3話 招かざる客②
のんびり旅人ライフ。世界のあちこちに行って、ごはん食べてお茶をして、気まぐれに人助けをしたり、国を荒らしたり......
この人は無責任なので、その日の気分で行動します。
クララの家は小さい。
どう見ても一軒家、よくて2部屋程度の大きさにしか見えない。
だが中は明らかに見た目の10倍以上は広い。
錯覚や感覚の問題ではない。
木のぬくもりを感じるドア。ドアは人が近くによると勝手に開く。これに慣れてしまっていたから、クララは扉が開かないと、町で怒る羽目になった事すらある。
こんなメルヘンに見えて、つくりは近未来的なのだった。
クララとクララの父は偉大なる発明家だった。
クララの父は1代で文明を跳躍させるほどの天才だった。
手先が器用というレベルではない。ものの考え方が人とは次元が違うのだった。
まだ誰も見たことがないものを作る。
それゆえに理解されないし馬鹿にもされてきた。偉大な発明家と名が知れる今になっても、彼を理解できる者はいないだろうと思う。
(それ以上に)
クララは物憂げに眼光を鋭く細めた。
もともと凄みのあるジト目がさらに凄みを増す。クララ自身に攻撃性はなく、むしろ人に興味がなく、無力であるのに、怖いと言われやすい。
(それ以上に父は憎まれている)
「モンスターなんて飼ってるから”魔女”なんて言われるんだぞ? 知ってるか、ここ? ”魔女の館”なんて言われてるんぜ?」
ノアリスの口調はどこか面白がっていた。
この男はなにがあっても楽しそうに笑っている。人生を楽しんでいて笑い上戸。ある意味、本音が見えない奴。
怒っているのか馬鹿にしているのか。旅人気質の自由人にしては協調性もあるし、抜かりない側面もちゃんとある。人の機微に敏く、それでいて余計な事には勘づかない賢い疎さがある。
クララはこの男があまり好きではなかった。
彼は精霊に愛されすぎている。世界は精霊と共にある。精霊に嫌われたら終わりだ。
精霊とは脅威でもあるわけだ。
この男は精霊に好かれすぎている。精霊は100の理屈よりも0の感性をとる、と言われるほどに、感性で生きている。理屈は通じないのだ。
クララは無自覚無意識に、この男を警戒してきた。
だが最近になって、この男をなぜ恐れるのか理由が浮き彫りになっていた。
「そうだ。日が暮れる前に行かなきゃいけないところがあったのよ」
クララは、そこをどけよ、とでもいうかのように、手を振った。しっしっ。まるでハエを追い払うかのような動作でも、この男は怒らなかった。相も変わらず、その美しい中世的で幼さの残る顔に微笑みを浮かべたままだ。
ときどきクララは、この男は笑い上戸ではなく、こういう顔なのではないかと思うときがある。
クララ自身が怒っているわけでも不機嫌なわけでもないのに、不機嫌に見られやすいのと同じで。
「その恰好で行くのか?」
「おかしな恰好なんてしてないでしょ?」
「十分、おかしいと思うぞ? もっと女の子っぽく…」
「もう女の子なんて年齢じゃないから」
「もっと人間らしくさ。身なりには気を遣ったら? おまえん家は井戸なんて必要ないんだろ?」
「あなたに言われたくはないのよ」とクララは素で思った。
実際、この男は恐らく井戸や水路から水を汲みに行くということをしたことがない。
なぜなら彼は”祝福の子”だから。
あらゆる精霊に愛された彼ならば、望めば水の精霊が勝手に水をくれるだろう。
クララは精霊に愛されない。というか、クララの気のせいならばいいのだが、精霊に嫌がらせをされている。外に出たら雨が降ったり、カップが割れたり、クララは精霊の嫌がらせを受けているとしか思えないときがある。
クララは嫉妬心のあまり、ジト目で目の前の男ノアリス・レレを睨みつけた。
だがノアリスはきょとんとした顔をしている。疎いのか惚けたフリをしているのかクララには判断がつかない。この男が世渡り上手なのも本当だし、天然なのも本当だった。
クララはふと、そんなこと気にしてもしょうがないわ、と急に冷めた。
クララは根気がないというか5秒後に気が変わるところがある。気分と感性で生きている。そこに合理性や理屈はない。
ただ気分の思うままに行動する。理屈や合理性があまりにもなく、決めるは自身の感性。おまけにカリスマ性があるわけでもないため、独りよがりになりがち。
「髪、洗ってくるわ。暑くてべたついてしょうがない」
クララは踵を返した。
クララの頭は自身で飼い始めたモンスターの唾液がべたり、と髪から胴体までついていた。
卵から大切に育てたモンスターに食べられかけるとは、なんとも情けない。
(でも怪我はしていないのよね…)
クララは疑問に思い、首を傾げる。
モンスターを飼ってみようと思ったのは、モンスターの卵を偶然、見つけたからだ。
クララは自他ともに認めるほどの臆病&戦闘能力弱すぎなので、ダンジョンに足を運ぼうとは思わない。
モンスターの卵を見つけたのは偶然だ。冒険者がモンスターの卵を使って料理を試みている場面に出くわしたのだ。それをクララが買い取ったわけだ。
モンスターの卵は温めなくても、適当に庭に放置しただけで簡単に孵化した。
モンスターと獣は別物だ。別物だと言われてはいるが、なにが異なるのか、そんなものは誰もわからない。そんなものに娯楽性もなければ実用性もないからだ。誰も調べようとは思わない。
だがクララは特殊だった。
思考がぶっ飛んでいた。
クララは自動的に開くドアから入った。
靴下やらジャンバスカートやら、トップス、下着を脱ぎ散らしつつ、風呂場に向かう。
指輪、腕輪、ピアス、ネックレスは推しレベルでお気に入りなので、丁寧にジュエリーボックスにしまう。
欠けた部分がないか、無自覚にチェックしてしまうのは、職人だからだろう。
どれもクララの手作りだ。岩石や魔石も自分で採りに行った。クララは認めたくはないが、クララひとりでは確実に死ぬとわかっているので、お人よしの用心棒をつれてダンジョンから竜眠山まで宝石だけを目当てに行ったのだ。
風呂場は母が来てから、体を洗う専用のスペースがつくられた。
母は神経質な人で、公衆の場で体を見せるのを死ぬほどに嫌がった。
この国はとても恵まれていて、絶対に安心とはいえないが、秩序のよく事件すらない平和で穏やか。水も綺麗で整備されている公衆浴場がある。
だが母はそれすらも嫌がった。本当に神経質なヒューマンだった。
発明家の父が母のためにつくった風呂場。
水がちょうどいい温度に出るようになっている。
水はわざわざ管をつくり、押すだけで出る。わざわざ水路まで水を汲まなくていいところがいい。
「眼鏡、忘れてたわ」
水滴のついた眼鏡を外す。
なぜ目の上に変なものを載せているの? と訊かれることが多いが、これは眼鏡だ。
視力を補うためのレンズ。
これを通すと、ぼやけていたものが明瞭になる。
クララはうとうとした。
「薔薇とハーブ…どっちがいいかしら?」
どっちも入れちゃえ。
湯船の中に身体をごろんと突っ込んだ。
腰まである金色の髪を浸すと、水の中で精霊樹の枝のように広がる。
クララは目をパチパチと開いては閉じてを繰り返して…。
眠りについた。
ラインスタンプ作成中。




