表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/20

非力な聖女の死

「思ったより頑張りましたわね。でも、もう終わりです。」

 マリーナは、得意そうに傍らの魔王に囁いた。満足そうに魔王も頷いた。

 王都への侵攻は、思いのほか順調にいった。ヘリウム王国側で裏切りがでて、防衛線の一角が崩れ、大半を予想よりも容易に陥落させることができたからである。アムルダム共和国による賄賂工作のおかげである。また、聖女マリーナにより、砦の結界や聖魔法が弱体化され、攻めやすかったからでもある。それでも、半ばの砦、陣地は、陥落した砦から脱出した将兵が合流して抵抗を続けていたが、周囲を一部部隊を残して、包囲したままにした。ヘリウム王国が崩壊すれば自然に落ちるしかないのだし、その前に食糧が尽きて、降伏することになる、ことも期待していた。本当は一気に、陥落させたかったが、意外に多く装備されていた銃砲で、これでもかと銃砲弾を撃ちまくられて、攻めあぐんだためだった。

「銃砲も銃砲弾も、私の母国から多く輸入していたはず…。それがなんで、こんなに撃ちまくれるのでしょうか?」

 マリーナですら、首を捻っていたが。

 ヘリウム王国軍主力は、右翼軍と激突しているが、こちらもアムルダム共和国の工作でベルギ大公が反旗を翻して、ヘリウム軍に襲いかかったため、両面の敵を相手にしたヘリウム王国軍は、防戦一方で動けないどころか、包囲、殲滅される危機に陥っていた。

 左翼軍は、守勢のヘリウム王国軍の防衛線の突破ができないでいたが、こちらのヘリウム王国軍の動きを封じてくれれば、それでよかった。

 明日にでも王都を陥落させられる、既に王宮付近まで制圧しかけている、と魔王も彼の重臣達も考えていた。王都内に侵攻した魔王軍は、至る所に据え付けられた銃砲の射撃や聖槍をもった聖女?を先頭にした奮戦を続けていたし、彼女や他の弱小な聖女達を集めて、至る所に小さな結界を作り、激しい抵抗を続けていた。それでも、魔獣も放ち、大盾をかざした部隊を先頭に槍隊、弓隊、魔道士隊などが続いた魔王軍は、王宮の直ぐ近くまで進出して、激戦をくり返していた。

 王都陥落の勢いで侵攻し、ヘリウム王国軍の後方にまわり、これを殲滅させれば、後は抵抗を諦める部隊が続出するだろう。

 ヘリウム王国を占領して、その後は…と考えを巡らしていた彼らに、左翼軍からの連絡が滞っていること、ヘリウム王国軍主力が意外にしぶとく戦っていることに心配してはいたものの、驚くべき知らせがきた。

 左翼軍が壊滅、ヘリウム軍右翼が本隊の後方に進撃している。ヘリウム王国軍主力の野戦陣地は徐々に前進、ベルギ大公軍、魔王軍右翼軍は損害が多大、押し返せる状態ではないと、いうものだった。それでも、と思った面々に、さらに、ハストール二重王国国境結界の一部を破った魔族・人間軍が侵攻し、防衛線を突破したと伝える使者の言葉が追い打ちをかけた。 

「ここで慌てては…。」

 マリーナの声は、魔王にも、誰にも届かなかった。魔王軍は、撤収を開始してしまっていた、彼女が気がついた時には。


「あの馬鹿勇者。ようやく…いつも愚図なんだから…。あ!」

 魔王軍が、完全に王都から、王都周辺から撤収するのを確認して、張り詰めていたものがなくなり、座り込みそうになった時、突然思い出したのだ、この国の聖女のことを。

「あのちっちゃい、ひ弱な、それでいて健気な聖女ちゃんは大丈夫かしら?」

 ふらつく足を、心の中で叱咤しながら、駆け出した。


 その彼女が見たものは、ベッドの上で苦しそうに体を震わせている、小さな聖女の姿だった。周囲の女達は、ただただ彼女を見守るばかりだった。回復薬、魔力増強薬、回復魔法のあまりにもの多用で、効き目がないどころか、体が既に限界以上の状態になっているのが直ぐに分かった。もはや、治癒魔法もどんな薬も受け付けなくなっているのが分かった。彼女の運命に明日という字は、もはやないように思われた。

「ま、魔王軍は…?」

 意識があるのか分からなかったが、彼女の口から出た。

「もう、王都から見えなくなりましたわ。」

 大げさに言った。彼女への、せめても情けだと思った。

「ネ、ネロ様、…陛下、私は、やりましたわ。」

 うわごとのように呟く小さな聖女だった。


 ヘリウム王国軍は、最初から勇者を先頭にした右翼軍に全てを賭けていた。中央は堅固な各砦を中心とする防衛線で、左翼軍、ヘリウム王国軍主力は、堅固な野戦陣地を構築した防衛線で魔王軍を足止めをして、右翼軍か魔王軍を押し返すことを考えていた。ただ、王都を守る防衛線の崩壊は予想外であり、王都そのものの攻防戦も、予想より結界の崩壊も早かった。それはマリーナの聖女としての力の強さを、知ってはいたが、流石にそこまでとは思いつかなかったためである。


 一方、魔王軍が、左右軍のことを把握できなかったのにも理由があった。

 どちらも苦戦、敗色の失態を報告するのを躊躇しがちであったことがひとつ。右翼軍とベルギ軍は、とにかく激しく攻めたてていたので、自分の側が不利になっていくことが、理解するまで時間がかかったことが二つ目。左翼軍は、勇者が魔王軍の連絡網まで殲滅させたことで、報告の使者が魔王軍本隊までいけなかったのだ。それが最後の最後に到着したのは、

「この段階で分かった方が、動揺、混乱が大きいだろうから。」

という勇者の判断から、見逃してもらえたからだった。


「この馬鹿勇者!もっと早く…そうすれば、もっと早く魔王軍が撤退して…小っちゃい聖女様が…。この馬鹿野郎!」

「そ…何だよ、私に王都は委せなさい、なんて大見得きったのは誰だ?お前はいつもそうだ!この役立たずの腹黒聖女!」


「私は勝ちましたわ…。」

 小柄な、ひ弱な聖女が、呟いて息を引き取ってから、数日後だった、ヘリウム王国国王ネロが、王都に凱旋したのは。

 彼は、号泣して彼女の亡骸を抱きしめ、ひたすら謝罪の言葉を繰り返すしかなかった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ