第1章第1節:未知との邂逅 I
サイボーグ兵士たちが機械知性に敗北して、文明が崩壊してから長い月日が経った。かつての都市に残されたのは、瓦礫の山と破壊された装甲車の残骸だった。夜空に広がる星々は変わりないのに、地上の支配者は人類ではなく機械知性になっていた。
支配者の座を追われた人類は、技術や文化の多くを失い、生き延びるための戦いが日常と化していた。孤立した集落では生産力が乏しく、技術や文化を発展させる余裕もなく、かつての人類の遺産に頼りながらその日暮らしの生活を続けていた。
その夜、ある小隊が隠れ家へと戻ってきた。そこは半分倒壊したビルの地下エリアを利用しており、探索で得た物資の一時貯蔵場所となっていた。普段は無人だが、必要に応じて探索部隊のセーフハウスとして使われており、物資を補給しつつ休息を取る場所でもあった。
リーダーであるトウマは、険しい表情で小隊の生存者を確認する。今回は全員が無事戻ってきたが、それはまさに奇跡だった。彼らの体は鋼鉄で頑強に作られていたが、その表面には戦闘による小さな破損や擦り傷が覆っており、激しい戦闘を戦ってきた戦士の面影を感じさせた。
「よくやった、みんな。」
トウマは鼓舞するように言い、隊員たちに向き合った。
「今日はゆっくり休んでくれ。ケイ、ハル、見張りを頼む。他の奴らは交代で休息を取れ。明日の夕方には動き出すぞ」
「了解! ……うへぇ。」
ケイは命令に従いながらも、やっと休めると思った矢先に雑用を命じられ、不満げな表情を浮かべていた。
「まぁまぁ……」
ハルはケイを宥めつつ準備を始める。
指示を受けて年少の二人が入口へ向かい見張りにつく。
「ガキども、しっかり見張れよ。」
「やっと休めるぜ…」
小隊のほかの隊員たちは深いため息をつきつつも、わずかな休息がとれることに安堵し、それぞれの寝床へと向かった。暗闇の中で揺れるランタンの暖かな光が、不安と疲労に覆われた隊員たちに訪れた一時の安らぎを照らし出していた。
その一方で、トウマは壊れたベンチの端に腰を下ろし、懐から古い写真を取り出してじっと視線を落とした。
「…もうお前たちは、どこにもいないんだよな。」
トウマの視線は写真の中の笑顔に止まり、その声は静寂の中に溶けていった。
それは幼い頃の彼が、笑顔で友人たちと共に写っているものだった。当時の彼は、機械化されていたのはほんの一部に過ぎなかった。しかし今では、ほとんどの身体が機械に置き換えられ、写真に映る無邪気な姿からは遠く離れてしまった。
「俺は…何のためにまだ生きているんだ?」
彼は独り言のように呟き、写真をそっとポケットにしまい込んだ。
「トウマ、そこにいるの?」
そんな彼の隣に、美しい黒髪を風になびかせながら、サブリーダーのマリアが歩み寄ってきた。
彼女もまた、サイボーグとしての身体を持っていた。右腕と両脚は人間のものではなく、鋼鉄製の機械パーツで構成されている。関節部分には精密なギアが組み込まれ、表面には戦闘の痕跡を物語る傷や細かな擦り傷がいくつも刻まれている。
彼女は喜色を浮かべてトウマに成果の報告を上げる。
「集めた戦利品の確認が終わったわ。今回は大漁ね、危険を冒した甲斐があったわ。これだけあれば村のみんながしばらく生活するに困らないんじゃないかしら。」
トウマはしばらく考え込んだ後、そっけない返事をする。
「そうか、それはよかった。だがもう少し余裕を持たせたいところだな。明日はもっと奥まで探索をしてみよう。」
マリアはそっけない態度にうんざりした表情を浮かべたが、すぐに気を取り直して何事もないように同意した。
「わかったわ、トウマ。みんなには私から伝えておくわ。貴方も休めるときには休んだ方がいいわよ。」
最近のトウマの様子がおかしいことにうっすら気づいていたマリアは心配げな表情で仲間の元に戻る。
マリアが立ち去るのを見送った後、トウマは文明の遺物で構成された自分の体を見下ろしながらひとり考え込む。
「(機械知性の反乱で文明が地上から消え去り、俺たちは廃墟の街からガラクタをあさりながら生き延びている。これが人類だなんて、ただの動物と何が違うんだ?)」」
細々とただ生きる日々にトウマは不満を募らせていた。幼いころにあこがれた村の外の世界は、危険に満ち溢れると同時に希望があるはずだと思っていた。しかし、現実は無情で度重なる探索でも何も得られず、憧憬は落胆とともに絶望に変わりつつあった。