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『主人公』の愛の告白(7)

「多くの女性が、ロシェスに選ばれたいと思う。あなたが選んだ相手なら、きっと幸せになれるから」


 出会った当初から思っていた。この異世界の主人公は追放された聖女と見せかけて、その実、聖女と出会ったロシェスの方なんじゃないかと。彼が奴隷の身から高名な薬師になる、立身出世がメインストーリーなのじゃないかと。


「私が選ぶ? 私が選ぶ方なのですか?」

「そうだよ。ロシェスならよりどりみどりなはずだから」

「にわかには信じがたい話ですね」


 苦笑いしているあたり、彼は私の言葉を完全に慰めと受け取っているようで。

 けれど言わせてもらうならば、先程から搦められたままのロシェスの指にドキドキしっぱなしなのですが。今されてるこれだけで、(ろう)(らく)されそうな勢いなのですが⁉


「信じがたい話ですが……それでもナツハ様が言うように本当に私が選べる立場なのなら――確かに私は、その相手の幸せを何より願う恋人になれる自信があります」


 そうでしょうとも!

 うん、さすがは主人公。その台詞、その微笑み、これはヒロインもイチコロだろう。私が保証する。


「うんうん、自信を持って選ぶ立場になって」


 うっかり恋心を自覚したが為に、若干胸がチクりとはするけれど。ここで余計なことを口にして、ようやくロシェスが思い描けただろう自身の明るい未来を台無しにしたくはない。

 私は最後の一押しのつもりで彼の肩を軽く叩き、手を離した。

 が、その手を空中で捕らえられる。


「ふぁっ」


 捕らわれた手の行く先を無意識に目で追った私は、その手の甲にロシェスの唇が触れる決定的瞬間をバッチリ見てしまった。


「そうまで言うからには、言った本人であるナツハ様は断りませんよね? ナツハ様、私の恋人になって下さい」

「んんんっ?」


 衝撃に呆けそうになった私の意識をその場に留めたのは、もっと衝撃的な彼の台詞だった。


「愛しています、ナツハ様。私が告白したなら、選んだなら、あなたは私の恋人に……なるんですよね?」


 甘い痺れが残る手が、ロシェスに彼の首の後ろへと誘導される。

 空いた彼の手が、私の頬を上向きに固定する。

 彼の告白が一貫して悠然たる態度であれば、私は夢でも見ているのかしらと今の状況を疑っただろう。

 けれど私を見下ろす瞳は不安げに揺れていて。頬に触れた彼の手は震えていて。

 そのことが私を衝撃から立ち直らせた。


「ロシェス……」


 ロシェスは勇気を持って、『選んだ』。

 彼の愛の告白を受けた驚きよりも、そのことを褒めてあげたい気持ちが(まさ)った。


「勿論よ」


 言ってから、遅れて自分の想いが付いてくる。

 ロシェスの首の後ろに回していた手で、グッと彼の顔を引き寄せる。そのまま頬に口づける。

 そんな行動に出てしまったのは選ばれた喜びというより、ずっと()き止めていたものが解き放たれた反動といった方が近かった。

 彼を好きでいいのだと、許された解放感から大胆になれた。

 ロシェスの顔が見える位置まで離れ、彼の表情をそっと(うかが)う。

 彼の丸くなったピンクダイヤモンドの瞳が、(とろ)けるように細められたのが見えた。

 でも、それも一瞬で。

 今ほど私がロシェスにしたよりも勢いよく、今度は彼の唇が私のそれに降ってきた。


「んっ」

「私の、ナツハ様……」


 最初こそ重ねるだけだったものが、すぐに噛み付くようなものに変わる。

 徐々に緩やかなものに移るも合間に「愛しています」を繰り返され、熱が収まるどころか上がる一方で。

 力が抜けて身体が崩れ落ちそうだと思った瞬間、私の指にあった方のロシェスの手が私の腰を支えた。


「ロシェス……」


 名を呼び返すのが精一杯という間隔で続けられるキスに、せめて心の中だけでも「愛してる」と彼に応える。

 傍観者から見たならきっと、主人公に相応しい映画のように美しい一幕だった。


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