文化祭に咲いた恋
文化祭を目前に控えたある日。
いろんなことがあった。
時間にすれば、たった三ヶ月。
けれど人によっては、永遠のようにも感じられる長さだ。
その間、俺が送り出せた亡者は、たった二人だけだった。
それも、本当に心を尽くしたとは言い切れない。
でも、もしその二人さえ救えていなかったとしたら――
時計の針は、きっと半分まで進んでいただろう。
教室の空気は、いつもより明るく浮かれていた。
文化祭前日、生徒たちは準備に追われていて、
笑い声やおしゃべりが教室中にあふれていた。
昔の俺は、文化祭なんてまともに楽しんだことがなかった。
体が弱かったのもあるが、そもそも人混みが苦手で、
参加する気すらなかった。
でも今は違う。いや、違わざるを得なかった。
時間の大切さと、人とのつながりの尊さを、
少しずつ学んでいたところだったから。
今回の文化祭は、一年生から三年生まで全員参加の大イベント。
模擬店に体験スペース、ステージ発表やバンド演奏、
最後は花火で締めくくられるという盛りだくさんな内容だった。
俺のクラスは『タロットカフェ』をやることになっていた。
タロット、運命、恋愛――
カードで未来を占う、ちょっとミステリアスなブースだ。
だけど俺は、その準備にほとんど参加できなかった。
そのことがずっと心に引っかかっていた。
ふと、ソヨンのクラスは何をやるのか気になった。
自然と足がそちらへ向かう。
そっと教室の窓を覗き込んでみたが、中は全く見えなかった。
黒いカーテンで窓が完全に覆われていたからだ。
気になって、ドアを少しだけ開けて中をのぞいた。
暗い教室。
昼間なのに、光が一切入らないように遮られていた。
そのときだった。
誰かが俺の肩をトントンと叩いた。
振り返ると、ソヨンがいた。
いたずらっぽく笑いながら、俺の頬を「ツン」とつついた。
「なにしてるの? うちのクラス、のぞき見?」
突然のことに動揺して、うまく説明もできず、しどろもどろになる。
「いや、その…何してるのかなって気になって。
窓から見ようとしたけど、全部隠されててさ…」
ソヨンはクスッと笑って答えた。
「うちはお化け屋敷なんだ。気になるなら、私に聞けばいいのに。
君のクラスは何やるの?」
その笑顔に、つられるように俺も笑って言った。
「タロットカフェ! 面白そうでしょ?」
彼女に「一緒に文化祭まわらない?」って言おうとしていた、そのとき。
ソヨンの方が先に口を開いた。
「ねえ……私、あんまりブースの手伝いないんだけど、
よかったら一緒にまわらない? 美術部だから、自由なんだ。」
まさか、彼女の方から誘ってくれるなんて。
心が弾んで、俺は顔を明るくしながら答えた。
「うん、行こう。」
ソヨンの頬は、まるで桃みたいに赤く染まっていた。
そして俺の顔も、それに釣られて熱くなった。
――「ときめき」という言葉。
その意味に、少し近づけた気がした。
顔の赤みを見られたくなくて、俺は急いで自分の教室に戻った。
心臓が速く脈打っていた。
カーテンの影に隠れて、まるで自分だけの秘密みたいに、
その気持ちをそっとかみしめた。
花火をきっかけに、告白しよう。
もう待つことも、我慢することもできない。
心のままに、進んでみよう。
文化祭当日。
今日はいつもより早く学校に着いたけれど、
すでに校内は賑やかだった。
生徒たちの興奮が、あちこちで渦巻いている。
俺は特に役割がないため、まっすぐ美術室へ向かった。
そこでは、ソヨンが静かに絵を描いていた。
文化祭当日だというのに、筆を止めないその姿が印象的だった。
そっとドアを開けて中に入ると、
彼女は振り返って、柔らかく笑いかけてきた。
今日は私服登校の日。
ソヨンは、いつもよりおしゃれをしていた。
俺も告白を決めた日だから、かなり気合を入れてきた。
普段無造作に下ろしている髪も整えて、
服も一つひとつ慎重に選んだ。
目が合った瞬間、お互いに顔が赤くなった。
そして同時に視線をそらす。
少し気まずい沈黙のあと、俺が先に口を開いた。
「ソヨン、文化祭まわろっか?」
彼女は黙ってうなずいた。
廊下へ出ると、生徒たちの波に押されて、
自然と俺たちは肩が触れ合うほど近づいて歩いていた。
その感触を意識しながら、少しずつ歩みを進めた。
俺たちのクラス『タロットカフェ』は、思ったより雰囲気が出ていた。
クラスメイトたちは温かく出迎えて、俺たちを席へ案内してくれた。
席につくと、用意されたドリンクが運ばれてきた。
炭酸、スポーツドリンク――いかにも学生らしいラインナップだ。
考える間もなく、クラスメイトの一人がタロットカードを手にやってきて、
「一人一枚ずつ引いて」と言った。
俺は慎重にカードを選び、
ソヨンは迷いなく手が伸びたまま引いた。
俺のカードには、剣を持った二人が向かい合って描かれていた。
不穏な雰囲気に、ついソヨンのカードをのぞいた。
丘の上、曇り空の下で、二人が並んで横たわっている絵だった。
一目で穏やかな雰囲気だとわかる。
友人は俺のカードを見て、こう言った。
「これはね、あんまりいいカードじゃないんだ。
二人が向き合ってるけど、剣が相手の頭の方を向いてるでしょ?
避けたくても避けられない運命……すれ違いを意味してるの。」
その解釈は少し稚拙だったけど、なぜか胸に引っかかった。
次にソヨンのカードを見て、友人は続けた。
「雲があるけど、二人が一緒に寝てるでしょ?
どんな困難があっても、二人なら乗り越えられるって意味なんだ。」
誰にでも当てはまりそうな解釈だったけど、
なぜか、その言葉に救われた気がした。
タロットを終えた俺たちは、次のブースへ向かった。
自然と、集まっている列に混ざった。
その列は、ダーツゲームだった。
ぬいぐるみを倒せばもらえる、というシンプルなルール。
ソヨンがそっと俺の腕をつついて、あるぬいぐるみを指差した。
欲しそうな表情だった。
俺はダーツを五本受け取り、ゲームに挑んだ。
だけど、ぬいぐるみはなかなか倒れない。
三回当てたのに、ぴくりともしなかった。
結局、失敗。追加は有料なので、あきらめた。
二人で体験ブースのマップを広げる。
クラスごとのブースをクリアすると、スタンプがもらえるシステム。
十個集めると、生徒会からプレゼントがあるらしい。
時刻は午前十一時。
文化祭は、まだ始まったばかり。
きっと今日は、ずっと忘れられない一日になるだろう。
今回もよろしくお願いします。