二十時からの自由時間(1)
ナツハ様から与えられた、二十時からの自由時間。私はリジラの街の東門まで来ていた。ここへ来ることは、最近の日課となっている。
二十時からの格好もまた自由という屁理屈をつけて、この時間でも私は薬師のローブを纏っていた。
「ああ、ロシェスさん」
顔見知りになった門番の男性の声掛けに、私は片手をあげて応えた。
東門を通る冒険者が採取した素材の中で、品質がギルドの買い取りの条件を満たさないものをここで格安で買い取ってもらっている。そしてそれと交換で、ナツハ様の聖力が入っていない普通の初級HP回復ポーションを渡していた。
初級HP回復ポーションを通常販売価格で買うより若干安く、しかも売り手が治療のエキスパートであるエルフということで、お互い気持ちの良い取引となっている。
「最近、アロンゾ皇国から来る冒険者が増えているようですね。二百年ぶりに聖女が召喚されたという噂と関係があるのでしょうか」
合計六本のポーション瓶を渡しながら、私は門番に話を振った。単純に、五日前より渡す数が増えてきたから聞いた……という体で。
東門はアロンゾ皇国との国境がある道へと繋がっている。門番は私の問いを不審に思った素振りも見せず、「ああ」とごく自然に頷いた。
「どうもその聖女の能力についての情報を調べているらしい。聖女といえど、すぐさまパッとその能力を使えるわけじゃないようだ」
「それで情報収集のために、エムリア国まで人を寄越しているわけですか」
ナツハ様が初日から能力を使いこなしているあたり、現在聖女とされている女性はやはり聖女ではなかったのだろう。
聖女の能力について調べているというのは建前で、本物の聖女であるナツハ様を捜している可能性は高い。
「アロンゾ皇国は大変ですね、エルフがいないんですから」
「エルフというよりは、人間にも親切なロシェスさんがいないからだな。アロンゾ皇国にエルフがいなくなった理由は、どっちも高慢ちきで相容れないからだって話だぜ」
「私も愛する人が人間でなければ、人間に興味はなかったかもしれません」
「はははっ、だったらナツハさんにも頭が上がらねぇな」
「アロンゾ皇国の聖女も、喚ばれたのが彼の国で幸運だったのでは。私がいるエムリア国では、聖女は必要ありませんから。アロンゾ皇国に嫌気が差して逃げ出しても、特別になれないエムリア国に留まろうとは思わないでしょうね」
「だろうな。俺が聖女でも、ロシェスさんと商売敵になるのは勘弁だ」
そうだ、この国に聖女はいない。門番の認識をそうなるのが自然だと誘導しておく。
東門の門番は、交代で国境の砦の警備にも当たっている。上手くいけば、砦でその話を聞いて引き返す者も出てくれるかもしれない。
「次は二日後に国境警備と交代ですよね。お疲れさまです」
その後、一言二言雑談を交わして。それから私は、次の目的地へと向かった。
すっかり覚えた道を最短距離で進みながら、数日前に偶然見つけてしまったナツハ様の『計画書』を思い返す。
工房に紙とペンが置かれているから、そこで書いて書棚にしまっていたのだろう。しかしその日、紐で綴じてあった紙の束は作業机の上に残されていた。女性客は相談相手にナツハ様を指名することが多いため、そのときも急な来客で彼女は席を離れたのだ。
紙にはチェックリストが並んでおり、ナツハ様はおそらく【一日の販売数が50個以上】の項目にチェックを入れるため取り出していた。だから私は、純粋に自分の努力で貢献できそうな項目はないかと『計画書』に目を通した。
ところがその『計画書』は、少し……いや、かなり変わっていた。




