2話 招かざる客②
ペットのモンスターに喰われかけ、ジタバタと喘ぐクララを救ったのは、偶然来た王様だった。
土地契約を引き継ぐなり、自力で得るなりして、38エビリアスのここらへんの地の精霊と契約している王。
彼は精霊から愛され、彼が通った道には、馬車が轍の痕を残すように、可憐な花道を残していた。
彼が通ると土の美精霊たちは喜びを表すかのように、花を一斉に咲かせるのだった。
彼は精霊たちから愛されていた。世界とは精霊だ。彼は世界から愛されている。そんな彼は”祝福王”と呼ばれる。
クララがダンジョンから持って帰ってきた生物は、祝福王の剣によってバラバラにされた。
「死んじゃった......」
クララはぽつり、と零した。
「大事に育ててたのに......」
そんなクララの頭に軽い拳骨がお見舞いされた。
「モンスターなんて地上で飼っていいもんじゃないだろ? 精霊の気持ちも考えろよな」
「わたしは精霊主義じゃないの。精霊なんて居なくてもいいと思っているくらい」
「それでもは世界は精霊と共にある」
「こんな不審者も通すような残念な精霊よ」
クララは皮肉気な口調で意地悪く言い放った。
その言葉を聞いたかのように、クララの前に突如として何かが現れた。
光の粒がその周囲だけ異様にキラキラと輝く。
やがて形創ったのは美しい女だった。肌は半透明で向こう側が透けて見える。色は精霊特有の生き物ではない色をしていた。
「あら? わたしの”契約”は”宝物庫”を守る事。あなたを守る事ではないわ」とさらりとした滑らかな口調で言い放つ。妖艶な響きさえ残して。
その声は生き物とは違って、共鳴するかのような響きを持っていた。
大きな瞳。エルフと同様の10頭身。胸には大きな脂肪。
クララは知っていた。薄々、この精霊はクララを好きではない事。そしてクララがひけめに感じている体形をからかっている事も。
精霊に生殖器など必要ない。だからこそ、その胸の脂肪は無意味だという事。
クララを馬鹿にしているのだ。
クララは眼前の脚を組んでいる優雅な精霊を睨みつけた。
馬鹿みたいに包容な双丘をタプタプと揺らしている。
この精霊の本当の姿、それこそ性別すら知らない。
精霊がどのように生まれ死ぬのかも。
それでもほぼ確信を持って言える。精霊に胸などあるわけがないのだ。
精霊の子育てにおっぱいが必要なわけがない。
これはどう考えても、まな板胸クララへの嫌がらせだ。
実際、クララはまな板胸ではないのだが、規格外のエルフの胸を基準にしてしまっているので、自分が女として劣っていると思っている。
女は胸の大きさだけが全てではないし、胸が過剰に大きいのも疲れるし、意味がないのだが。
精霊はクララへの嫌がらせが済んだ後は、颯爽と横にいる王様に視線を移した。
この精霊はーーというか、クララが今まで見た限り、ほぼすべての精霊は、この男が溺れるほど好きだ。
精霊はうっとりと頬を緩めた。
土属性の精霊。
この土地に宿る上位精霊。
自由自在に形をとれることも、声を出すことができるのも、上位の精霊である証だった。
クララは時々、思う。
あの父が、どうしてこんな上位の精霊と契約できたのか、不思議だわ、と。
それを訊く気も確かめる気もなかった。それくらい、この精霊とクララには埋まらない溝があった。
確執があるというわけではなく、お互いに無愛想で高飛車気質があり、社交性に欠けていた。
お互いに歩みよることをしなかったのだ。
その精霊は身体を捻る。光の粒が一際、輝き精霊の身体を包む。今度は多分、本来の好む姿に身体を変えていた。
恐らくはこの姿が本来の姿に近いのだろうと思う。
クララも、父が契約したこの精霊が何属性の精霊なのかすら、はっきりとわからない。
土属性の精霊ではないかと思ってはいたが、今から考えると根拠はない。
もしかしたら光属性かもしれないし、草属性かもしれない。
精霊自体が謎に包まれていて、精霊自体も言葉は喋るくせに、自身のことを喋らない。
クララは精霊がなにかの役に立つ可能性があるのなら、モルモットにしたいと思っている。
だが、いくらやっても探りを入れようとしても、その姿ひとつ拝めないでいるのだ。
ちなみにクララは精霊と契約を結んだことはない。
なぜならクララと精霊は相性が悪かったので、契約を結ぼうが失敗した。
あなたを研究させてほしい、と直に言ったとき、精霊はいきなり攻撃してきたのだ。もし、この幼馴染が守ってくれなければ死んでいた。
あれからクララは精霊と契約を結ぼうと思ったことがない。
父と契約を交わした精霊。
蝶と同じくらいのサイズに姿を変え、この男ノアリスの周りの蝿のように纏わりついている。
羽を4枚もつけて、パタパタと動かしている様はあざとい。よくもそんなに女の子ぶれるものだな、とすら感心するほどだ。
目は瞳部分が大きく、白目はほとんど見られない。ここは以前の姿とは変わらない。
この精霊はどうでもいい話を一方的にしている。なにもしないのに、よくもこんなに話題があるものだとすら思った。他人の噂話で盛り上がっている様は、本当に女のようだった。
「ほんと、あのバカ親が死んだら、次の契約者になってほしいくらいだわ」と被害者のように、哀愁を滲ませた。手を頬に当て、首を傾け憂う。精霊は上位に限るが、人の言葉を理解できる。だがそれでも多くの精霊は人の機微などわからない。人の表情に疎いのだ。それはわたしたちが小鳥を愛でていても、気持ちや表情を察せないのと同じだ。
だが、この精霊はクララ以上に社会性があり、人の機微に長けている......気がする。
クララは無意識に社交性のある、この憎たらしい精霊に嫉妬に似た嫌悪を抱いた。
「この土地はわたしのものなのよ。なのに、なんで変な植物ばっかり飼われて厄介」
プンスカと精霊はクララの愚痴を話し始めた。鬱憤が溜まっていたらしい。どの程度、不満に思っていたかはわからないが、精霊はイラついたら、その場その時で癇癪を起こす事が多い。
しかし、この精霊は愚痴り発散する事ができる。これは感情や性格の問題で、上位か下位かの問題ではないが、高い言語能力と高い感情コントロール能力が垣間見える。
土地は精霊のもの。
人は植物と同じで、そこの土地に勝手に住んでいるにすぎない。
ーーーーそんな風に精霊側は思っているらしい。
ちなみに世間一般も。
クララは認めないが。
人が土地に家を建て、自分の好きなように作っている。その時点で、土地は人のものだと思うし、理論や理屈は別として、自分のものだと思っているから自分のものだと思う。
「ん、待って」
クララは素で声を出した。
「父さん生きているの?」
この精霊は「ほんと、あのバカ親が死んだら、次の契約者になってほしいくらいだわ」と言っていた。
「生きてるわよ」と精霊は隠さずに、さらりとした口調で答えた。
「ずっと帰ってきてないのに? もうこれこれ10年よ。わたしが熱で倒れたときも帰ってこなかった」
「そんな知らないわよ。わたしはあの男とは信頼も信用もないのよ。自分の家族のコミュニケーションは自分でやりなさいな」
そう言いつつ、精霊は姿を消した。
気まずかったから逃げた、とかではなく、ただ単にもう飽きたからだろう。
次はどうしようか考え中。




