銀狼の狩り I
「ハァハァハァハァ─────」
薄暗い通路の中を走る男が一人。
しかしどこか様子がおかしい。
その顔は青ざめ、汗まみれだ。
地図にも載っていないのだから、助けを呼ぼうたって無駄だ。
男は足を休めることなく、走り続けた。
謎の地下通路は迷路のようで、複雑な構造をしている。
角を右に行けば、左に行き、右左左右────男はもう、自分がどこにいるかさえわからなくなっていた。
そして不運なことに、男が行き着いた先は行き止まりだった。
コツ、コツ、コツ─────
誰かが近づいてくる音が通路の中に響いた。
男にはこれが、何かのカウントダウンのようにしか聞こえなかった。
男は膝から崩れ落ち、ガタガタと震えながら音のする方を見据えた。
コツ、コツ、コツ、コツ、コツ。
音が止まった。
暗闇から姿を現したのは、一人の少年だった。
黒尽くめの装束はその闇に溶け込み、銀色の髪に犬のような耳が闇の中でうっすらとなびく。そして赤い瞳が、男を睨みつけていた。
髪と同じ、銀色のフサフサとした尻尾はユラユラと揺れていた。
少年は男の目の前でその足を止め、銃口を男に向けた。
「これはお前か?」
そう言って少年はスマホを取り出し、画面を男に見せた。
そこに映っているのはその男と瓜二つの顔をした男の写真。
そしてその下に懸賞金800000*ユニーの文字。
*この世界の多くの国で流通している各国共通通貨
「ち、違う……」
消えそうな声で男はそう答えた。
すると男は額に銃口を押し付けられた。
少年は男の目の前に顔を近づけ、血のような赤い瞳でギロリと男の目を見る。
「嘘をついても、何も変わらない……最後にもう一度、これはお前だな?」
幼く見える顔に似合わない冷淡な口調、そしてナイフのように鋭く冷たい視線。
「さあ、答えろ。」
「お、俺だ……。」
男はぐったりと項垂れ、観念したように答えた。
「無駄な抵抗をしなければ殺しはしない。大人しく着いて来い。」
少年は銃を男の額から離した。
すると突然、男は走り出した。
否、逃げ出した。
「冗談じゃねえ!どうせ捕まっても極刑が待ってるに決まってる!!畜生……ちくしょおぉぉぉぉ!!!」
ドン!!!──────
通路中に銃声が鳴り響いた。
火薬の匂いが辺りに充満し、空薬莢の落ちる乾いた音が鳴った。
「……無駄だと言った。」
──────
任務終えて、今回の目標だったものを引きずって通路を歩いていた。
この男は数々の重犯罪を起こした国際指名手配犯だ。
惑星間や宙域間での短時間の航行が可能なこの時代、広大な宇宙全域の治安を完全に維持することは難しい。
そのため、治安部隊や軍の目を掻い潜りやすく、違法な密輸や海賊行為が後を絶たない。
そうした状況故に民間の協力を要請することもある。
俺達のような賞金稼ぎがその一例だ。
身柄の生死は問わないとされているから、生きていても死んでいても大して変わらない。
それだけこの男は、多くの人を苦しめた。
ここの構造は少し複雑だが、来た道を戻ればいいだけだ。
記憶通りに道を歩くと、広く開いたスペースかある。
そこに白銀の船が停まっている。
D-35"マルコシアス"。
宇宙の旅には欠かせない、俺の家。
ひとまずハッチを開けて中に入った。
『お帰りなさいませ。マスター。』
「ただいま、セバス。」
住民その1。
自律型AI内臓型アンドロイド執事、セバスチャン。
名前の通り、機械の身体で人間と同等の自我を持ち、それでいて洗濯、料理、掃除といった家事や、諜報、機械の整備点検、あっちの掃除もこなす万能家電執事。
これが俗に言う、『一家に一台いかがです?』というものだろうか?
『どうやら今日も上手くいったようですね。やはり、マスターの右に出るようなものはいないでしょう。……それはさておき、マスター。死体は死体ケースに入れるようこの前言いましたよね。このままだと船が汚れてしまいます。』
「……ああ、忘れていた。すまない。」
『いえ、お気に召す必要はございませんよ。私がやっておきましょう。マスターはどうぞお休みになられてください。』
「ああ、そうしよう。」
『ではごゆっくり。』
セバスは一礼した後、死体を持ち上げて運んでいった。
本当に仕事のできる執事だ。
このままベッドに飛び込みたいところだが、まだやることが残っている。
ブリッジに上がると、俺の顔面に硬い何かが直撃した。
『オラ!オラオラ!(ご主人様!お帰りなさい!)』
「ただいまオービー……。俺の顔に飛びつくなといつも言っているだろう?」
この台詞を今までに何回言ったことか。
『オララ!(わかった!)』
おそらくわかってない。
住民その2
0V-B型汎用支援型モジュール、通称オービー。
オービーという名は俺が勝手にそう呼んでるだけ。
ボールのように綺麗な中を浮く球体と言えば説明がつくだろう。
船の修復やメンテナンスに一役買っている。
今は俺とこいつらの三人が、この船のクルーだ。
「オービー、この前頼んだことはどう?」
『オラ!オラオララ!(うん!だいたいおっけー!)』
メインヴィジョンに航海図が現れ、座標が提示された。
「うん、予想通り。」
『おや。これは、以前引き受けた案件ですか?』
「ああ。今日の依頼はあくまでついでだ。本命はこれだ。準備しろ。」
『かしこまりました。マスター。』




