5誕生
雨の中を、グレーのドローンが飛んでいく。
湿度が高くて不快だが気を抜いたりはしない。
雨の日に敵はほとんど活動しない。
サーモグラフィーカメラに見つかりやすいからだ。
こういう時に目撃する者は、狩りをしている程度で
攻撃的な行動を起こさない。
狩りは禁止されてるわけでも無いし、
獲物を新居住区に売って生計を立てようとしてる者もいる。
今日の検挙は難しいだろうが、それだけ警戒されている、
つまり、抑止力が働いているということだ。
直接的な成果は上げにくいが、
パトロールが効果を発揮している証拠でもある。
ハンドル「異常無し。撤収するか?」
ブレイス「気になってる所がある。直接行こうと思う。
この待機場所から、そう遠くはないが、
念の為カメラに俺を納めておいてくれ」
ハンドル「少し待て…もう動いていいぞ」
昨日、帰った後に担当区域の地図に目を通した。
ハンドルの目を疑ってるワケじゃないが、
近くで確認しないと分からないこともあるかもしれない。
俺は、ある考えに行き着いた。
それは敵の目線に立つこと。
今までは現場を見てから判断していたが、
もっと前の段階から考えることにした。
たとえば、戦いを仕掛けるならどんな作戦で、
どんなルートを使うか。
昨日のこともあるが、まず電気を断つ。
サーバーから復帰できなくすれば勝機が見出せる、
事前に阻止できたが、
敵は進行ルートも同時に考えていたはずだ。
真正面は無理だ。
いくら復帰を阻止して、少ない銃器を全て持ち出しても、
監視塔からの銃撃で全滅する。
ならば、地下を使うしかない。
この辺りは瓦礫は無いが、
それは新居住区の監視塔に資材として使ったからで、
元々人が住んでいたエリアだ、
つまり、下水道は通っている。
新居住区の人も下水を利用するので、
そのまま使用されている。
点検の為に業者が入っても、パトロールがいる事はない。
マンホールの数や位置を調べると、
俺の担当地区には1つだけマンホールがある。
しかし、いくら地図を拡大しても見えない。
だが過去の地図では発見できた。
何も無ければそれでもいい、未然に防ぐ為に目を光らせる、
これがパトロールの役割だ!
ブレイス「見つけた」
調べると、落ち葉や土が溜まっていて、
見えにくくなっていただけだった。
その土も、このエリアは風通しが悪いため、
落ち葉が動かず、腐り、土になったものだ。
だが、念には念を入れ、開けてみた。
手が錆まみれになった。
長いこと誰にも触られていないようだ。
ブレイス「…異常は無いみたいだ。
周囲に敵の気配もない、帰投する。
その間に、念の為エリアをもう1週見て回ってくれるか?」
無線「了解した」
ドローンが離れる。
俺も来た道を戻る前に何となくもう一度マンホール開けた。
さっきも中を確認したが、何となく気になった。
やはり、長らく使われていない。
梯子も同様で触ると錆だらけになる、
それを確認した瞬間、意識を失った。
目を覚ますと、ひどい臭いがし、辺りは暗い。
体が思うように動かない。
全身に重い痛みと痺れを感じる。こんな感覚は初めてだ。
ぎこちない動きで持っていたライトを点け、
寝転んだまま辺りを見てみる。
どうやら下水道に落ちたらしい、服は錆にまみれている。
なるほど、梯子に引っ掛かりながら落ちたことで、
痛みはあるものの命は助かったようだ。
しかし、なぜ意識を失ったのか。
マンホールの周囲には敵影は無く、
見逃しも無かったはずだ。
仮に敵が潜んでいたとしても、
ドローンが去ったタイミングで攻撃をしかけるのは難しい。
下からの目視を困難にする為に、
ボディーカラーを空の色に合わせて設定していた。
それに、俺の無線連絡も、小声な上に雨音があった。
ならば無線を傍受された?それぐらいしか思いつかない。
だが、仮にそうだとしたら、
何故俺の装備は何も奪われておらず、
トドメも刺されていない?
などと考えてるうちに、痺れが取れてきた。
痛みはあるが何とか歩けそうだ。
ブレイス「…痺れ?何故俺は痺れてた?
電気抵抗処理を受けているから、
多少の電力は無効になるし、
耐えられない電力なら体が死んで、
サーバー施設で目を覚ますハズだ」
思わず独り言を言ってしまう。混乱しているのだ。
だが、追い打ちをかけるかのように
無線機から音が聞こえる。
無線「こちらブレイスより本部へ。
サーバーより復帰した。
敵は確認できなかったが、何らかの攻撃を受けたようだ」
何だ…これは?夢でも見てるのか?
無線を使って俺の声で、俺の名を名乗り、
報告しているコイツは誰だ?
無線「こちら本部、了解。最終位置の座標を確認した、
臨時の派遣小隊を送る。
本部よりドローン部隊ハンドル隊員へ。
ドローンで当該座標を監視し、報告せよ。」
無線「こ、こちらハンドル、了解!…
マンホール周辺に敵影及び、
ブレイス隊員の死体は確認できません!」
よく分からないが、応援がこちらに来るのか。
ならば、彼らに救助してもらおう。
そう考えていたブレイスは、再び無線機からの声を聞く。
無線「こちら本部より臨時派遣小隊へ。
ブレイス隊員はマンホールを開けたところで
サーバー送りにされているようだ。
当該座標のマンホール内に敵が潜んでいる可能性が高い。
今日、その位置の下水道点検はされていないし、
その予定も無い。
当該マンホール周辺と下部周辺に人影を見つけたら、
確認は不要だ。撃ち殺せ!」
無線「こちら臨時派遣小隊、了解!」
確認前に撃つ上に、ここは暗い。間違い無く撃ち殺される。
サーバーから復帰できるが、無駄弾になるし、
応援も徒労に終わる、無線機で現状を伝えよう。
そう思い、無線機に手を伸ばしたが直前で手が止まる。
ゴロゴロ──ドッカーン!
頭上から雷の音がする。
その瞬間、ブレイスの脳に、ある仮説が浮かんだ。
まさか、雷に直撃した?だから体が痺れていた…
そして、電気抵抗処理を貫通して痺れたということは、
チップにダメージがあった…
そして、ダメージでチップが破損した…
サーバーへ送っていた電波が途切れ、死んだと認識された…
だから、サーバーから雷を受ける前の
『自分』が出てきた…?
これなら、今の状況に当てはまる。
確証は無いが、それしか考えられない。
このままでは、派遣小隊に殺されるか、
生きて帰っても体のリサイクルに回される。
既に『自分』が居るからだ。
もし、今の俺が復帰できるなら、無線のアイツは何者だ?
この俺が死んだら、誰がサーバーから復帰する?
ブレイス「…逃げよう」
思わず独り言を呟いたブレイスは、
痛みと恐怖に震えながら、見知らぬ下水道を歩きだす。
読んでくださってありがとうございます。