第3章第2節:未来への希望 II
夜通し歩き続けたトウマたちはようやくセーフハウスへたどり着いた。空は夜の帳が明け始め、ほんのりと明るくなり色づいていた。
トウマたちはセーフハウス内の、普段は隊員たちが集まって賑やかに過ごしている広場に降り立った。しかし、辺りは暗く、誰一人として人の気配がなかった。陽動部隊は無事なのか、その行方が気がかりだった。
「陽動部隊の方は……どうなったんだろうな。」
マリアはトウマを心配しつつ、まずは仲間たちを休ませることが重要だと考える。
「まずはハルとアイラを休ませましょう。今は考えても仕方ないわ。」
その時、不意に声が響いた。
「戻ったか、どうやら無事だったようだな。」
驚いたトウマは顔を上げ、暗がりから現れたジョージの姿を見て、思わず安堵の笑みを浮かべた。
「ただいま……なんとか生きてるよ。そっちはどうだった?」
ジョージの表情には穏やかさが漂っていたが、その背後には深い影が差していた。薄暗いランプの明かりが、彼の疲れた顔に陰影を与えていた。
トウマは躊躇しながらも尋ねる。
「陽動部隊のみんなは……?状況を報告してくれないか。」
ジョージは顔をわずかに曇らせ、感情を抑えた事務的な口調で答えた。
「リョウは負傷して奥で寝ている。他の連中は……もう、戻らない。」
そう言うジョージもまた片腕を失い、むき出しの機械が痛々しく露出していた。
その言葉を聞いて、トウマは一瞬立ち尽くした。自分の判断がもたらした結果に苛まれ、後悔の念がよぎる。
「すまない、みんなを死なせてしまった……」
「そんなこと言うな。みんな覚悟の上でここに来たんだ。」
ジョージはトウマの肩に手を置き、諭すように言った。
「お前がすべきなのは懺悔じゃあないだろう。過ぎたことを反省しても、後悔するんじゃあない。」
トウマはジョージの言葉に背中を押され、少しだけ前を向く気持ちを取り戻した。
「ところで、さっきから気になってたんだが、その背負っているのはなんだ?」
落ち着いたのを見て、今度はジョージが疑問に思っていたことを口にする。
「これは、ちょっとあってな……」
トウマは鹵獲した機械のボディについて、うまく説明する方法が見つからずにその場を誤魔化す。
「マリアとケイが背負っているのはアイラとハルだ。二人とも意識がない。」
「ハルは分かるが、アイラ……?」
知った名前ではあるが、このような場所で聞くとは思ってもいなかった人物の名前が出たことに困惑する。
「詳しい話はあとで。まずは二人を休ませたいわ。」
マリアが会話に割り込み、背負った二人を横たえさせることを提案する。
トウマたちは会話を切り上げ、ハルとアイラを奥で休ませるため、彼らを奥の部屋へと運び込んだ。
部屋の隅にはリョウが横たわっていた。その顔には苦悶の表情が浮かんでいたが、意識ははっきりしているようだった。
「ケイ、ハルたちを任せるわね、様子を見てあげて。」
マリアが優しく声をかけると、ケイは力なくうなずいた。かろうじてここまでたどり着けたが、深い疲労と眠気でこれ以上の活動は困難だった。
ケイに後を託したマリアはトウマたちのもとに戻り、お互いの状況を報告し合った。
ジョージは陽動部隊の顛末を語った。
当初、作戦は順調に進み、損害を最小限に抑えていた。しかし、移動経路に人型の機械知性が待ち伏せており、すれ違う僅かの間に数人の隊員を倒していった。
突然の大きな損害で部隊の連携は完全に崩壊し、生き残った隊員たちは各自散り散りに逃げるしかなかった。必死の逃走の末に、自分とリョウだけが何とか生き延びることができたという。
ジョージは苦い表情を浮かべながら続けた。
「あの野郎……最初の攻撃の後、姿を消したんだ。どうして急に去ったのかは分からないが、それが無ければ部隊は全滅だったろう。」
彼の言葉には、敵の不可解な行動に対する深い疑問が滲んでいた。
トウマとマリアはうなだれ、言葉を失っていた。外の静寂が彼らの間に広がり、その沈黙を包み込んでいた。
「この後のことはどうするの?」
やがて、マリアが静かに口を開く。
「このまま戦い続けるのは不可能よ。負傷者のこともある。帰還すべきだわ。」
トウマもその提案に同意する。
「ああ、異論はない。今は残った皆で村に帰ろう。幸い、輸送隊の定期巡回が二日後に来る。それに便乗して帰るとしよう。」
輸送隊は、セーフハウスに物資を補給し、回収品を運ぶことを任務とする後方支援部隊だ。直接戦闘には加わらないものの、その存在はトウマたちの活動を支える上で欠かせない重要な役割を果たしている。
トウマたちは、帰還の判断を下した。。今までの探索では経験したことのない目まぐるしい変化と、失った仲間たちの大きさを噛みしめながら、トウマたちは輸送隊の到着を待つ間、つかの間の休息を取ることにした。