを隠すように、そっぽを向いて「……買い被りすぎだよ」と言う。

 すると、クモイは「ふふっ」と優しく笑い、次のように聞いた。


「リシュ、改めてお聞きします。このお願いを聞き入れてくれますか?」


 リシュールがゆっくりとクモイのほうを見ると、柔らかな表情を浮かべている。だが、灰色の瞳からは真剣な眼差まなざしが向けられていた。

 それはリシュールを不思議な心地にさせた。


 クモイはリシュールのことをあるじとし、自らの意思で従者のようなことをしているが、まれな存在だろう。


 孤児院出身をはじめとする貧乏な子どもに何かをさせるなら、力づくでやったほうが楽なはずだからだ。

 実際、お金のない子どもたちを働かせているところは、彼らが何も分からないことをいいことに、きつい労働を無理矢理させていることもあると聞く。


 そのためクモイも、リシュールに「絵を描け」と命令すればいいはずだ。そのほうが効率がいいはずなのに、何故かそうせず、これでもかというほど良くしてくれている。


 きっと孤児院出身の子でなくても、多くの人が天地がひっくり返ってもなかなか経験することができない幸運だろう。


 しかし、いいことすぎて少し怖い気もしている。


 このままクモイが寄こしてくるものを全て受け入れて、何が起こるのか。何もしていない者が何かを得るときは、いつだってその埋め合わせをするように、問題が起きるものである。


 リシュールは孤児院にいるとき、先生からそういう話をお伽噺とぎばなしを交えながらよく聞いた。だから、身の丈に合わないものを求めてはいけない、と。


 だが、そうは言ってもクモイの求めるものに応えるためには、彼の条件をむしかない。

 リシュールは、灰色の瞳の奥にある何か――それがどういう理由のものなのかは分からないが――を信じることにして、うなずいた。


「うん。それにお願いを聞き入れないことには、僕はクモイになんの恩返しもできないからね」


「それは気にせずとも構わないのですが……。でも、よかった……」


 クモイがほっと大きく息をつく。その様子を見て、リシュールも「これでよかったんだ」と思った。クモイが困っているような表情をしているのは、リシュールもつらい。それだったら、彼が笑ってくれていたほうがいいなと思った。


 引っ越しすることを受け入れたリシュールは、早速「引っ越しは、いつするつもりなの?」と尋ねた。

 すると、クモイがぱっと表情を明るくする。主人が乗り気なのが嬉しかったらしい。


「ひと月以内にお引越しができるようにいたしましょう。私は明日から不動産屋へ行って、部屋を調べてまいります」


「じゃあ、明日からはクモイは靴磨きの仕事はしないってことだね」


 クモイを待っている客には申し訳ないが、致し方ない。だが、彼は「できるだけ早く戻って、お手伝いいたします」と言う。


「いいって。良さそうなところを探してきてよ」


 リシュールは自分が屋根裏部屋を借りられるまでの苦労を思い出す。あのときは、来る日も来る日も一日中住める家を探していた。クモイは自分よりずっと要領が良さそうだが、ひと月で部屋を決めて引っ越すのは彼でも難しいだろう。


 そう思ったので、仕事と並行しようとせずに部屋探しに専念して欲しいと思ったのだ。だが、クモイは「大丈夫です」と言って笑う。


「仕事をしつつ、リシュに気に入っていただける物件も探してまいります」


「本当に? 無理しないでよ?」


「もちろんでございます。リシュにご心配はおかけしません」


「全く……頼もしいなぁ」


 リシュールはふっと笑う。先程まで不安に思っていたことが嘘のようである。

 クモイの自信はどこからくるのかは分からないが、リシュールは「誰かが傍にいて、共に大変なことを考えようとすることの安心感」というのは、こういうことなのかもしれないなということを感じるのだった。

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