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親友との再会(4)

 空になった両手を腰に当てたテダが、興味津々といった目で私を見てくる。


「この街に来てようやくお前の足取りが掴めたと思えば薬師と聞いて、同名なだけの別人だったかとガッカリしていたところだ。まさか本人とはな」


 テダが「昔から調合がめっちゃ上手いと思ってた」、「うちの父さんもベタ褒めで、俺より余程熱心に教えていた」と続けざまに話す。そんな懐かしくも聞き慣れた彼の明るい声を聞きながらも、私の意識はテダの奴隷印から離れることができなかった。

 私の態度があからさまだったのだろう、テダは仕方ない奴だなといった苦笑いを浮かべた。


「やっぱり気になるか? 里でネチネチ言われるよりマシだと思ってるってのは本当だ。でもまあ、それでも自由になりたいってのも同じくらい本当か。ああ、里に帰りたいわけじゃなく、ここで自由に暮らしたいって意味な」


 テダがトントンと自身の奴隷印を指先で叩く。

 それから彼は、「そういえば」とハッとした表情で私に向き直った。


「お前の才能にもびっくりだけど、自由に一人で出歩いているってことは、もう奴隷じゃないんだよな⁉」

「え?」


 突然、食い気味に聞いてきたテダの勢いに気圧され、思わず一歩(あと)退(ずさ)る。

 そんな私の一歩を、彼は間髪を容れずに詰めてきた。


「どうやって身分を買うだけの金を貯めたんだ⁉」


 テダの態度を幾分落ち着いて見られるようになったところで、今度は私の方が彼の台詞にハッとなる番だった。

 金を払えば奴隷の身分を返上できる――そのあってないような規則を今思い出した。

 奴隷は働いたところで金をもらえない。だから奴隷が平民の身分を買う場合、どうしても第三者の支援者が要る。奴隷を買った主人は、奴隷の解放など望まないから。

 この規則は奴隷に希望を見せるだけのもの。学のない奴隷でさえそのことは理解していて、しかしそれでもその希望を捨てきれない者が多くいる。

 かくいう私もそうだった。以前はどうその金を工面するか、真剣に考えていたはずだった。

 けれどあの日、ナツハ様から大金を受け取ったとき、そのことが完全に頭から抜け落ちていた。そして思い出した今も、もうそこに希望を見出していない私がいた。


「いえ、身分で言えば奴隷のままです」


 私は指で首元の布地を引き下げ、テダに奴隷印を見せた。

 テダのものとは違う印の形に、「高級奴隷なのか」と彼が呟く。


「ただ、金と言うなら今の主人は毎月給料を下さるというので、それは可能ですね。主人の意向により、二十時から翌日の八時まで自由にしていいとも言われています。それで実際、こうして外出できているわけです」

「なんだそれ。信じられねぇ」

「正直、私も同じ気持ちですね。未だに戸惑っています」


 今日の外出にしたって、先程のような不測の事態が起こりでもしない限り、許可されたところで実行しようとは思わなかっただろう。

 ナツハ様のことを信用できる方と思いつつも、この待遇はあまりに常識から懸け離れている。だからどうしても奴隷の身分返上の規則同様、見せかけの希望ではないかという気持ちが捨てきれなかった。鵜呑みにしては、手痛い制裁を受けることになるのではないかと。

 だから今こうしていることが不思議でならない。

 実際に外出したことで私の不安が()(ゆう)だと、確固とした結論を出してしまっている自身の心境の変化も含めて。


「ロシェス。それが本当なら折り入ってお願いがある」


 つい(ない)(かん)に気が向いてしまったところを、テダの声で私は彼の方へと意識を戻された。

 「折り入って」という言葉通り、彼は真剣な面持ちで私を見ていた。


「毎月給料から幾らか残して、俺が平民の身分を買うための金として貸してくれないか? その分、お前が解放される日が遅れてしまうのはわかっているけどさ」


 ――私が解放される日?

 テダが(しん)()に私を説得しにかかっているというのに、私はその一言の意味を(とら)えかねて直ぐさま彼のお願いの内容を呑み込めずにいた。「でも、こんなチャンスきっともうない」と続けるテダの台詞が、右から左へと抜けて行く。

 解放されるとは……私がナツハ様の側を離れる?


「……っ」


 つまりの先に思い至った瞬間、私の全身にざわりとした悪寒が走った。

 そして気付けば私は、ナツハ様からいただいた手付かずの2万ダルが入った巾着を、そのままテダに渡していた。


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