絵の彼方に宿る想い(えのかなたにやどるおもい)
目を覚ました。確かにさっきと同じベッドのはずだったが、あの時よりも古びたベッドから起き上がったような気がした。
身体を起こすと、頭がズキズキと痛んだ。
扉を開けて出ようとした瞬間、私は亡者の過去を思い出した。
絵のある部屋へ向かうのが、どうしても躊躇われた。
だが、すべてを見てしまった今、もう逃げることはできなかった。
どんな出来事があったのか、どんな悲劇が起きたのか、私は知ってしまったのだから。
一歩、また一歩。
歩を進めるたびに足取りは重くなった。
扉の前に立ったとき、胸を押しつぶすような重圧感が襲ってきた。
悲劇は、どこにでも存在する。ただ、人はそれが自分の周りで起こっていないだけで、「珍しいこと」だと錯覚してしまうのだ。
扉を開けると、キム・ジヨンさんが哀しげな眼差しで私を見つめていた。
私は彼女に問い詰めたくなった。
なぜ、よりによって私だったのかと。
しかし、これはもしかすると…神の悪戯かもしれない。
そう諦めるように、私は絵の前に近づいた。
絵を手に取り、引き裂こうとした。
だが、なぜかどうしても手が動かなかった。
そして、私は彼女に言った。
「パク・ソジュンさんがどんな思いでこの絵を描いたのか、私にはわかります。それを本当に破ってしまえと…?」
キム・ジヨンさんはしばらく黙ったまま、何かを思い返すようにしていた。
そして、静かに口を開いた。
「本当に残酷なのは…今もあの日に囚われて抜け出せずにいるソジュンさんの方よ。この絵が、彼をあの日に縛りつけてるの。私は…もう彼を解放してあげたいの。」
私は静かに部屋を出た。
そして、ソジュンさんのいる部屋へ向かった。
問い詰めたくて仕方なかった。
だが、扉を開けて彼の顔を見た瞬間、考えていた言葉はすべて消えてしまった。
結局、私はゆっくりと絵の話を切り出した。
私の話を聞いたソジュンさんは、最初こそ信じられないという顔をしていたが、やがて何かを悟ったように頷いた。
彼はすぐに娘のソヨンさんの部屋へ向かった。
私は静かに廊下に残り、その場を離れた。
神と契約を交わした時は、ただ亡者の未練を解いて、静かに生きていければいいと思っていた。
だが、人間であるパク・ソジュンとキム・ジヨンの物語を見た今、私はもう黙って通り過ぎることができなかった。
ふと、自分の物語も誰かにとってはこんな風に感じられたのだろうか…そんな疑問が浮かんだ。
しばらくして、涙を流しながらソヨンさんが部屋から出てきて、
その後ろに続いてきたソジュンさんの顔にも、深い悲しみがにじんでいた。
二人は重い足取りで、絵のある部屋へ向かった。
絵を大切に取り出し、亡者であるキム・ジヨンさんは何も言わずにそれを見守っていた。
そして、絵を焼くために庭へと向かった。
ソジュンさんとソヨンさんは絵をそっと裂いた。
その光景を見つめるキム・ジヨンさんの心も、同じように引き裂かれているようだった。
絵を静かに裂き、火をつけた。
炎は、別れの挨拶を交わす暇さえ与えず、激しく燃え上がった。
やがて、キム・ジヨンさんの魂が次第に薄れていった。
別れの時だった。
絵がほとんど灰になりかけた頃、彼女は静かに口を開いた。
「私があなたを選んだんじゃない。あなたが…私たちのもとに来てくれたのよ。」
その言葉を聞いた瞬間、こらえていた涙が頬を伝って流れた。
ソジュンさんも、それが最後だと悟ったように、これまで言えなかった本音を口にした。
「君が来てくれたことは、僕にとって幸運だったよ。君の言うとおり…ソヨンの好きなように生きさせるよ。今まで頑なで、無責任だった…本当にごめん。次の人生では…また君に会いに行く。」
涙なしでは聞けない言葉だった。
ソヨンさんも涙を流しながら、母に伝えきれなかった思いを語っているようだった。
絵がほとんど燃え尽きた頃、
キム・ジヨンさんは笑みを浮かべ、ソジュンさんとソヨンさんを優しく抱きしめた。
そして私に最後の微笑みを向けながら、ゆっくりと姿を消していった。
その一日は、やけに長く感じられた。
日が沈み、夜が訪れても、誰一人としてその場を離れようとはしなかった。
沈黙を破って、先に口を開いたのはソジュンさんだった。
「ソヨン…ごめんな。お前も辛かっただろうに、パパは…全然気づいてやれなかった。」
親子の会話が始まり、私はそっとその場を離れて家へと戻った。
天井を見上げながら、今日という一日を思い返した。
そして、そんな思いにふけりながら、深い眠りに落ちていった。
誰かにとっては、ただの平凡な一日だったのかもしれない。
だが、誰かにとっては最も悲劇的な一日だったのだ。
月曜日の朝。
目が腫れたまま、私は目を覚ました。
学校に行かないわけにはいかないので、支度をして早めに家を出た。
カバンを机の上に置いて、いつものように美術室へ向かった。
朝からソヨンさんが絵を描いていた。
そっと近づいて絵を見た瞬間、思わず驚いて尻もちをつきそうになった。
絵の中には、昨日の最後の瞬間──ジヨンさんがソジュンさんとソヨンさんを抱きしめていた場面が描かれていた。
絵の中のキム・ジヨンさんの姿は、私が見たそのままだった。
ソヨンさんは振り返りながら、にっこりと笑って挨拶をしてきた。
私は驚いて絵について尋ねた。
するとソヨンさんは微笑みながら答えた。
「昨日…ほんの少しだけど、ママが私とパパを抱きしめてくれた気がしたの。ほんの一瞬だったけど…本当に、ママが見えたの。」
私は何も言えないまま教室へ戻った。
席に着いて手首の時計を確認した。
ひとつ先へ進んでいたはずの短針が、元の位置へと戻っていた。
ほっとため息が出た。
神は悪戯好きだけど、時には思いやりも見せてくれるらしい。
ソヨンさんが昨日、ほんの一瞬でも母親に会えたのは、神の優しさだったのかもしれない。
ソジュンさんも…その姿を見ていたのだろうか。
週末ずっと降っていた雨は、春を送る雨だったのかもしれない。
今日に限って日差しは眩しく、風は涼やかに吹いていた。
もうすぐ…夏がやってくるのだろう。
今回のエピソードもよろしくお願いします。
初めて一つのエピソードを書き終えることができました。
物語を自分で書いていると、心が重くなることもありますが、
楽しんでいただけたら嬉しいです。