前編 1章 遊んだ後に/2章 突然の提案
1章 遊んだ後に
「カイまだか?」
「もうちょい待ってくれ」
この五枚のカードの中から、どの手持ちのカードを変えるか迷う。このままでも良いんじゃないかとも考えてしまう。
「今、大事な時なんだ」
このカードを変えたら勝ちやすいが点数が低い、手持ちのカードのままならそろいにくいが点数が高い。あと三ターンどうする?
「これ三ゲーム中の二ゲーム目だよ。あと一ゲームあるんだから、そこまで考える必要あるか?」
「そうですよ。カイくん。考えすぎですよ」
左右にいる友人二人が催促する。
「わかったよ」
俺は点数が低い方を選んだ。選んだ結果、この悩んだゲームでは上がったが、次のゲームで逆転された。ゲームが終わった時に時間が来たので、俺達はボードゲームカフェを出た。時計を確認すると一六時だ。日が沈むにはまだ少し時間がある。帰るのは少し早い気がする。
「やっぱり、点数が高かった方にすれば良かった」
「カイ君は昔から決断が、なかなか出来ないですよね」
「そのくせ、選んだ結果を後悔する」
友人二人は深く頷いた。この二人とは高校からの付き合いで、良くも悪くも色々と俺の事を知っていた。
「何だよ。何だよ。いいじゃんか」
「まぁ、良いですけど」
遊真が軽く笑った。
「次の地下鉄で俺は分かれるけど、次はいつ遊べそう?」
「僕はまだわかりません。またシフト出たら連絡します」
「カイは?」
佐久都がこっちを見る。
「俺も仕事次第だな」
「了解。二人とも予定が決まったら教えて、調整するから」
佐久都は大学を出てすぐに、フリーライターになって比較的、時間の調整をしてくれる事が多かった。佐久都はまたなと言って地下鉄の階段を降りていった。
「カイくん。これからどうします?」
その時、遊真のスマホが鳴った。
「解った。今からそっち行くよ」
遊真は電話を切って、俺の方を向く。
「カイくん。ごめん。彼女からの急な呼び出しだから行くね」
「解った。解った。それじゃな」
遊真は謝りながら人混みの中に消えていった。確か来年の春には結婚するかもと言っていた。遊真とはあまり遊べなくなるな。あと四、五ヶ月ってところか。
さて、これからどうしようか?いつもこの後は、遊真とゲームセンターに行っていたが、一人になってしまった。 そういえば、この近くに美味しい喫茶店があったな。言ってみよ。喫茶店巡りを初めてどのくらいになるだろうか?
大学を出て、あれは半年経ったくらいだったか?考えるともう、六年近く続けているな。
オフィス街の中にあるモダンな建物が見えてきた。
「着いた。着いた」
扉を開けると、心地良いドアベルの音と、コーヒーの香りが鼻腔をくすぐる。ざっと店内を見渡すと、全体的にレトロな雰囲気で気持ちも落ち着く。俺はカウンターに座ろうとして、奥に座っている女性に驚いた。
「あれ?宮崎さん?」
同じ会社の同僚が座っていた。声をかけられた山下さんは、少しビクッとした様子でゆっくりこちらを向いた。
「あ、山下さん。お疲れ様です」
俺の名前を呼んだ彼女は、ビシッとした格好だった。
「宮崎さん。スーツですか?」
「あ、はい。土曜日しか打ち合わせが出来ないお客様だったので、先ほど行ってきたんです」
そういえば宮崎さんの部署は、相手の都合によって休日に出るときがあると、聞いたことがあった。たしかイラストレーターの仕事だったはず。
「なるほど。お休みに大変でしたね」
「気にしないでください。月曜日に休むので。それでは私はこれで」
俺が横に座ろうとしたら宮崎さんは立ち上がって、レジの方に向かって行った。宮崎さんは会社でも淡々と仕事をこなしミスがほとんどない気がする。みんな安心して頼っているイメージがある。やっぱり宮崎さんは凛として素敵な人だな。
2章 突然の提案
「山下くん。アニマルさんとこの企画書は出来た?」
少し席が離れている篠山先輩が、声をかけてきた。
「アニマルさんとこですか?まだ詰めてないですけど、大体は出来ましたよ」
机の上においてあるファイルの中から、アニマルと書いてあるものを篠山先輩に渡す。
「これ打ち出したもので、何か所か手書きしたところがあります。元データがいるなら送りますよ」
「これがあればいいよ。むしろこっちの方が見たかったんだよ」
篠山先輩がパラパラと企画書をみる。
「うん。やっぱり山下くんの手書きメモは、アイデアが解りやすくて楽しんだよね。借りていくね」
篠山先輩が自分の席に戻っていった。時計を見ると十二時を過ぎている。俺は昼飯を買うために上着を着て外に出た。
「ちょっと冷えてきたな」
この間まで暑かったのにあっという間に風が冷たくなってきた。まぁ、十月だから仕方ないかな。今日は何にしようかな。う〜ん。考えるのが面倒だな。いつものコンビニにするか。結局、近くのコンビニでおにぎりとスープを買って席に戻った。
食べ終わり、机にうつ伏せで寝ていると、後ろの方で話し声が聞こえてきた。
「宮崎さんって、お休みの日は何してるんですか?」
「私ですか?」
、どうやら宮崎さんと、最近中途採用で入った事務の子が話をしているみたいだ。宮崎さんのプライベートは気になるな。宮崎さんはあまり人と話をしている所を見たことがない。この間もせっかく会ったのに、すぐに帰ってしまったし、ちょっと気になる。
「そうですね。小説を読んでるくらいですかね」
宮崎さんの、はっきりした声が聞こえてくる。
「小説ですか?どんなの読んでるんですか」
「ジャンルは決まってないですよ。本屋に行って、気になったものを読む感じです」
宮崎さん小説が好きなんだな。じっくり考えるタイプっぽいし、推理ものとかかな、ヒュユーマン系かな?どんなものかな?
「そうなんですね。なにかお勧めの本あったら、教えてください」
「えぇ、良いですよ」
「ゲームしたり、遊びにいったりしないんですか?」
その質問に宮崎さんは、少し間が空いて答えた。
「特にしないですね。特に友人とも、用事がないと会わないですし」
「一人が好きなんですか。なんか、邪魔してすいません」
「いえ。お気になさらず」
そこで宮崎さんと、事務の子の話は終わってしまった。 以前から話してみたかったけど共通点がなくて、話せなかったんだよな。話すきっかけになると思って聞いてたんだけど、小説ってだけだとな。惜しかったな。
それから数日後の夕方に、俺は篠山先輩に呼ばれて会議室で待っていた。なんかミスったかな?思い当たらない。しばらくして扉が開くと、篠山先輩と宮崎さんが入ってきた。篠山先輩に促されて、宮崎さんは俺の横の席に座る。
「二人とも忙しい時に来てもらって、すまないな。話をする前に、山下にアニマルさんの企画で質問があるんだが良いか?」
質問?なんだろう?アニマルさんの企画は他の人が採用されたはずだ
「はい。おかしな所が何かありましたか?」
篠山先輩は首を左右に振った。
「俺が前に、企画を詰める前のものを借りていっただろう」
「はい。ありましたね」
「あの時の手書きのアイデアは面白いのが結構あったんだが、出来上がったのを見ると、悪くはないんだがパッとしたものがなかったんだがどうしてだ?」
「それは資料が整理出来なくて、詰められなかったんです」
「別の企画の時も、手書きの企画書の時は斬新なものが多くて期待していたが、出来上がってくると及第点くらいの企画でがっかりしたことがあったんだ」
篠山先輩は何を言ってるんだろう?
「その時も資料が足りなくて詰められないと言っていたな」
仕事だから中途半端な出来より完成していたものを出すのは当たり前ではないのか?
「その説明だと資料を整理出来たら、面白い企画ができるって考えていいんだよな」
先輩がニンマリと悪い笑顔を俺に向けた。
「え?どういうことですか?」
篠山先輩は俺達二人に、手元にあった資料を渡した。
「二人主体でこの企画をやってもらいたいと思っている」
俺は資料の表紙を見て驚いた。三井商事イベントと書いてあったからだ。三井商事はうちの会社の大手取引企業の一つだった。
「この案件って、宮崎さんはともかく俺には荷が重すぎます」
宮崎さんもゆっくりと手を上げた。
「私だって無理です。主体って今までしたことないです。なんで私ですか?」
宮崎さんの表情をちらっと見ると、信じたくないと表情をしている。篠山先輩はゆっくりと顎をさすった。
「企画がうまい山下と、仕事がしっかりしている宮崎で、やらしてみようという話になってな。まぁ、今月までになんか企画書出してみてくれ。解らない事は聞いてくれて構わないから、頑張ってくれ」
篠山先輩は、会議室を出ていってしまった。
「山下さんどうします?」
「どうしましょう?」
二人は顔を見合わせた。
ボードゲームをきっかけに恋が動き出す。そんな物語を書きました
楽しんでいただけたら嬉しいです。ぜひ感想をお聞かせてください。