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一話 狐と出会う

一回書いてみたかった和風ファンタジー。

予定では10話完結、のはず。

「まただ……」

 手元のスマホにはもう何通目か分からないお祈りメール。

「ああ、もうほんとなんでこんなにうまくいかないんだ……」

 私は湯守鈴子。就職活動中の大学生だ。

 就職活動なんて売り手市場の昨今、ラクショーだと思ってた時期が私にもありました。

 だけどここまで全敗だ。

 書類で落とされ、面接で落とされ、たまに最終選考まで行っても「ご縁がなかった」というお祈りメールが来る。スマホの通知を見るたび、胃が縮むような感覚になる。お父さんとお母さんは焦らなくてよいって言ってるけど、さすがにそういうわけにも……。

「よし、気分転換するか」

 私が向かったのは、隣りの那智町にあるひいおじいちゃんの代からの銭湯だ。

 令和の今では、銭湯と言う場所はレトロブームもあって、割とお客さんが多く細々とだが続いている。

 今はおじいちゃんとおばあちゃんが経営しているが、自分たちが死んだらここは閉めると決めているらしい。

 入口のすぐそばには、小さなお稲荷さんがあるのも変わらない。

 子供の頃はよく来ていた。

 広いお風呂で温まった後に、冷たいフルーツ牛乳を飲むのが大好きだった。



 久しぶりに訪れた「湯けむり庵」は、昔とほとんど変わらない姿でそこにあった。

 瓦屋根、色あせた暖簾、ぎしぎし鳴る木の引き戸。

 どこか心が落ち着く匂いと、湯けむりのぬくもり。

「あら、鈴子!どうしたんだい、珍しい」

 おばあちゃんが出迎えてくれた。

「おばあちゃん、お風呂入っていい?」

「もちろんいいよ。さっきお湯をお張ったばかりだし、今日はまだ誰も来ていないから一番風呂だ」

「やった、ラッキー。じゃあちょっと入らせてもらうね」

 脱衣所で手ぬぐいを手に、湯船に体を沈め、肩まで浸かると、熱さがじんわり全身に広がった。

「うああ……」

 思わず声が出る。

 真昼間のまだ開店前の一番風呂最高……!!

 今日の一番風呂は格別だ――そう思ったその瞬間、湯の表面がひゅう、と小さくうねった。

「……え?」

 見れば、湯気がただ上がるだけでなく、渦を巻くように舞い、白い霧の中に淡い光の帯が走っている。

「何……?」

 手を水面に触れると、ぬるりと指先が吸い込まれるような感覚。

 とっさに後ろに引こうとした瞬間、背中を押されるように、身体ごと湯の中へ沈んでしまった。

 溺れる……!なんて感じた瞬間、湯から体を跳ねだした。

 気づけば、浴室の空気が変わっている。

 木の香り、LEDではなく、ガス灯の柔らかな明かり、そして人々の話し声。

 私一人しかいなかったはずの浴槽にいつのまにかたくさんのお客さんがいた。

「え……?」

 脱衣所の腰掛けには着物姿の客たちが桶を手に談笑している。

 私が脱いだはずの籠には私の服はなく、代わりに知らない赤い浴衣があった。

「え、まって、なんで……?おばあちゃん……?」

 まず見知った顔を探すが、番台には祖母ではなく、私とそれほど変わらない年齢の女の子がいた。知らない子だ。おさげ髪に赤色の花模様の着物。

「あ、あの……!ここは湯けむり庵、ですよね?」

 女の子に問いかけると、にこりと笑顔で返事をくれた。

「はい、ここは湯けむり庵ですよ。お姉さん、初めて見るお方ですね。この町には最近越してこられたんですか?」

 いやいや、私の知ってる湯けむり庵はこんなんじゃない。

 落ち着け落ち着け。これは夢だ、私きっと浴槽にもたれかかって寝てるんだ。

 よし、目を覚まさないと!

 もう一度洗い場に戻り、水を頭から被る。冷たい。え、夢じゃない!?

 浴槽に入ると、隣りにいたお姉さんに声をかける。

「あの、すみません」

「ん?なぁに?」

 なきぼくろが色っぽいショートカットのお姉さんだった。

「あの、ここは湯けむり庵、ですよね?」

「ええ、この町でも最近できたばかりの新しい銭湯よ」

「新しい?」

 え?

 だって湯けむり庵はひいおじいちゃんが作って、確か大正時代の終わりの頃だったって……。

「あなた、ここは初めてよね?私、毎日のように来ているから、ここの常連さんはたいてい顔見知りなの。人も、それ以外も」

「え、それ以外って……」

 お姉さんが湯気の中でにっこりと微笑む。

 その艶やかな髪の間から、何かがぴょこんと……って耳?え、狐の耳?

「それ……耳……?」

「あら、あなた見えるのね」

「見えるって……」

「私、これでも変化の術にはかなり自信があるのよ。一目で見破った人間はこの町では文太くらいだわ」

 文太って……ひいおじいちゃんの名前!?

「え、文太って、ひょっとしてひいおじいちゃんのこと?」

「あら、あなた、文太のひ孫なの?じゃあ、番台の瑠璃子のお孫さんということね」

「えっ……おばあちゃんの名前、どうして知って……」

「だって、私、この湯守の家の護り狐だもの」

 すみません、もう何が何だか……。

 ふと気づくと、お姉さんと私以外、浴槽にも洗い場にも誰もいなくなっていた。

 なんだろう、何だか湯船から嫌な感じがする。

「……今夜は怪異が来る予感がしていたのだけど、当たりだったようね」

 お姉さんが水面に目を落とすと、ぼこっと大きな泡が湧いて、湯気が一気に広がってまるで霧のようになった。

「え、これ……?」

「今日は地の底がやけにざわついていると思ったわ。これを町へ出すわけにはいかない。文太のひ孫、名前は!?」

「ゆ、湯守鈴子です」

「鈴子、手伝って。これを外には出せないわ」

 お姉さんが手ぬぐいをバシンと音を立てて引っ張ると、まるで刀のようにとがって固まった。

 え、凍った?いや、こんな湯船の中でそれはないわ。

 お姉さんが構えた手ぬぐいの切っ先に、湯気が吸収されるように集まっていく。

 その白いもやの中から、ぼんやりと人の顔が浮かんだ。

 老人のようにも、子どものようにも見える。けれど、どこか形が定まらず、目の部分らしき場所だけがぎらりと光っている。

「――これは、湯煙童子」

 お姉さんの口から低く霧の中の人影の名が告げられた。

「こやつは湯屋の熱と湿り気を糧にして増える怪異。長く放っておけば、町中を霧で覆い、人を迷わせてしまう」

「え、そんなのここから出たら大変なことに……!」

「そう、だからここで止めるわ。手伝いなさい、鈴子」

「手伝うったってどうやって……!」

「ああ、もう!仕方ないわね、最初だけ私が手伝ってあげるわ。はい、これつかうわよ」

 私の持っていた手ぬぐいに触れたお姉さん。

 すると私の手ぬぐいも、お姉さんの持っているのと同じ手ぬぐいブレードになった。

「それで湯気を集めなさい」

 言われるまでもなく、まるで掃除機のように勢いよく手ぬぐいブレードに湯気が集まってくる。

 吸い込まれた湯気は、ぶわっと私の手ぬぐいの切っ先で渦を巻き、怪異の顔がぎょろりとこちらを睨んだ。

 

「ギャアアアアァァァァァ……!」

 

 耳を劈くような声が浴場に響き渡る。

「鈴子、怯むな!そのままいくよ!」

 お姉さんの手ぬぐいと、私の手ぬぐいの刃が同時に湯気を切り裂く。

 すると、霧の中の人影は一瞬ぐにゃりと歪み、しゅるしゅると小さくなっていった。

 最後には、手のひらに収まるほどの白い湯気の塊となり、ぷかりと湯船に。

「……え?」

「よくやったわね。初めてにしては上出来よ」

 お姉さんがふうっと息をつくと、狐の耳がぴくりと揺れた。

「これで湯煙童子は湯に消えて戻ったわ。今夜のところはこれで大丈夫」

「はあ……」

「お疲れ様だったわね。あなたはここよりずっと未来の人間なんでしょう?だったら次はあなたの時代で会えるわ」

「……え、えと、私……帰れますか?」

「もちろんよ、ちゃんと帰れるわ。というより私が帰します。脱衣所に浴衣があったでしょう?赤い浴衣」

「は、はい……」

「それを着て、表の稲荷に帰りたいと祈りなさい。そうすれば、あなたの生きる時代の湯けむり庵へ帰れるわ」

「わ、分かりました……」

 もう何が何だかわからないけど、帰ろう、帰らなきゃ。

 私は脱衣所で慣れない浴衣を何とか着ると、銭湯の表のお稲荷様の前に座って手を合わせる。

 帰りたい、帰して。

 すると、ふわっと体が軽くなり、一瞬踏ん張るとそこは一人きりの湯船の中だった。

 え、やっぱり夢だった?

 脱衣所には私の服とバッグがちゃんとあって、おばあちゃんもいた。

「おばあちゃん……!」

「鈴子、どうかしたかい?」

「あ、あの……あのね!」

 さっきまでの不思議な出来事のことを話そうとしたとき、反対側の男湯の入り口が開いて誰か入ってきた。

 まだ開店前なのに、と思ってちょっと覗くと背の高いイケメンがいた。あれ?どっかで……。

「瑠璃子、今日は私が一番風呂でいいかしら?」

「いらっしゃい、紅葉さん。はい、一番風呂ですよ」

「良かった。……って、あら、鈴子?」

 ってそのなきぼくろーーー!!

 ニコニコしてるイケメンはさっきまでのお姉さんにそっくりで、違うのは性別だけだった。

「鈴子、無事に帰れたのね。良かったわ」

「おや、うちの孫娘を紅葉さんごぞんじで?」

「ええ、色々手伝ってもらったのよ」

「うちの息子の子です」

「あら、登太郎の娘なのね」

 ってうちのお父さんのことも知ってんのかい!!

 固まっている私に、イケメン狐がウインクをよこす。

「また手伝ってね、鈴子」

 って手伝うってあれを!?またあれを!?

 え、無理です、就活しなくちゃだし。

「……おばあちゃん、私帰るね」


 もう当分ここには来ない。絶対来ない。

 と思ったけれど、私はここから湯けむり庵の未来に巻き込まれていくことになるのだった。

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