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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

推しの子に推される私☆気付いた時にはもう遅い!超スパルタな地獄の特訓の日々

リハビリ代わりに加筆修正してみました。


 平凡地味系OLな私、田中直子は今日も書類を見ながらキーボードを叩き続ける……

 人の三倍速く!正確にすべての書類を作成し終わると、即座にそれをプリンターへと送信する。


 本日のお仕事、3社分の決算にまつわる全ての書類……所要時間4時間。そして私は鞄を手に席を立つ。


「高橋さん!今日予定の出しときました!んで帰ります!」

「えっ?もうですか?わかりましたー」

 私は一つ先輩の高橋くんに残りを丸投げし、返事も聞かずに走り出す。


 そして向かった先は……秋葉原ワンダー劇場。

 会社から徒歩10分を全力疾走してたどり着く。


「まっ、まったー?」

 心臓が爆発しそうなのをこらえながら、震える声を書ける。


「また無理してー。私がちゃんと並んでるんだから、気にせず時間までゆっくり歩いて来たらいいでしょ!」

 目の前の素敵なお姉様が腰に腕を当て私に苦言を言い渡す。今日もへそ出し肩出し太もも出しでとてもセクシーです。


「だ、だってー少しでも早くカエデ様と同じ空気を吸いたくて……」

 私はスーハーと、この場の空気を吸い尽くす勢いで深呼吸をする。残念ながらカエデ様たちの尊い香りの代わりに、土埃と周りにいる同胞達の加齢臭を感じで少し嘔吐(えず)いてしまう。


「はあ。何やってるのよ。ほら、これでも飲んで!」

「あ、ありがとう美穂」

 この素敵なお姉さん。美穂からドリンクを受け取ると、腰に左手を充てグイっと一口飲み込んだ。うん生き返る。


「ぷはー!やっぱり仕事終わりの一杯はうまいわね!」

「あんた、まだ19でしょ?おっさん臭いセリフ吐くのやめなさい」

 さーせん。気分はもうおっさんなんですよ。


「それはごめん。それより、昨日のMアワ見た?カエデ様マジヤバ可愛すぎて悶えた!」

「見ないわけないでしょ!朝から20回は見たわ!やっぱりトバリ様は神!」

 私たちは昨日やっていたミュージックアワーという音楽番組のことを思い出し悶えていた。


 私たちがいるこの秋葉原ワンダー劇場は、私たちが推している『カラーズファイブ』というアイドルグループが所属する芸能事務所、ワンダーランドの所有する劇場である。

 ここでは、カラーズファイブが火曜日と木曜日、夕方にライブをやっているのだ。4時から開園の為、私は仕事を速攻終わらせて走ってきたのだ。8時出社、12時退勤。火曜木曜は毎週そのルーチンを繰り返す。


「ほへで、はへへはははひは……」

「食べてからしゃべりなさい」

 私は鞄から取り出し口に咥えていた、某栄養補助食品を大急ぎで胃に流し込む。


「ふう。生き返った」

「何回死んでんのよ」

「私は何度でも蘇る!」

「あほか。で、なんだって?」

 呆れる美穂。


「カエデ様たちはもう中に入ったの?」

「今日はまだよ」

「やった!」

 どうやら今日はまだ劇場に来ていないというので、私はいつもメンバーが入っていくはずの、裏口前の方にある道路を凝視する作業に移った。


 時刻は12時30分。おそらく2時までには来るだろう。

 裏口の方には近づけないようにフェンスがある。しかしちゃんと入るのを見れるように工夫されている。運営の心意気にいつも感謝だ。


 私は、16の頃にデビューしたカラーズファイブ、正確にはカラーズスリーというアイドルグループに一目ぼれした。母親に土下座をして土日にあるライブにたまに連れていってもらっていた。

 もちろんすぐにバイトも始め、自分で土日のライブ資金を出せるようになってから、どっぷりはまってしまって現在の私が作られた。


 もちろんテレビの仕事が入っていたりで土日のライブが毎週あるわけでは無いが、ライブがある日は必ず参加するようになった。


 私はセンターを務めるカエデ様に一目惚れで最推しで虜なのである。もちろんそれはメンバーの追加でカラーズファイブと名を変えた今も変わらない。


 そこからは必死に勉強した。

 この劇場のすぐそばにあるところに就職したくて手頃な会社を探し回った。


 人材派遣でなんでも引き受けますな『株式会社ナンデモカモン』で経理を募集しているというので、当時17の私が直談判して翌年の経理の枠を勝ち取った。

 もちろん必要なスキルは必死で磨いた。


 おかげでこの時短勤務も土日は絶対に休むというシフトも認められた。その代わりライブのない月水金は遅くまで仕事をこなした。人の3倍は働いている自信はある。

 その証拠に2年目の今季からは給料が3倍まではいかないが倍以上に貰えるようになった。社長の奥さんである副社長の鳥子さんにも色々と目をかけて頂いている。まああの人は私を通しての金しか見ていないだろうが……


 今日終わらせた仕事も、他社の月次決算を纏めアドバイスする、という鳥子さんの副業の様な業務だった。ゆえにとても可愛がられ勤務体制に融通が利くのだ。


 そんなことを考えていた私の目に、いつも使っているワンダーランド所有の車が映る。

 本当はフェンスギリギリでそのご尊顔を拝みたい。しかしこの場を離れるわけにはいかない。それはどのファンも同じであろう。みんな同じ気持ちでメンバーが車から降りるのを待っている。

 運営はそこら辺も考えているのか、並ぶ列は裏口から離れるように並ぶのがルールとなっている。ゆえに先頭に並んだ人が一番近いのだ。


 バタンと言う音と共にドアが開き、前の座席からマネージャーの喜愛さんが降りてくる。

 今日も全員揃っての入りであった。


 そして私はカエデ様を見ていつものように絶叫する!


「カエデ様ーーー!愛してますーー!今日も素敵ですーー!」

 隣の美穂も、周りのファンも叫び出す。


 そして私は、カエデ様がこちらを向いて手を振った後、唇に手を充て放った投げキッスにより、意識を手放していた。



「はっ!」

 私は自分で自分を確かめる。さっきまでの騒がしさはすでに無くなっていたが、隣の美穂も若干放心したようにだらしなくも厭らしい顔をしていた。ちょっとときめいてしまう。


「美穂……今日もやばいね……」

「はっ!あ、ああ。やばいね、本当に何秒か死んでたわ……」

 二人ともすでに誰もいない裏口をじっと見ていた。


 そこからはひたすら美穂と推しトークを続け、開場と共に順調に中へと入っていく。流れるように今日のカエデ様のオフショット写真を全種購入する。もちろん今日もそのお姿は神々しい光を放っていた。

 白手袋を装着済みの私は、写真をすばやくファイルにしまい眺めながら席に座る。今日はかなり前の方を取ることができた。最高の一日になりそうだ。


 そして時間になり会場のライトが落とされる。


 ステージにライトが灯りオープニングのイントロが流れ出す……デビュー曲でもある『カラーズ』のイントロに全員立ち上がり、手に持ったライトを振り上げる。

 私も両手に持った真っ赤なライトを頭上で振り回し狂喜乱舞する。


 今日も……夢の世界の幕が開ける……



◆◇◆◇◆



 私は座席で放心状態になっていた。


 燃え尽きた……私は、真っ赤に燃え尽きちまったよ……もう、歩くことさえままならない……指先すら動きはしない……

 全身全霊をかけての応援で全身びしょぬれで精も根も尽き果ててしまった私……


「直子!もう出てくるって!」

「ひゃっほー!」

 美穂の言葉に疲れ切った体が嘘のように蘇る。


 急がなきゃ!


 私は会場を出て通路を急ぐと、ある一室に続く列へと並ぶ。列とはいっても今日は26名ほどの列。この列は通称プラチナルームへとつながっている。

 ファンの中でもプラチナパスを持っている選ばれし者だけが入れる部屋である。


 年間12万円という中々なお布施を払った猛者だけが、月に一回この部屋に入室が許可されるのだ。

 今月は平日の今日来られないプラチナパス持ちの為に週末にも行われるので、今週末はもっと多く集まるだろう。なので私は今日参加することを選んだ。


 部屋に入ると、メンバーカラーに彩られた5つの席の前に並ぶファン達。

 私は当然のように真っ赤な席の前に並ぶ。今回は9名の仲間がいるようだ。やはり一番人気である。ちなみに2番人気は青で7名である。やはりマリン様の幼い体に魅了された者たちも多いようだ。

 美穂が並んだ黒、トバリ様は4名である。美穂以外はみな男性ファンであった。


 そしてガチャリというドアが開いた音と共に、室内が一斉に騒がしくなる。目の前にはカエデ様が……他のメンバーと共に登場してそれぞれの席に座る。それだけで気を失いそうになった。しかし私はそれを良しとしない。

 ここで倒れでもしたら運営様に大迷惑な話である。それだけは避けたいと気力を振り絞る。そしてこちらに向けられるカエデ様の笑顔……ああ、私はダメかもしれない……


 そんなことを思いながらも、私は自分の順番が来るのを待った。

 ここで互いに話ができるのは約5分。


 今日は……いや今日もだが、先月購入した分のオフショット生写真にサインをもらわなければ……今回選んだ珠玉の一枚、この『カエデ様ちょっとお眠でぱじゃま着崩しショット』に!


 もう少し手私の番だ。

 私は震える手で白手袋を鞄から出して装着すると、ファイルからそのお気に入りの一枚を取り出した。


 いよいよお私の順番になり、震える足を一歩前へ踏み出した。


「カ、カエデ様!今日も素敵な時間をありがとうございましゅ!」

 噛んでしまうのもいつものこと。私は大笑いしてくれたカエデ様を見ながら写真を手渡した。


「ナオちゃん今日はこれにサインでいいのね?あっ、ちょっとこれ!一番恥ずかしい奴じゃん!やめてー照れちゃうー!」

 カエデ様は恥ずかしそうにしながらも受け取った写真にサインをスラスラと書いてくれる。


 こんな私の名前を憶えてくれているカエデ様。あの素敵な唇から私の名前が発っせられている。写真にはカエデ様の貴重な指紋が指紋が指紋がーー!


「ナオちゃん?いつも通りちょっと顔キモイよ」

「あっえっと、すいましぇん!カエデ様が可愛すぎて涎がとまらないんでふ!」

 私は手で口をぬぐう。


 本当に涎が垂れてしまいそうに口元は、見苦しいほどに緩んでいることだろう。仕方ないここは夢の宴なのだから。


「ふふ。相変わらずのきもさね。でも毎回ライブにも来てもらってるけど……ちゃんと寝てる?体調だけは気を付けてよね」

「はひ!それはもちろん!」

 私を心配してくれる!そして私の手を握ってくれる。白手袋をした私の手を……待って?脱ぎたい!でも写真仕舞わなきゃ。


 私は手袋越しのカエデ様の温もりを感じながら、纏まらない思考を巡らせたまま、思考が迷子になってしまった。


「あっ、とりあえず写真しまう?」

「は、はい!喜んでー!」

 私の居酒屋のような返事に噴き出して笑うカエデ様。やった!また笑顔ゲット!そう思いながらも慣れた手つきで丁寧に写真をファイルにしまい込む。そして白手袋も外してポケットに捩じ込んだ。


 じっとりと汗ばんでいるであろう私の手を握ってくれたカエデ様に涙する。なにこれ今日はすごいね!私、今晩死ぬのかな?


「ふふ。ナオちゃんといると元気貰えるね。いつもありがとう」

「光栄です!わ、私の方こそ、カエデ様に出会ってから必死で勉強して近くに会社でOLやれてます!多分普通の給料より3倍ぐらいもらってます!カエデ様に会いたい一心で何をやっても頑張れます!だから今の私があるのは……カエデさまのおがげなんでしゅーー」

 最後までは耐えられなかった私は、カエデ様の吹き出し笑いと共に、スタッフに剥がされ、横の休憩スペースへと誘導された。もうカエデ様達の姿は見えない。


 座り込みしばし泣きながらカエデ様の笑顔を思い出す。

 隣にはすでに終わっていた美穂がいて、ヨシヨシと私の頭を撫でてくれる。ありがたい。惚れてまう。


「今日はいつにも増して感極まっていたね。どしたの?」

「わかんだい……なんだが、ぐす……今日もまたざいごうびうるわしいがごおもっでぅぁーん」

 なんだこれ。自分でも分からないぐらい感情があふれてきていた。美穂が「よく分からないけどそっかそっか」とさらに背中をポンポンとさすってくれた。おい!もっと泣いちゃうぞ、いいのか?


 私達がプラチナルームの出口用の扉から出て今日の余韻に浸り惚けていたが、目の前に見たことのあるスタッフがやってきて「こちらへ」と二人まとめて別室まで連れてこられた。


「私、何かやっちゃった感じかな……」

「いやー正直今日は死ぬほどやばかったからねーどうだろう……」

 私は目の前が真っ暗になりどうだった。スタッフに迷惑をかけてしまった……ファン失格だ……


 そこへ、ガチャリとドアの開く音がして、顔を上げた私が見たのは……笑顔を携えたカエデ様と、『カラーズファイブ』の他のメンバーであった。


「えっ?なんで?どうして?私死ぬの?」

 私の言葉にメンバーがどっと笑う、隣の美穂はそれどころではなく、放心しているようだった。


「ほんとやっぱり面白いねナオちゃん」

 そんなことを言うのはワカバ様。セクシーダイナマイトなお胸をお持ちのグリーン担当である。緑のストレートロングが綺麗ですね。


「うん。おもしろかわいい」

 ブルー担当の幼い体をお持ちのマリン様が意味不明なことを言う。おもしろかわいいとな?


「そうね!それに磨けば光りそう。あと美穂もさっきぶり。やっほ!」

「ひゃい!」

 ブラック担当の美穂が推してるトバリ様の言葉に美穂も思わず上ずってしまう。珍しい光景だ。


「私もいいとおもうよー。多分磨けば光る!かもしれない?」

 パープル担当のアヤメさんが、トレードマークの紫のツインテールをふりふりしながらこちらを見ていた。


「でっしょ!ナオは私の最推し!お気に入りなんだから!」

「はいはい!お気に入りなのはいいとして、そろそろ話してあげないとほんとやばい顔してるわよ?」

 カエデ様の最推しという言葉に「ああ、やっぱりこれ夢か……」とつぶやきならが口元をだらしなく緩ませる。そしてそれを見たトバリ様が何やらカエデ様に話しかけていた。


「ナオちゃーん。戻ってきてー」

「は、はい!これは夢ですね。夢から覚めたら私は医務室かどっかなのですね!迷惑かけてごめんなさい!」

 またみんなが笑ってくれた。いい笑顔だ。この笑顔だけで私は明日を生きていける。たとえ夢であったとしてもだ。


「ナオちゃん。えいっ!」

 私はカエデ様に抱きしめられて「えっ」と声を漏らす。いくら夢でもこれはまずい!アイドルにスキャンダルは良くない!たとえ女同士であってもだ!


「い、いけません!たとえ夢でもスキャンダルはごはごはご法度で!」

「もう!これは夢じゃないってば!えいっ!」

 今度は頬っぺたを引っ張られる。あー!嬉しい!カエデ様がー!ってか痛い!痛いから!えっ痛いの私、夢でも痛いとか不思議……まってこれだめなやつ……


「えおおうはひ……」

「ナオちゃん、さすがにそれは解読不明すぎ」

 笑いながら頭をポンポンするカエデ様を見ながらスーハーと息を整える。が、やはり甘い香りが漂ってきてちっとも落ち着かない。


「どう、どうしたらいいのでしょうか。息を整えようにもカエデ様の香りで興奮してしまいまふ!」

 また皆が笑う。このエンドレスの流れから脱出する方法を見失った私の目の前に、美穂が現れ私の両肩に手を置いた。


「まずは息をしっかりするのよ!」

 その声につられて深呼吸を繰り返す。


「うん。ありがとう。嗅ぎ慣れた少し濃い目の香水の匂いでちょっと冷静になれそうだよ」

「あんたね。トバリ様の前じゃなきゃ殴ってたわ」

 その言葉に私はフフと声が出る。


 それをみてため息をついた美穂は、肩に置いていた手を外すと元の位置に戻っていった。すぐに目線はトバリ様を見ていたので、すでにその目が少しうつろになっていた。


「し、失礼しました。もう多分大丈夫かもしれないです」

「よっし!やっと話が進められそうね。改めてメンバー紹介はいらないだろうし、あっこっちはマネージャーの喜愛さんね」

 カエデ様から喜愛さんが紹介される。喜愛さんは軽く頭を下げる。


「は、はい!喜愛武三(きあいたけぞう)さん38才!ワンダーランド立ち上げ当初から参加されている社員さんで、カラーズスリー結成時からのマネージャーさんですね!」

「さ、さすがナオちゃん……喜愛さんのデータまであるのね」

 カエデさんは若干引いている気がする。


「はい!好物は吉山亭のネギトロ牛丼で独身、恋人募集中とのことですよね!」

「ちょっと!やめて下さい怖いかも」

 喜愛さんが大きな体を両手で抱くように小さくしている。いや、ファンなら大体知ってる情報では?


「じゃあ今度はナオちゃんのパーソナルな情報聞きたいかな?」

 なにそれ?なんで?話についていけない私。


「美穂はこっちで私とおしゃべりタイムにする?」

「はい!トバリお姉様!」

 私は、トバリ様からトバリお姉様に昇格してしまった様を見ながら、推し友である美穂がトバリ様とその後ろにくっついていくように、一緒に部屋を出ていったマリン様を見送った。


 よって部屋には私の他に、カエデ様とワカバ様、アヤメ様が、ついでに喜愛さんが残っていた。必然的にカエデ様から吸収できる香りが増える。心臓が激しく動き呼吸が荒くなる。負けるな私!気合を入れてカエデ様を見る!


「ちょっと。また顔が面白くなってるから」

「はひ」

 気合を入れ過ぎたようだ。私の平常心はどっかに旅だったようだ。いや失踪かな?戻ってきてー!


「とりあえず、今日はまだ時間ある?」

「はい!カエデ様のためならば親の葬式だって平気でぶっちできる所存です!」

「それはさすがにやばい」

 私の全力の返しはきっぱりとカエデ様にぶった切られた。


「普通に今日の予定を聞いてるんだけど」

「あ、大丈夫でしゅ……大丈夫です。この後はいつもならあの写真を眺めながら、ご飯を食べてそして一緒に布団に入るだけですから」

「なるほどね……じゃあ私のためなら今日は時間は無限大と」

「もちろんでぐえっ!」

 物理で噛んでしまう私。舌がちぎれるかと思った。


「ナオちゃん話が進まないからカエデはちょっと離れようかな?まだこの距離は早かったかもね」

 そういってワカバ様が割り込んでくれた。でもそのワカバ様の豊満のお胸を見て、私も冷静でいられる自信もないんだよね。


「あ、ナオちゃんワカバの胸ガン見してる」

「えっマジ?」

 私はさっと顔を背けた。


 次に私がカエデ様の方を向いた時には、カエデ様とワカバ様は少し離れた距離に椅子を置いて座っていた。これは……緊張してしまう私に配慮してくれたってことだよね?今ので引いちゃったってことではないよね?


「よし!これなら大丈夫そう?」

「はい!同じ空気を吸わせて頂いているので、全く大丈夫ではありませんが大丈夫です!」

 最推しと同室なのだから全然大丈夫とは言えないのは仕方ないことだと思うけど?


「じゃあやっと話を始めるけど、私があなたを推すからアイドル活動しよう!」

「カエデ様は冗談のセンスもあるのですね!素敵です!」

 その瞬間「冗談ちゃうわ!」という声と共に頭に衝撃が走った。涙目になりながあ横を向くとアヤメ様がファイティングポーズをとっていた。冗談じゃ、ないの?


「マジなのでちゃんと考えるように」

「いや無理です。嫌です推し専です!むしろカエデ様専です!」

「私はナオちゃんのことが気に入ってるの!なんならきっちり育てて『カラーズシックス』にしたいのよ!」

「えっ……」

 私は、絶対に無理だしありえない!と思っていたが、カエデ様から『カラーズシックス』というなんとも甘美な言葉を聞いて思考を止める。


 そっかー『カラーズスリー』の時にアヤメ様とトバリ様が入った時には、私も少しもやっとしたけれどそれで今のようにさらにパワーアップしたパフォーマンスが見れた私は幸せだったと断言できた。


 それと同じように私が?


「いやいやいやいやいやいや!無理ですってわかるでしょ?私こんなのですよ?比べてみてください!ねっ?明らかに違うでしょ?」

 私はワカバさんに近づき顔を並べる。


 無理無理と否定しながら、目線はワカバさんの一部をチラ見してしまうのは仕方ないかと……


「てい!」

「いたっ!」

 頭に痛みを感じで後ろを見ると、アヤメさんにまた突っ込まれったことが分かる。


「あんたはそんなことを言いながらワカバの胸見てニヤついてるんじゃない!」

 真剣な表情で怒られてしまった。


「ねー、ナオちゃんがいたらまた新しい私達が見えると思わない?」

「たしかにね!」

「そりゃ……ね」

 カエデ様の提案にワカバさんとアヤメさんがうなずいていた。私、お笑い要員?


「それにナオちゃん、私と一緒に合宿とかで寝食を共にしたくはない?」

「えっ……寝、食?」

 なにか甘美なフレーズが聞こえたような……


「カエデ、もう一押しっぽいよ?」

「この子ちょろそうね」

 いやアヤメ様もワカバ様も、それは聞こえないとこで言うセリフでは?


「私、ナオと一緒にお風呂とか入ったりしたいなー」

「やりましゅ!やられます!」

 お風呂で戯れたい!


「よし!じゃあ決定ね。これサインして。私と一緒に暮らしますって同意書」

「カエデ様と……暮らす……」

 私はごくりと喉を鳴らすと、その婚姻届け(専属契約書)にサインをした。


「よし!後はここに……」

 カエデ様は私の親指を優しくつかむと……朱肉にぎゅっと押し付け、私が書いた名前の後ろに押し付けた。って拇印!!!


 そして私が思考と止めている間に、その書類をぺろりとめくると写しがあって……そこにもそのまま親指を押し付けられた。


「完了!はい、喜愛さん。これ社長のところへ」

「はい!わっかりましたー!」

 私がワカバさんから差し出されたティッシュで親指を拭いている間に、喜愛さんは私が書いた契約書の上の方をもって部屋を出ていった。


 それと入れ替わるように部屋に入ってきたのは、トバリ様と、マリン様、そして……美穂?

 なぜかスーツをバシッと着込んだ美穂がこちらにやってきた。


「カエデさん、契約の方は終わりましたでしょうか?」

「あっうん。もう大丈夫。さっき契約書は喜愛さんが社長に持っていったから!」

 なに?もう美穂にはどうなってるか全部分かっているって感じなの?そしてゆっくりと近づいてくる美穂。なんだか怖いんですけど……


「では、直子はこれから、この劇場に住み込みになるから。会社の方は来月いっぱいで退職ということで……」

「えっ?」

「んっ?」

 美穂の言葉に意味がわからなかった。いや美穂まで首を傾げるのはおかしくない?


「いや仕事退職ってなに?私そんな話ちっとも……」

 そう言いかけた私は、自分の言葉を止めて恐る恐る契約書を確認した。


 そしてやっと自分の愚かさに気が付いた……

 私はその契約書に書かれた文言を朗読する。


「アイドル活動に専念するため、仕事は速やかに退職すること……」

「そうね。一応社会人としてのけじめとして、来月いっぱいで退職を伝えてください。さすがに今月辞めるは大人として無いよね?」

 いやそうじゃなくて……私は退職ということ自体について困惑しているのですけど?


「住居は合理性を考え、劇場の一室を無償貸与する……」

「退職するからね。おばさんとおじさんには迷惑かけられないし……」

 これは素直にありがとう。パパもママも私がお金も入れずに食費や生活費まで面倒見てもらうのはさすがに無いからね……


「レッスンは全て参加すること。その為『カラーズファイブ』のライブは全て出禁と……なり、ま……す。いや、いやです!私はカエデ様をもっと応援したいんです!」

「大丈夫!ライブの観客席には出禁だけど、ナオには舞台袖からはきっちり見てもらうから」

 カエデ様の返答に「ん?」と頭をひねる。ライブは席では見れないけど……舞台袖……ですか?それを認識した私は、全力でガッツポーズをした。今なら某世紀末の王の気持ちがよくわかる。


「報酬はなし。『カラーズシックス』になってからはグッズの売り上げなどの歩合制……厳しくないですか?」

「大丈夫!私と一緒に、アイドル旋風を巻き起こそう!」

 不意にハイテンションなカエデ様に肩を抱かれ、部屋の白い天井を指さされたのだが、その指先には輝く何かが見えた気がしないでもなかった。


 結局私は、その日は一旦帰宅となった。

 ママには「私はどうやら仕事を辞めてアイドルとして生きるようです」と伝えると「それいつから始まるアニメ?」と聞かれたので「さあ?」と答えておいた。



◆◇◆◇◆



 そして翌日、私は少し早めに出社すると、そのまま社長室へと出頭した。


「失礼します……」

 ノックをして返答をまってから入室する。


 そこには、いつものように副社長の金野鳥子さんがいらっしゃった。実質この会社を動かしているのは鳥子さんである。鳥子さんの旦那様である社長の金野成樹さんはめったに出社しない。

 ゆえに決定権は全て鳥子さんのものであり、いつでも対応できるようにとほとんどここに寝泊まりをしている。そのため、たまに早朝窺う時には、なんだかとっても厭らしさを感じるスケスケな姿で対応される時もあった。

 私だから良かったものの……と思うが、ノックと共に入室を許可されているのは、今のところ私ぐらいであったから大丈夫なのだろう。


「あら田中さん。どうしたの出社早々」

「実は……一身上の都合によりまして……あの、言いにくいですがその……」

 言い出しにくすぎる……


「なに田中さん辞めたいの?」

「あっええと……辞めたくはないのですが……いやまあそうですね……」

 私のはっきりしない言葉に鳥子さんは首をひねる。


「なにか、心配事とかがあるなら相談して。田中さんはこの会社の重要なポジションにいるんだからね」

「それは……ありがとうございます」

 なんだか認められたようでちょっと嬉しい。でも言わなきゃなんないんだよね……私は憂鬱な気持ちを抑え、口を動かした。


「その、何やら私はアイドル活動をしなくてはならないようで……来月いっぱいで退職させていただこうと思った次第です……」


 しばし沈黙が続く。


「ぷっ……なにそれ?えっ、いや待って?あなた、虐められてたりする?そんな罰ゲームみたいなこと言って……」

 ですよねー。


 私はそう思ってしまうのも無理はないと思ったので、仕方なく昨日起こった不可思議な状況を説明し始めた。




 長々とした説明がようやく終わった。


「なるほど……推してるアイドルから勧誘されたアイドル活動するために辞めると……ちなみにその契約書、本人の意思に反する事項がありすぎ。裁判するなら絶対勝てるわよ?」

「ですよね……いえ、それはそれで推しに迷惑をかけてしまうので……」

「だわよね……言うと思ったけど、あなたが抜けると多分3人は経理雇わないといけないわね……なんとか辞めないで最低限の仕事する形は無理なの?」

「私もそうしたいのですが……どうやら一日中レッスンの予定が組まれているようで、無理みたいです……」

 そしてため息をつく鳥子さん。


「まあ色々やりようはありそうだけど、向こうに迷惑を掛けたくないっていうならもうお手上げね……仕方ないか。1年ちょっとだったけど助かったわ。ひと月ちょっとだけど、引継ぎと教育まかせるわね。早急に3人ほど雇うから……」

 私は小さく返事を返し、社長室を後にした。


 退室の際には「デビューが決まったらサイン書きなさいよ」と激励かどうかよく分からない言葉を頂いた。


 それからひと月ちょっとの短い時間、私はライブに客席で参戦して大暴れできない悲しみを、与えられた劇場の一室でたまに遊びに来るメンバーに癒されつつも耐えた。そして後釜もしっかりと教育した。


 ひと月なんて嵐のように過ぎ去っていった。




 そして月末最終日。

 本日付で私は退社となってしまう。


 夕日に照らされる僅か一年ちょっとのこのオフィスを名残惜しく見渡す。


 鳥子さんの他に、今後は経理部をまとめる存在となる高橋くんと、新たに入った後釜となる青木さん、山田くんに斎藤さんの三人、それと珍しく出社した社長がいる。


「短い間でしたがお世話になりました」

「田中さん!ありがとうね!そしてグラビアモデルさんなんかの連絡先わかったら教えておっほぉっ!」

 アホなことを言う社長は横にいた鳥子さんに尻を鋭く蹴り上げていた。


「田中さん!あとは任せてください……そして、たまに見に行くので推していいですか?」

「高橋くんもお世話になりました。後は任せます。それと推さなくていいので絶対に来ないでください!お願いします!」

 今までのお礼とともに放った言葉に高橋くんはうなだれる。


「三人はこれからお願いね。力を合わせて頑張って!」

 声を掛けた三人が深々と頭をさげる。


「鳥子さん……今まで、お世話に、なりました……」

「い、いいのよ!改まってそんな……じゃあ体だけには気を付けて。頑張ってね!」

 そして笑顔で背中を叩いてくれた鳥子さんに再び頭を下げ、私は一足先に退社した。


 これからみんなは残って残務を処理するのであろう。

 会社を出ると、そこには美穂が乗った車が止まっていた。私は少し感動しならがその車に乗り込んだ。


「珍しいね。いつもはお迎えなんか来ないのに……」

「まあね。明日から本格的にレッスンとか始まるでしょ。だからその前にみんなで飲みに行こうって、今日は金曜日だからね」

 そうか。金曜日はライブがないから夜も開いている日であった。


 美穂はトバリさんに別室につれられた際、マネージャーにならないかと誘われ、二つ返事で承諾したとか。喜愛さんだけでは手が回らないし女性アイドルのことで手が出せない部分があるから、私と一緒に勧誘することになっていたとか。

 美穂の場合はその日のうちに、勤めていた夜のお店をやめると伝え、次の日からマネージャーとしてのノウハウを喜愛さんに聞きながら活動を始めた。


 そして私も次の日から寝床を劇場に移したので、多少なりともメンバーには慣れていった。それに同じて各メンバーを様からさんへと強制的に変更させられた。仲間になるのだから当然!と言われてしまえば従わざるえなかった。


「じゃあ、明日からはライブ中以外はレッスンだから、今日は羽目を外していいってさ。明日は9時からレッスンみたいだけどね」

「鬼だね……」

 もっとも明日は土曜日なのでお昼にはライブとなる。朝ちょっとレッスンしてたら、すぐに舞台袖からカエデさんたちを見てエネルギーチャージできるのだから、文句はない。


「あとできればデビューは直子の二十歳のバースデーだってさ」

「そうなんだ!凄いね!……えっ?ちょっと待って?私誕生日2月なんだけど?今10月だけど?あと4か月しかないじゃん!」

 絶対無理なんですけど?


「だから必死でやってねって……カエデさんが言ってた」

「えっ……」

「できなきゃカエデさんが色々考えていたプランが全部パーだって」

「そ、そんなぁ」

 私は……失敗できないというプレシャーに負けそうになった。




「よーし!今日はとことん食べて飲んで遊び治めだー!」

「おおー!」

 元気いっぱい宣言した私たちであったが、美穂の方は喜愛さんやその少し上の社員さんと、なにやら一緒に食事をしながらの会議が始まったようでほとんど絡んだりできなかった。


 そして私の方はと言うと、新社会人としての常識が発動してしまい、各メンバーや美穂たち会議中の面々などにお酌や料理の配膳などで、結局楽しむどころではなかったが、カエデさんたちに喜んでもらったので苦にはならなかった。




 その翌朝、私たちは喜愛さんの大声で目を覚ます。

 目を開けた私には、カエデさんの太ももとその見えてはいけない秘密の部分を間近に感じながら、ニヤつきならが再び目をつぶろうとしたのだが……そこで頭をバシンとはたかれ体を起こした。

 どうやらすでに身支度をませ仕事を始めていた美穂に、頭を軽くはたかれたようだ。


 周りを見渡すと、まだあられもない恰好で布団を股にはさんだり、尻を突き出し寝ているなどの他のメンバーが確認できた。昨日は各々布団を引いて枕投げなんてやって騒いでたからね……

 疲れ切って「もうだめですー!」と叫びながら、そのまま布団にダイブした記憶がしっかりと残っていた。


 そして私はすぐ近くに寝ているカエデさんの肩をゆすり、優しく起こそうと試みた。試みたのだが……ゆすった動きに合わせその適度に実った胸がゆらゆらと揺れる様を見て……思わず顔がにやけてしまう。


「おい!」

 気付けば私はまた美穂にはたかれ、そしてカエデさんもついでに叩き起こされていた。


 眠気を堪えながら欠伸をしているカエデさんと目が合って、私は恥ずかしくなって再び布団にくるまり顔を隠していた。


「直子!あんたは10分以内に着替えたら食堂にダッシュ!早めに食べて、10時にはレッスン開始!わかった?」

 えっ?レッスンって9時からじゃ……そう思ってその部屋の時計の方を見ると、すでに8時を回っていた。


 どうあっても朝食ありなら間に合わないね。

 私はいそいそと布団から抜け出した。


「他のメンバーも着替え次第お願いします。12時からライブなので各自準備をお願いします」

 丁寧なお辞儀のあとに、美穂は部屋を出て廊下に待機していた喜愛さんと一緒に連れて見えなくなった。


 さてと……着替えますか……

 私は寝間着を脱ぐと、枕元に置いてあった服を着こんで洗面所までよたよたと歩いていった。今日から始まるアイドル育成生活……不安がいっぱいなのは言うまでもない。


 ちなみに、カエデさん含む他のメンバーは、さっきの美穂の言葉と共にスッと起き出して各々支度を済ませると、私に「行ってくるね」と声をかけ部屋を出ていってしまった。さすがプロ。そう思うしかなかった。


 でもまあ考えてみれば、いつもは各自が別の場所にある事務所に一旦あつまってからこの劇場にやってくる。今日は私の歓迎という意味でここに泊まったのだから時間的に余裕はあるのだろう。

 私は私でこれからあるレッスンに不安と少しの期待を心に抱き、歯ブラシを握る手に力を入れた。ちょっと歯ぐきから血が出たのは内緒です。



◆◇◆◇◆



 毎日繰り返されるレッスン……合間に見るメンバーの素晴らしいライブ……バックヤードで見るカエデさんたちは、今まで以上に輝いて見えた。そりゃそうだ。普段は舞台に上がっている間だけしか見ていない。

 今は舞台袖にひっこむと、嵐のように衣装替えを行うメンバーたち。そしてまた気合を入れて笑顔で舞台へ戻るのだ。


 私はまたカエデさん達への愛が深まっていくのを感じた。

 ダンスも歌も、めいっぱい没頭していった私。絶対にカエデさん達に迷惑をかけてはいけない!バックヤードから見えた彼女たちの努力を、無駄にしてはならないと思ったから……


 そしてようやくアイドルとしての動きができるようになってきた頃、私はメイク室へと通された。

 すでにサイズ合わせなどは終わって衣装はできているらしい。


 通された部屋で、私は頭と顔をいじられた。カエデさんからの要望があったらしいそのメイクとヘアスタイル……私は、人生初のガチメイクと、ポニーテイル……そしてうっすらピンクのカラーリングまでされてるんですが……


 その後に出てきた新しい衣装を見て、私は悟った……私はピンク担当なのだと……


 みんなと同じ衣装。そしてそれぞれのカラーのラインが入っている。そこにピンクのラインが綺麗にデザインされていた。

 着替えも終わると、部屋の扉がガチャリと開けられ、練習終わりのカエデさんたちが突入してきた。


「わぁ!いいよナオ!最高!最強!マジ素敵!」

 興奮するカエデさんが抱き着いてくる。他のメンバーも私を褒めたたえていた。


 しかし今の私の頭の中には、私の名前……どうなるんだろう。そのことだけが気になってしまい、いつもは嬉しいそのカエデさんのハグを楽しむ余裕は……8割程度しかなかった。まじカエデさんは今日も柔らかくていい匂いです。


「あの、カエデさん……もう私の名前って決まってるんでしょうか?」

「もちろん!」

 そうですよね。その為に衣装やら髪色やらを指定したんですもんね。私はカエデさんの次の言葉を待っていた。


「じゃあ発表するよ!ナオの名前は……」

「名前は?」

「……本当に聞きたい?」

「聞きたいです!」

 すぐに教えてくれないカエデさん。


 なんだかじれったい。長い時間カエデさんと見つめ合ってるので少し照れてしまう。そして小悪魔のような笑顔を向けてくるカエデさんにまた惚れてしまう。


「なんと!」

「な、なんと?」

「名前は!」

「うう……名前ー」

「モモちゃんです!」

「……」

「あれ?どったの?」

 カエデさんが唇に指を充て首を傾げる。いや可愛いですけれど……。いや名前も可愛すぎます。


「さすがにモモなんて……名前負けしてませんか?」

「そんなことないよ!見て!」

 そういってカエデさんが私の顔を両手でつかみ、鏡の方へ向けられる。おう!めっちゃぶっさいくですけど!やめてカエデさん。私の鼻に指をあてて豚っ鼻にして笑ってないで?


「ふふ。あー楽しい」

 そして私を後ろから抱きしめてくる。


「見て。とっても可愛い……」

 鏡越しに私と、その私に頬をぴたっとくっつけ、少し赤くなっているカエデさんを見る……呼吸が止まるほど、尊いと思ってしまった。


 頬を染めるカエデさんも、その横で真っ赤になっている私とは思えない私も……とても尊いものだと感じでしまった。


「どうやら気に入ってくれたようね」

「はい……私、精いっぱい頑張りますから……」

 そう言う私に、笑顔を返してくれたカエデさんの手の力が少しだけ強まった気がした。


「じゃあ……デビューまであと一ヵ月!その衣装と化粧で、ひたすら笑顔で踊り続けるための特訓を頑張ってもらおうかな?」

「はい!いやえっ?……えっ?」

 何を言っているのか分からない私。


 そりゃ完璧とまではいかないけどそれなりに歌もダンスも笑顔もできてきていると……


「化粧して衣装着てやると、全然感覚かわるから!全力で慣れてね。よろしく!」

 満面の笑みで私の肩を叩いたカエデさんが、ニコニコしながら部屋を出ていってしまった。


「ま、そういうことだから頑張ってね」

 トバリさんが同じように言いながら出ていくと、他のメンバーも口々に励ましの言葉を投げかけてくれた。そんなか……そんなに違うんか……私は、なぜ予備の衣装が3着あるか分かった気がした。


「レッスンでもこれをきて死ぬ気で慣れろと……」

 こうして私の、さらなる地獄の日々が始まってしまった。



◆◇◆◇◆



 さあやってきました!やってきてしまいましたよ2月14日。


 私は、自分の誕生日を祝うどころが呪いながらいつもの部屋で目を覚ます。


 本日木曜日……17時からのライブで、遂に私は……私、モモは!……デビューを迎えます。

 ……と仰々しく脳内で妄想を展開したが気が重い。動きたくない……でもみんなに迷惑はかけられない……


 私はのそのそと体を起こし、支度を済ませながらも地獄の日々を思い出す。

 歌もダンスも完璧だ!笑顔だってパーフェクト!メンバーとも連携も問題なし!最高最強の『カラーズシックス』を見せる自信はある……あると思う……あるといいな?


 不安で仕方のない私は、多分もう準備を始めているであろう皆の元へ向かった。


 会場の方はなんだかいつもより豪華な飾り付けがあって華やかに見える。しかしそれが全ては私のためにあるというのだから、さらに不安が高まってしまう。

 すでに公式サイトには『本日重大発表』との告知も成されており、祭りになっているようだ。


 私は、食堂に向かってお腹を満たし気を紛らわそうと試みた。

 そしてその食堂で、カレーを流し込んでいる美穂を見つけると声をかけ泣きついた。


「美穂ー、私どうしたらいい?失敗したら死ぬ!迷惑かけても死ぬ!なんなら成功しても死ねる自身がある!」

「朝っぱらから何言ってるのよ。成功してなんで直子が死ぬのよ!」

「いや、嬉しくて?」

「嬉しくて死なないでよ。もう!私も準備で忙しいの。大丈夫だから。自信をもって!」

「あう」

 私を優しく撫でる美穂は、若干のカレー臭を残してその場を離れていってしまった……私もカレーにしよう。そう思って食堂のおばちゃんに声をかけた。


 そしてそのおばちゃんに色々と愚痴りながら、またも励ましてもらった私は、少しだけ気分を上げることに成功したようだ。エビフライってカレーに合うよね。


 お腹を満たした後は、少し休憩を取るとトレーニングルームで体をほぐす。ゆっくりと体を温めながらいつもの動きを繰り返す。一時間ほど体を動かすと、全身から玉のような汗が噴き出していた。カレー最強。

 シャワーで汗をしっかり流した私は、すでにトレーニングルームで体を動かしているカエデさんとマリンさんに遭遇した。


「おはようございます!」

「あっナオ!おはよー!」

「おはよー」

 今日も朝から元気なカエデさんと少し眠そうなマリンさん。


「ナオはもう起きてたんだね!もう体はほぐした?」

「はい!シャワーでさっぱりしてきました!」

「そっか残念。一緒に浴びようと思ってたのに……」

「うっ」

 舌を出して変なことを言うカエデさんに赤面してしまう私は言葉を詰まらせた。


「じゃじゃあもう一回……汗かこうかな……」

「えっオーバーワークになるから止めときなね」

 私の願望交じりの一言は、どうやら冷静に返されてしまったようだ。


「今日は我慢します。今度一緒に汗を流したいです」

「ふふ。そうだね」

 そんな会話をしていると、ワカバさんとアヤメさんもやってきた。今日は別々で来たのかな?珍しい。


 挨拶を交わした私は、早々にメイク室に移動すると、また髪と顔を弄られ衣装に着替え終わる。


 本当に……はじまってしまうんだな……

 一年ほど前には考えられない状況。でもここまで十分に練習してきた!どんな事態になろうとも最後までやり抜くことを決意しながら、拳に力をこめて深呼吸した。


「はー、今日はいよいよだねー」

 カエデさんがそう言いながらメイク室へと入ってきた。他のメンバーも一緒だった。きっと一緒に汗を流してきたのだろう……羨ましい。


 しかしみんなで一緒にシャワーを浴びるなんて、今までに何度か経験している……羨ましくなんか……ないんだから!


 脳内でそんな一人芝居を繰り返している間に、手慣れたメンバーたちは次々に衣装に着替えて出てきた。やっぱりみんな、オーラが違う。もうアイドルの輝きを放っている。私も早くそのオーラを纏いたい。


 そして緊張をメンバーと雑談することで緩めていった。

 話すことで緊張していた私が懐かしい。



 そして時間は刻々と過ぎ……開幕の、時間だ!



 会場の方からざわざわと音がする。

 もうとっくに開場を過ぎ、あと10分ほどで開演となる。ファン達も始まりの空気を感じざわつき始めたのだろう。


「さあ!今日は新生『カラーズシックス』の晴れ舞台!いくよっ!」

「「「「「おー!」」」」」

 カエデさんの掛け声と共に声をあげるメンバー。私も叫ぶ。この声が聞こえたのか、ファン達も大きな声をあげる。


 不安に押し潰されそうになる。でも後悔してももう遅い!やるしかないこの状況に、私はあまり育っていない胸をひと叩きして落ち着かせるのだ。


 そして時間になり会場は暗転する……


 ステージ上のモニターに光が煌めく。

 舞台袖からモニターを見ている私たちの手にも力が籠る……


 カエデさんを皮切りにメンバーの写真と名前が映し出される。

 5人のメンバー紹介が終わる……


 そしていつもの『カラーズファイブ』のロゴが輝き……そしてその画面が乱れる……

 会場のファンがざわついた。


 画面が乱れながらも私のシルエットが映し出される。

 そして……


 画面には再び変わり『カラーズファイブ』のロゴがゆっくりと変化して行く。そしてそれは予定通りの『カラーズシックス』へ……会場のファンの歓声がひときわ大きくって会場全体が揺れるような錯覚に陥る。


 これは……恥ずかしい……

 この後、私の写真と名前が大々的に出るが……シーンとしてしまったらどうなるんだろう……怖い!怖すぎる!


 もう一度上がる歓声に私は目を開け、画面に映し出された私の写真と名前に赤面する。何度見ても慣れることは不可能であった。そこにカエデさんのアナウンスが始まった。バックにはオープニングのイントロが流れ出す……


「みんな!歓迎の準備はできてる!」

『うおーー!』

「いいね!モモちゃんもしっかり仕上がってるよ!」

『うおぉぉーー!』

「さあ、いこう……」

 その合図とともに走り出す。


 カエデさんの後ろについてステージの……センターまで!


 そうなんだ。生意気にも私は、オープニングだけはセンターを務めることになった。6人だからカエデさんとWでセンターとなる。


 カエデさんの動きを完コピしていた私でも、本番の空気に圧倒され歌にダンスに必死で心ここにあらずで曲が進む。

 初めての歓声を受けてんぱりながらも、それでも完璧にカエデさんと同じ動きができた。


 そして、特別に与えられたソロの部分。

 いつもはカエデさんが高らかに歌い上げるその部分を、私は自分自身のイメージで歌い出す。そしてまた新たな歓声を受け気持ちが上がる。脳内がはじけ飛びそうな幸福感を感じならが、その後も歌い、踊り続けた。




 気付けば最後のトークの時間。

 いつものように事前に受けていた質問の中から選んだトークテーマで話し出す。もちろん私のことは誰も知らなかったのだから私宛の質問はない。そして他のメンバー分の質問タイムが終わる。


「それじゃー、みんな気になってるよね!気になってるでしょ!」

『おおーー!』

「モモちゃん!」

「はい!」

「モモちゃんのアピールタイムだよ!」

「ひゃい!」

 頑張ったけど上ずってしまった私にメンバーが笑い出す。


 そして私に集まり私の肩に手をあて口々に「どんまい」と声を掛けられ、会場中が笑いに包まれた。そして私は一度深呼吸をした後、話し始めた。


「みなさん!こんにちわ。生意気にも新メンバーになってしまったモモです!今のところ、こんな感じでいじられキャラをやってます!緊張で死にそうです!」

「大丈夫!あなたは死なせはしないわ!」

 まじめな顔でカエデさんが私の両肩に手を置いてから抱きしめた。


 客席からは『ギャー』という悲鳴に近い歓声が上がっていた。これは喜んでもらっているということで、良いのだろうか?その声とともに私から離れ、観客に向かって舌を出しながらサムズアップするカエデさん。


「少しですが前は経理をやっていたので、文字打ちなら自信はあります!」

 胸の前でカタカタとキーボードを打つ動作をしてみる私。


 それなりに笑いも取れたようだった。


「そんで!そんなモモちゃんはー!本日二十歳になりましたー!」

 カエデさんの発表と共にメンバーがパーティクラッカーを鳴らし「おめでとー」と声がかかる。ちなみにこのクラッカーはかたずけいらずな飛び散らないタイプの奴だ。観客からも歓声が上がる。


 そしてワカバさんとトバリさんが一度舞台袖にひっこむと、台にのせられたケーキが運びこまれ……私は涙をこらえ、ハッピーバースデーの大合唱に合わせてろうそくを消した。

 本当に良かった……後はいつも通りにカエデさんの「それじゃあ今夜はここまで!次回また会おうぜ!」という言葉の後に、手を振ったり投げキッスをしたりと会場全体にアピールをしたら終了となる。

 無事に終わる。失敗はない。良かった!これで私はまた明日から生きていける!そう思ってカエデさんの言葉を待つ。私は最初だから深々とお辞儀でもしようか。そう考えていたのだ。


「じゃあ……今日はもう一つ重大発表!」

 その声に私も含め、他のメンバーも動きを止める。何も聞いてないのは他のメンバーも同様のようだ。私たちも、そして会場のファンたちも、カエデさんの次の言葉を待っていた。


「私は……そして、モモちゃんは……」

 えっ私?私のことも含まれてるの?まさか……愛の告白?私の顔が真っ赤になるのが自分で手に取るように分かる。これはいけない。アイドルにスキャンダルは御法度だと何度言ったら……


「今日で活動を休止します!」

 えっ……


 今、カエデさん以外のメンバーと、会場のファンの心は一つになっているだろう。


「なんだってー!」

 私はみんなの気持ちを代弁したであろう一言を叫んでいた。


「私とモモちゃんは半年の休止期間を経て、渡米します!……ってことで、モモちゃんよろしくね!じゃあみんな!これからも私とモモちゃんの活躍と、新生『カラーズフォー』をよろしくね!絶対に!必ず!大きくなって帰ってくるから!」

 そう言い捨てて、カエデさんはスキップをしながら舞台袖へと帰っていった。


 まだ混乱している私の手をひっぱるような形で……

 それから残されたメンバーが回復し、引きつった表情で手を振りアピールをする。ファンはもう……悲鳴を上げる者、泣き叫ぶ者、唯々茫然と上を向いている者などなど。

 収集がつかず結局0時を回るぐらいまで、帰ることはできなかった。


 一方、いつもの楽屋に戻った私はカエデさんの両肩をつかみ激しく前後にゆさぶった。


「カエデさん!どういうことですか!私何も聞いてないです!アメリカとか私、英語しゃべれないです!高校レベルの英語なんですよ!」

「だから半年は活動休止。英語みっちり勉強するわよ!」

 そんな返事で固まっている私だったが、すぐに他のメンバーがやってきて同じようにカエデさんを問い詰めていた。


 そこにスタッフも入り乱れての阿鼻叫喚になっていたので、どうやらスタッフも聞かされていなかったらしい。


 そして鳴り続ける私のスマホ……


 そうだよね。同僚も両親も楽しみに見てくれていたはずなんだよネット配信の映像を……スマホに母からの鬼電が来ていることに足が震えた。

 そしてまだ騒がしい部屋の隅に移動して、意を決して電話を掛ける。


「あ、あのね。私もね、今さっき聞いたの。ひどいよね、えっ?頑張ってこいって、私英語しゃべれないの知ってるよね?勉強しろって?なんでそんなに前向きなの?ライブ良かった?それはありがとう、いや泣かないでよ。

 泣きたいの私だし……いや、うん。色々落ち着いたら一回帰るから、うん。それじゃあまた後で……」

 思った以上に前向きな母との電話を終えると、まだみんなに囲まれているカエデさんを見る。めっちゃ楽しそうな笑顔ですけど惚れちゃう!いやすでに100万回ぐらい惚れてたわ。


 そして私はみんなの声に負けないようにカエデさんに話しかける。


「カエデさん!カエデさんは英語大丈夫なんですか!」

「えっ?英語なんて一度も習ったことないよ!」

 なんならカエデさんに丸投げし、無口キャラで行こうかな?って思った私は膝をついて項垂れた。


 どうやら今度は語学で特訓が待ち受けているようだ。

 でもカエデさんとなら……この苦難も乗り越えていけるはず……いける、ハズ……だよね???




 こうして推しの子に推された私は、さらに国外へと推しだされるようだ。


「行くよナオ!いや、モモちゃん!目指せ!世界一のアイドルに!」

「カエデさん……」


 今日も明日も推しつ推されつ、頑張ろう!




・・・ END ・・・


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