雷
雷鳴が、遠くでうなった。
森の奥に潜む魔獣――それも、ただの獣ではない。雷を纏い、空気を焦がす力を持った高位魔獣《灰雷のグロマグ》。
「……やばい、村まで降りてくるぞ!」
討伐隊のひとりが叫んだときには、すでに遅かった。
雷のような轟音とともに、黒煙が森の奥から立ちのぼる。魔獣が放つ雷撃によって、大樹がまるごと引き裂かれたのだ。
誰もが絶望しかけたその瞬間――
――雷が落ちた。
だが、それは空からではなかった。
“地上から放たれた”雷だった。
真っ白な閃光。
風を切り裂くような魔力の爆発音。
次の瞬間、森の奥から灰色の煙とともに、魔獣の断末魔が響き渡った。
討伐隊が駆けつけたとき、そこには……魔獣の巨体が、黒焦げになって倒れていた。
そして、その傍らに立っていたのは――
「……誰だ、あれは?」
フードを深くかぶったひとりの少年。
その周囲だけ、空気が震えていた。
「貴様が倒したのか?」
隊長の問いかけにも、少年は何も答えない。
ただ、風が彼のフードを揺らし、ほんの一瞬だけその顔が見えた。
若い。まだ十代。
だが、目は冷えていた。
まるで、すべてに興味がないかのように。
そこへ、もうひとりの男が現れた。
「おや……これはまた、面白い場面に遭遇したものだな」
灰色のローブをまとった老賢者――セリウス。
魔法学園の最高顧問であり、かつて王の軍師として名を馳せた男だ。
セリウスは焼け焦げた魔獣の死体を一瞥し、次に少年を見つめた。
「――名を、聞いても?」
しばしの沈黙の後、少年がぽつりと呟く。
「……ライアス」
その名は、まだ誰も知らない。
だが、この出会いが“始まり”になることを、セリウスは直感していた。