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評判の薬(6)

「ナツハ様、いいですか?」


 ロシェスに両肩を掴まれた私は、彼が自分とは違う目的でそうしてきたことに瞬時に気づいた。

 あ、これ説教される奴。


「夜の相手をさせるつもりもない奴隷に、情事を匂わせるような提案をしてはなりません。元よりそういう目的で奴隷を購入する主人がいるため、奴隷が主人と肉体関係になることは、主人を害する行為に当たりません。つまりそれは私がナツハ様を誘惑し、あなたがうっかりその気になってしまったら、私はあなたに手を出せてしまうということです」


 私以上に一息に言ったね、ロシェス。

 思わず口を半開きのまま、真剣な眼差しのピンクダイヤモンドに()()られる。今日もその美しい輝きに目が(くら)みそう。オレンジカルサイトの髪だって、いつだって手を伸ばしそうになっている私がいる。

 身体つきだって服の上からでも魅惑のボディなのがわかってしまうし、服に隠れていない指先を気づけばうっとり見つめていた危ない私も知っている。

 しかもロシェスは声も良い。つまり目を閉じてさえ、その魅力から逃れられないということ。

 だからもしロシェスが誘惑してきたならとか、そんなのもう――


「そんなの、うっかりその気になる未来しか見えない」

「は?」

「あ」


 やばい。本音が口から()れ出てた。

 しかも絶対ロシェスに聞こえてた。目の前で硬直しているし!


「えっ、あ、大丈夫! 今後、発言には気を付ける。気を付けますっ」


 説教されているのに失言するとかいうお約束をやらかす人間が実在しようとは。しかもそれが自分だとは。

 しかし、心配してくれるのはありがたいが、私はこの先ロシェス以外の奴隷を買う気なんてない。よって、(たち)の悪い奴隷に(だま)されて(ただ)れた関係になるとかいう、彼が懸念しているような事態に(おちい)ることもない。


「そ、それでどうかな、使ってみる?」


 何はともあれ、この話題を切り上げたい。私はロシェスから次の説教が来る前に、先手必勝と最初の質問に戻した。


「ほら、もし治るものなら、ロシェスがいつか好きな人ができたときにしたくなるかもしれないし」


 ついでに、彼にとって利益になりそうな一言も付け加えてみた。

 それが効いたのか、私の肩に置かれたロシェスの手がピクリと動く。

 これは興味が湧いた……のかな?

 (ほの)かな期待を胸に、私はロシェスの顔色を(うかが)った。


「ナツハ様は……」

「うん?」


 彼がまた俯いてしまったため、その表情は見えない。

 ただ、何かを言いかけては止めるというのを繰り返しているのはわかった。

 言いかけているらしい言葉が声になるのを待って、そのうちにロシェスの手が私から離れて行く。


「……いえ、何でもありません。ただ、そんな未来を想像できなかっただけです。それから私に、薬は必要ありません」


 結局、待っていた言葉の先を聞くことはできず(じま)いで、彼は私に背を向けた。

 興味が湧いた反応じゃなくて、呆れられた方だったか……。

 ロシェスを購入したときの、「あっちの方が役に立たない」という情報。そう言われたからには、当然確かめた人がいたんだろう。おそらく何人も。

 そういう風に迫られたことがあるなら、できないままでいいと思っていてもおかしくはない。

 商品棚にポーションの補充を始めたロシェスの背中に、目を遣る。


「そっか、わかった。でも、もし必要になったらいつでも言ってね」


 思い至ったロシェスが辞退した理由には気づかなかったふりで、私は気楽な感じで彼に声を掛けた。

 振り返ったロシェスは少し困ったような微笑みを浮かべて。「はい」と短く返事をした。


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