クララ・ヴィクルと夕食
「いいわね。火の精霊に愛されていると、パンすら上手く膨らんで」
「それはおまえが不器用なだけだと思うぞ」
クララの家には専用の料理部屋がある。
これはクララの広大な家と契約地、有り余る財力、趣味:発明により行えるものだった。
「精霊はいうほど万能じゃないけどな。太陽が陰れば、精霊の力は弱まる。月夜の精霊、影の精霊以外はみんな眠ってるよ」
「月夜の精霊なんて見たことないわ」
クララは白パンを薔薇の紅茶に浸し、口の中に入れる。つまみ食いだ。
ノアリスは食器を並べたり、準備中だ。
外の風は気持ちがいい。前髪が持ち上げられる。
クララの家の庭は、モンスターを飼ったり変な…というか美しくない庭でもあるが、
薔薇が植えてあったり、4脚の猫足(←クララの趣味)、弦と花の文様が装飾されている。
クララは椅子に体重をかけつつ、脚を絡めた。
「わたしだって精霊を認知る目はあるのよ」
「月夜の精霊は基本、出てこないから。見たことない人が多数だと思うよ」
言いながら、砂糖漬けしたニカルのパイを等分する。
炉だけではこんないい出来はできない。クララの庭にある炉は、天才発明家の父のおかげで大幅な改良をしてある。
それでも、こんなにいい出来のパンやパイなんてできやしない。
これはノアリスの愛され体質によるものだ。
ノアリスはありとあらゆる精霊から愛されている。
火の精霊の言うことを聞かせるなんて簡単にできるだろう。
クララはといえば基本、精霊に愛される事はなかった。
精霊と目が合えば喧嘩が始まることも多々ある。
クララ自身は気力・体力・魔力ともに全部、弱いが、精霊が攻撃が得意ではない おかけで無事でいることができている。
中には攻撃してくる精霊、攻撃が得意な精霊もいるが、そんなものは少数派だし、なにより高位精霊に限られる。
それでも火を吹かれたこともあったし、風の刃で刺されたこともある。
クララが無事で生きているのは、まじないの宝石たちのおかげだ。
「なにこの液体」
クララは行儀悪く、怪しいものを鑑定するかのように、顔を近づけ、眼鏡の奥のジト目をさらに細めた。指先で眼鏡の金色のチェーンを鳴らす。
クララの死線の先にあるのは、これまた装飾美で周りを縁取られた皿の上のスクランブルエッグに乗る赤い調味料だった。
「異国の食べ物。そのままだと酸味が強くて美味しくないから、煮詰めて香草で味付けたんだ」
「美味しくなさそう」
「変な見た目じゃないだろう」
スプーンで掬って口に入れる。
「悪くはないわ」
「クララ、行儀が悪いぞ。食べる前は…」
クララは鬱陶しそうに横目で睨みつけた。
「手を洗う」
「食べる前の祈りだ。豊作は精霊のおかげ。それを忘れたら精霊は恵をくれなくなる」
「祈りなんかなくっても変わらないわよ」
「…」
「…変わるかもしれないわね。…まだ証明できてないし。モンスターがどうやって生まれるか、精霊がどう生まれるか、まだ研究だし。祈りが無意味だとは断言できないわね」
ポソポソと呟く。最後にクララは唇を不機嫌に尖らせたまま、「精霊に祝福を」と角砂糖を入れ、薔薇の紅茶をスプーンで一回りした。




