第14話 最初の客
「手を煩わせないって……」
どういうことだろうか、とリシュールは思う。仕事は手伝うのに稼いだものを全て渡すと言うということは、仕事をしなくてもいいということだろう。
「クモイってさ、もしかして……沢山貯金があるの?」
リシュールは何げなく聞いた。
お金のない主人のことを気にかけてくれるということは、自分に生活の余裕があるからだ。そうでなければ、「稼いだお金まで渡す」などとは言わないはずである。
だが主人の問いに対して、何故かクモイは曖昧な表情を浮かべ、「そんなところです」と言う。その様子を見ていて、何となく「貯金があるから」ではないことを感じた。
しかし、それ以上聞く気にはなれなかった。
自分がクモイの主人ということなら、命令すれば彼は本当のことを口にするのではないだろうかとリシュールは思う。誰かの主人になったことはこれが初めてだが、物語に出て来る主人と使用人の関係では主人の命令は絶対であって、きっとクモイに「教えて」ということいえば答えてくれるはずだ。
だが、そんなことをしたら、クモイとの間に取り繕えないほどの溝ができるような気がした。
言いたくないことを主人だからといって言わせるというのは、いい気分ではない。また、理由は他にもある。
無理矢理言わせてしまったら、これからのクモイとの関係が悪くなってしまう気がしたのだ。いつまでこの関係が続くのか分からないが、少なくとも今日で終わりそうにはないので、リシュールは言葉を呑み込むのだった。
「兎にも角にも、お金のことは気になさらないでください。私はリシュのお役に立てるのであれば、それで構わないのですから」
「……そこまで言うなら、まあ……いいけどさ」
リシュールはフォンを一口食べると、もぐもぐとしっかり嚙みながら答えた。そして言葉を続ける。
「さっきの話も……」
「え?」
「靴磨きやれるんでしょう? だったらやってみてよ。道具は貸してあげるからさ。お手並み拝見」
そう提案すると、クモイはぱっと表情を明るくした。
「ありがとうございます」
するとそこに、一人の男がこちらに近づいて来た。リシュールは慌ててフォンを道具箱に隠し、クモイは畳んだマントの間にそれをしまった。
「こんにちは。靴を磨いてもらえるかな?」
濃い灰色の背広の上にコートを羽織ったその人は、四十代くらいで、丸眼鏡の奥にある目が細いせいか、柔らかな印象がある。
リシュールが応答しようとすると、クモイが手で制し「自分に任せてくれ」という仕草をしたので、とりあえずやってもらうことにした。
「かしこまりました。では、どちらかの足をこの台に載せてもらえますか」
男性は「じゃあ、こっちで」と言って、右足を台に載せる。リシュールはその間にクモイと場所を交代し、脇から男性の靴を上から覗いた。
靴紐のない黒い革靴だったが、砂埃のせいで白っぽくなっている。だが、汚れはそれくらいでだったので、手間は掛からなそうだ。
リシュールが靴の状態を確認している間に、クモイは「どのようにいたしましょうか?」と尋ねた。すると男性は少し驚いた顔をする。これにはリシュールも同じような反応をした。「路上の靴磨き」が仕上がりのことを尋ねることなど、前代未聞だったからである。
「どうしてそんなことを聞くの?」
尋ねた男性に対し、クモイは朗らかな笑みを浮かべ説明をし始めた。
「好みや流行があるので、念のためお聞きしました。多くの方は、表面が軽く輝きを持った状態にしているようですが、最近のアルトランでは、足先を鏡のように磨く『鏡面磨き』が流行になってきております」
「へえ、靴磨きにも流行があるんだね。僕は君の話で初めて知ったよ」
感心したのは男性だけではない。リシュールもである。靴磨きにそんな事情があったのは、初めて知った。




