第3章第3節:未来への希望 III
トウマたちは輸送隊の車両に分乗し、揺られながら森に覆われた山間部の村へと帰還の途に就いた。道中、車窓から見える景色は木々が生い茂り、険しい山々が果てしなく続いていた。そこには、人類が築いた文明の痕跡はまったく見当たらず、ただ大自然が広がっているだけだった。村はその自然の中に溶け込み、まるで外の世界から隔絶されたかのように隠れていた。
「お客さん、そろそろサナイ村ですよ。」
運転手が軽口を挟みながら到着を告げた。
輸送任務はトウマたちに比べれば危険はないが、それでも彼は何事もなく村へトウマたちを送り届けられたことにほっとしているようだった。
森の中を抜ける道が徐々に広がり、木々の隙間から村の姿が見えてきた。
村は、人口1000人ほどが住む小さな共同体で、周囲の自然と共生する形で生活を成り立たせていた。食料は個人の菜園や森からの採集で自給自足し、自給が難しい機械部品は探索部隊が外で収集することで補っていた。人々は、質素だが互いに助け合いながら日々を過ごしていた。
村に到着した車両は、広場としても使われる集積所へと向かい、トウマたちを降ろした。
帰還できた喜びはあったものの、任務で失った仲間たちのことが頭を離れず、村長への報告を考えると気が重かった。
複雑な感情がトウマの表情に影を落としていた。
「そんなに難しい顔しないでよ。何はともあれ、生きて帰ってきたんだから、まずは喜びなさい。」
マリアはそんなトウマの様子を見て、軽く笑いながら言った。
仲間の死に責任を感じるトウマの重荷を、僅かでも分け合いたいという思いからだったが、トウマは微笑むこともなく、ただ深くため息をついた。
「……!」
あまりにそっけない様子にこめかみに力が入るが、マリアはそれでも笑顔を崩さなかった。
広場には、トウマたちの帰還の噂を聞きつけた村人たちが集まり始めていた。彼らの顔には安堵と好奇心が入り混じっており、帰還した隊員たちの姿をじっと見つめていた。
その時、人々をかき分けて村長が前に進み出た。
村長は既に高齢で、古傷が原因で足を引きずっていたが、その精悍な顔つきは歳を経ても衰えていない。
「ご苦労だったな、トウマ。戻ってきてくれて嬉しいぞ。」
と声をかけ、トウマたちをねぎらった。
「村長……」
トウマは村長に向かい合う。しかし、村人たちは帰還した隊員の数があまりに少ないことに気づき、不審そうにざわめき始めた。
「ずいぶん少ないな。」
「他の隊員はどうした……」
「何があったんだ?」
口々に憶測が飛び交う。
不穏な空気を感じた村長は群衆に向き直り、手を上げてゆっくりと語りかけた。その声には落ち着きと威厳があり、人々は自然とその言葉に耳を傾けた。
「皆、落ち着いてくれ。まずは負傷者を診療所に運ぼう。詳細は報告を受けてから伝える。」
村長の言葉が広場に響き渡ると、ざわついていた村人たちは次第に静まり、負傷した隊員たちを運び出し始めた。
「詳しい話を聞かせてくれ。ここは騒がしいだろう。私の家で話そう。」
トウマに後を付いてくるように促し、広場を離れて自らの家へと向かった。
家に到着すると、客間に通され、温かい茶が振る舞われた。一息ついて心を落ち着けた後、トウマは重い口を開き、任務の結果を語り始めた。
「……人型の機械知性に遭遇した。」
トウマは初めてそれと遭遇したときのことを思い出しながら、ゆっくりと言葉を紡いだ。そして、敵の拠点へ潜入したこと。そこでアイラを発見したこと。機械知性が人の脳を利用していたことを訥々と話した。
「あいつらにとって、人間なんてただの生体パーツを供給するための家畜に過ぎなかった。あの拠点で見た光景は、人間を養殖するための実験場だったんだ。」
トウマは拳を握りしめ、その爪が手のひらに食い込むのも気づかないほど悔しさをかみしめていた。
「俺たちが今こうして細々と生き延びていられるのも、奴らが狩り尽くして絶滅させないように、資源として管理していたからに違いない。」
村長は予想外の事実を突きつけられ、その場で全身が凍り付いた。そして、かろうじて声を絞り出すように言葉を発した。
「そんなこと……信じられない。あり得るのか……そんなことが。」
村長は茶を口に運ぼうとしたが、震える手が抑えきれず、諦めるしかなかった。それでも深く息をつき、顔を上げて平静を装った。
「このことは誰にも言わないようにしてくれ。今は休め。これからのことはまた改めて考えよう。」
トウマはうなずき、疲れた体を引きずるようにして自らの家へと向かった。足取りは重く、まるで一歩一歩が地面に吸い込まれるようだった。
村長が報告した事実をどう扱うのか気になったが、ひとまず役目を終えたことでトウマは重圧が減ったのを感じた。
「(明日、日が昇ったらまず診療所へ見舞いに行こう。持ち帰った抜け殻の方はどうしたものか。)」
頭の中で次の予定を整理しながら、トウマは眠りに落ちた。