悪役令嬢に助けを求められましたが、私はただのモブ(悪役令嬢に感情移入した)です。なので転生知識(法的)で王子と聖女を詰め倒します
「お願い、助けて」
その声に振り返ったとき、私は悟った。
ああ、これ断罪イベント直前だ。と。
震える手で私の袖を掴んでいるのは、公爵令嬢リリアーナ様。
王子の婚約者にして、この乙女ゲーム世界における悪役令嬢。
そして私はというとーー名前すら思い出せない、完全なるモブ令嬢である。
「なぜ私に?」
「あなたは、私を妬まない。聖女の取り巻きにもならなかった。だから」
なるほど。
生き残る嗅覚。さすが、悪役令嬢。だから私はこの悪役令嬢が好きなのだ。
次の瞬間、大広間の扉が開いた。
「リリアーナ! もはや言い逃れはできないぞ!」
王子と、聖女。
来た。テンプレ役満セットだ。
ここからは、私の出番。
1プレイヤーとしてこのゲームは悪役令嬢に冷たすぎると思っていたところ!
「失礼ですが……よろしいですか?」
全員の視線が、一斉に私へと向く。
場違い?結構。
転生前。そこで晒されたこの空気。
全員が自分たちの敵扱い。そんな空気には慣れている。
法廷での被告人の弁護。
それで培った怖気付かない精神。
疑わしきは罰せず。
その精神を舐めてもらっては困る。
「王子殿下。まず確認させてください。リリアーナ様が何をしたと断罪なさるのですか?」
「聖女マリアをいじめた!証拠も証言も揃っている! リリアーナっッ、君との婚約は破棄だ!!」
「証言。とは?」
私がにこやかに問うと、聖女が一歩前に出た。
「わ、私が。こ、心を傷つけられました」
出た。“お気持ち”。
そんなもの主観的なものにすぎない。
この場で物を言うのは、客観的な事実。
つまり、第三者の意見。
「なるほど。では、みなさん。このマリア様が心を傷つけられていた。それを証言できるお方は誰かいらっしゃいますか?」
響く、私の声。
しかし声は上がらない。
それに、マリアは声を発する。
「じ、自分が弱っているところ。それを他人にお見せするわけーー」
「なるほど。では、物理的被害は?」
「え?」
「暴力、器物破損、魔法攻撃、名誉毀損。どれか一つでも、具体的な被害は?」
聖女は黙る。唇を噛み締めて。
そこに、王子は苛立ったように口を挟んだ。
「貴様、聖女を疑うのか!」
「いいえ。司法手続きの話をしています」
私は淡々と続ける。
「お気持ちは証拠にはなりません。また、証言者が"聖女の信奉者”である貴方一人である点。ふふふ。証拠能力は著しく低いかと」
ざわ、と貴族たちがどよめいた。
「さらに」
私は王子をまっすぐ見る。
「厳正な王族の婚約者。それを正式な手続きもなく断罪する行為。それ、王族としての権限逸脱ですよ? ちゃんと、貴方のお父様や親類方。つながりのある貴族の方々。それに、リリアーナ様方の方々にご説明及び同意を取り付けておられるのですか?」
王子の顔色が変わる。
それはもう、わかりやすいほどに。
「最後に一つだけ」
私は微笑んだ。
「もし本当に聖女が“清らかで正しい存在”なら。なぜ、反論の機会すら与えずに。他人を断罪できるのですか?」
「……っ」
マリアの沈黙。
それに周囲の空気も明らかに変わる。
その中で、リリアーナ様が小さく息を吸った。
「ありがとう」
いいえ。
私は正義の味方じゃない。
ただ。知っているだけだ。
この世界で、王子と聖女がどういう末路を辿るかを。
「では失礼します」
私は一礼し、大広間を後にした。
背後で、物語が崩れる音がした。
モブで結構。
でも、詰めるときは詰めますので。
〜〜〜
大広間を出て三日後。
王都は、異様な静けさに包まれていた。
理由は単純だ。
王子の断罪未遂。
それが公的に問題視されたから。
「前代未聞だそうですよ」
侍女が小声で囁く。
「正式な手続きもなく。公爵家を断罪しようとした。ということが」
当然だ。
王族といえど、貴族社会のルールは絶対。
ましてや相手は、代々王国を支えてきた名門公爵家。
そして。火は、聖女にも及んだ。
「聖女マリア様の“奇跡”ですが」
神殿関係者が、困惑した顔で報告する。
「再検証の結果、大半が補助魔法と演出だと判明しまして」
ざわめき。
癒やしは確かに起きていた。
だがそれは、周囲の神官たちの共同魔法。
聖女本人の資質は――平均以下。
「あら?」
私が廊下で立ち聞きしていると、例の聖女が青ざめた顔で立ち尽くしていた。
信奉者はいない。
取り巻きもいない。
ただの少女がそこにいた。
「どうして?」
彼女は呟く。
「私は選ばれた存在のはず」
選ばれた。のではない。
持ち上げられていただけだ。
〜〜〜
一方、王子。
「婚約破棄を宣言した件に。それについて国王陛下が激怒しておられる」
王太子の地位は一時停止。
代わりに、冷静で実務能力の高い第二王子が前面に出る。
貴族たちの評価の下落。
それはあっという間だった。
「感情で裁きを下す王子」
「聖女に酔った危険人物」
致命的だ。
王子は両膝をつき、自らの犯した所業の重さにようやく気づいたのであった。
〜〜〜
数日後。
リリアーナ様は静かに私の元を訪ねてきた。
「あなたのおかげで。私は」
「いえ。私はただ、当たり前のことを言っただけです」
彼女は微笑む。
その顔は、もう“悪役令嬢”のものではなかった。
そして最後に。
王子と聖女は、公式にこう発表された。
「王子。軽率な行動と判断力不足を理由に、王位継承順位降下。聖女マリア。称号剥奪、神殿からの保護解除。それを陛下の名の下に、通達する」
つまり。
英雄でも、聖女でもない。
ただの人間に戻ったのだ。
その知らせを聞いたとき、私は思った。
「ざまぁ」とは。
誰かを殴ることではない。
物語の中心から降ろすことだ。
私は今日も、モブとして紅茶を飲む。
もう誰も、私を気に留めない。
それでいい。
なぜなら――物語を壊したのは、いつだってモブなのだから。
〜〜〜
なぜ、こうなった。
かつて“勇気ある決断”だと信じていた行動は、今やすべて「軽率」「愚行」「感情的」と記録されている。
「王太子殿下」
側近は、もう俺をそう呼ばない。
ただの「殿下」だ。
聖女の言葉を信じた?
違う。
信じたかっただけだ。
自分が“特別な物語の主人公”であると。
「あの令嬢。だったか」
ふと脳裏をよぎる、あの女。
誰よりも冷静で、誰よりも王族の責任を理解していた存在。
なぜ、あのとき。
彼女の言葉を聞かなかった?
答えは簡単だ。
彼女は俺を見上げなかったからだ。
王子として、男として。
それが、許せなかった。
そして今、俺は玉座から、世界から静かに遠ざけられていく。
一人のただの人間として。
〜〜〜
神殿の一室。
そこにあるのは、粗末な寝台と木の椅子だけ。
「奇跡は?」
誰も答えない。
拍手も、称賛も、祈りもない。
あるのは、事務的な書類と冷たい視線。
「あなたは聖女ではありません」
「ただ、都合のいい象徴だっただけです」
彼女は泣いた。
だが、誰も慰めなかった。
なぜなら、本物の聖女ならあの時のように他人を断罪しないのだから。
〜〜〜
一方。
「公爵令嬢リリアーナ様」
「次期外交顧問就任、おめでとうございます」
拍手。
それは、義務でも同情でもない。
実力を認めた拍手だった。
婚約は白紙。
だが、彼女の価値は一切下がらなかった。
むしろ――冷静さ、忍耐力、品位。
すべてが「王妃候補以上」と評価される。
彼女は微笑み、ふと視線を向ける。
私の方へと。
〜〜〜
「本当にありがとうございました」
「いえ」
私は首を振る。
「私は何もしていません」
「ただ、破綻した物語を指摘しただけです」
彼女は少し困った顔で笑った。
「それが、一番難しいことなのに」
その後。
私は表舞台に立たなかった。
爵位も上がらず、婚約話も断り、相変わらず“よくいる令嬢”のまま。
でも。
王子は、私を忘れなかった。
聖女は、私を畏れた。
悪役令嬢は私を友と呼んだ。
それで十分だ。
〜〜〜
物語は、英雄と聖女を求める。
けれど現実は、常識を知るモブによって壊される。
私は今日も紅茶を飲む。
次に誰かが、「自分は物語の主人公だ」と思い上がったなら。
その時もきっと、私は静かに詰めるだけだ。
なぜかって?
だってそれが、全てを知る私の役目ですもの。




