第20話 温かな食事
「どうかなさいましたか?」
クモイが尋ねると、リシュールは困ったような顔をして言った。
「その……どこから食べたらいいのかな、と思って……」
「どこからでも」
「そんなこと言ったって、どう手を付けたらいいのやら……」
山になっている部分を崩したほうがいいのか、それともスープを先に飲んでしまったほうがいいのか。リシュールはフォッチャを右から見たり、左から見たりして観察する。
それを見ていたクモイがくすっと笑って、「私のお勧めは、カーゼオスとタラパランとフォンを一緒に食べることです」と言った。リシュールはぱっと顔を明るくする。
「分かった!」
早速ナイフと金属のフォークを手に取り、山になっているところに切れ目を入れる。上の部分はザクザクとした感触だったが、半分辺りから柔らかくなり、割れ目を広げるとそこからさらに湯気がふわっと出てきた。
「わっ、すごい!」
リシュールはフォンを自分の一口サイズに切ると、頬張る。
するとフォンに染み込んだ色んな野菜の味のするスープがじゅわっと出て、とろけるようにほぐれたタラパランと、クリーミーなカーゼオスが相まって、幸せな味が口に広がった。
「はふはふっ……! うん、おいしい!」
熱いし、まだ口に入ったままだったが、興奮したようにクモイに報告する。すると彼はまるで自分のことのように、嬉しそうにほほ笑んだ。
「それは良かったです」
お腹が空いていたこともあり、リシュールは夢中になってフォッチャを食べた。木の匙や金属のフォークを持った手が次から次に料理を口へ運んでいく。そのうちだんだんと体が温かくなり、気持ちまで心地よくなったところ、急に目頭が熱くなった。
誰かと一緒に食事をしたのは孤児院を出て以来で、胸の奥が温かくなり、何とも言えない気持ちになったからである。
次第に瞳に涙が溜まり、視界がぼやけてくる。だがリシュールは、必死に涙が零れないように耐えた。
孤児院を出るときも、ただ生きるために靴磨きをする毎日を過ごしていても泣くことはなかったのに、食事を誰かと共にすると思っただけで泣くなんて格好悪いと思ったのである。
気持ちを紛らわせるために無心に食べ、気持ちが落ち着いたころには、フォンを全て食べてしまい、スープしか残っていなかった。
「ねえ、クモイ」
「はい、何でしょうか?」
「ここって高いの?」
お腹が満たされたあと、リシュールはふと心配になった。支払いは彼がするとは言っていたが、値段は気になる。
「それほどではないですよ」
「でも、この料理手が込んでいるよ? 僕、下宿屋でこんな料理食べたことない……」
下宿屋の料理はおかみがしている。
しかし、彼女の料理は「食べられはするけれども、おいしいというほどでもない」という程度で、とりあえずお腹が満たされればいいとリシュールは思っていた。孤児院でもそれが普通だったからだ。
「もしかすると下宿屋のおかみさんは、こちらの出身ではないのかもしれませんね」
「出身?」
「フォッチャはここの郷土料理なのですよ。つまり、この土地の歴史ある料理と言うことです。他の地に住む方でもフォッチャを作る方は沢山いらっしゃいますが、おかみさんはそれを知らない土地の出身だから作らないのかなと。もちろん、好きではないから作らないという方もいるとは思いますが、フォッチャが嫌いな人はお目にかかったことはありません。人は自分が育った地域で食べたものや、印象深い食べ物をもう一度食べたくなるものです。ですが、それをお作りにならないということは、この地の出身ではないのかなと思いました」
どうやらクモイは、リシュールが言ったことを「フォッチャという料理を初めて食べた」ということと勘違いしたらしい。確かに、この料理は初めてではある。だが、おかみが作る料理とも、孤児院で食べていたものとも違って、ずっとおいしかった。そのため、高価な料理なのではないかとリシュールは思ったのである。
しかし、細かい説明をするのも、自分がいかに「腹が満たされるだけの料理」を食べてきたのかを言うだけのような気がしたため、適当に相槌を打った。
「はあ、なるほど」
「でも、おっしゃるとおり、フォッチャは手が込んでいるので、作るのは大変かと思います。その分、料理の値段も上がります」
リシュールは驚いて、心配そうに「払える?」と尋ねた。
だがクモイはにこっと笑い、その憂いを吹き飛ばしてしまう。
「心配しなくても大丈夫ですよ。ロフトニーと合わせて一一〇セトです。二人合わせても二二〇セトですから、今日私が稼いだお金で十分払えます」




