其ノ壱
私が勤勉である事を同僚たちは全員知っていた。
別にそれを自慢に思う訳でも仕事に大した誇りを持っている訳でも無いが、何れにせよ私はただ自分の職務を全うしているだけなのだ。
老若男女、労働者達は木製の小舟に乗ってここまでやってくる。彼等は大抵、初めに「何故ここにいるのか?」と疑問を持つことが多い。
正直、船頭から説明をすれば事足りるのだが、彼等には発話に適した口が付いていないのだ。
面倒ではある。
しかし、自分が労働者達に説明しなければならない。
「私はここの管理をしている主任の”蔡川”だ」
「君達にはこれからこれを作ってもらう」
何年もこの仕事をしてようやくこのフリップに目的物の図を描くという、単純だが至極適当な方法を思いついた。
これなら言語に囚われず、簡潔な説明で済むだろう。
立体的に実物を観たいのなら未完成ではあるものの、その辺にカタチとして成しているモノはいくらでもある。
「此岸町の事業所で身体検査等を行ってるから居ないとは思うが、ここには一応下限年齢制限がある。各人申告漏れのないように留意してくれ」
勿論製品には一定以上の品質を保証しなければならない。
面倒だが、全員始めた当初は初心者。だから徹底した管理と細かい教育もしっかりと行わなければならないのだ。
「まぁ君たちと同じようにここへ来て、日が永いベテランも多い。何か疑問があるならその者らにも話を聞くといい」
サイカワがひと通り説明し終えると皆それぞれ予め分けられたグループの場所へ行った。
各グループにはその作業の長が存在する。大抵の場合それは最年長者が務めているのだ。
そんな中Nグループの長、”星”は新しく入ってきた作業員達に一日の流れを説明した。
「やぁ、君たちが新しく来た人達か。私たち先輩も今でこそ単調かつ困難な生活に慣れたが、初めは君たちと同じく迷っていたんだよ」
「えっと、私たちはこれからどうなるんです?」
たまらず新参者の新田が口を挟んだ。
「あれ?ボスのサイカワさんの説明は受けたんだろ?その通りさ。俺たちはその辺にあるモノを使って製品を造る。ただそれだけだよ」
すると他の新参者もまた口を開く。
「1個完成したらどうなるの?」
「そうさねぇ、正直初めから上手くは行かない」
「1日で半分も出来たら1人前だろうな」
「えっ、そんなに難しそうには見えないけれど…」
「出来の悪いモノはサイカワさんの指導で、全部イチからやり直しさせられるのさ。要は品質の問題でね」
「まぁ、そんなに不安になることは無いよ。何分、初めてだから難しい事もあるもんさ」
Nグループの新参者たちは少しざわつき始めるが、それはベテランの職人からすればいつも通りだった。
「それで...1日の流れなんだが、毎日午前6時頃から24時間作って24時間休憩する。ホラ、簡単だろう?」
一応中央の広場には時計も設置されている。
12時間毎に鐘がなる仕組みだ。
「さて、そろそろ始業の時間だ。最後に質問はあるかい?」
スっと手を挙げたのはまたもや新参者のシンデン。
彼は少しばかり鼻っ柱が強いらしい。
「これを造る意味って何?」
「これは1つ完成させることで、世界中の子供たちの安全が1回保証される装置だ。つまり事故や事件に遭遇した時、死亡リスクを低減させるマシン…といったところかね」
チーフのホシはツラツラと語ったがこれは今まで何度も説明してきたものだった。決してウンザリしている訳では無いが、こう何度も同じことを繰り返すのは人間である以上ただの苦痛でしかないのだ。
「えっと、以上かな?それじゃあ制作を始めよう」
始業のサイレンと共に各人はバラバラに持ち場へ着いた。
「よし!上手く出来ただろう」
シンデンは満足気に完成品の自主チェックをしていた。
「よォ新入り!出来たのか、ちょっと見せてみろ」
声を掛けたのは中堅の東で、彼はマジマジと完成品を見詰めた。
「出来栄えは確かに悪くない。だがこれは作り直しだな」
「どうして?」
シンデンは全く納得いってないという顔をしている。
「気持ちがこもってねぇのさ、コレにはな」
「おっとお前さん、主任呼び出し押しちまったのか...」
完成したモノは1度主任のサイカワに見せるのが規則となっている。シンデンはあくまで規則に則ったまでといった風だった。
ドスっ...ドスっ
特徴的な重い足音が辺りに響く...
「完成したのか。どれ、私に見せてみろ」
ゴクリ...
思わず固唾を飲んで2人はやってきた大男の様子を見守った。
「フム、確かに出来は悪くない。しかし、やはり気持ちがこもっていない」
「あの、さっきヒガシさんにも言われたんですけど、イマイチぴんと来なくて・・・」
「つまり、こういう事だよ」
ドカッ!!
サイカワはその大きな右足で眼前にそびえ立つ、新人が5時間ほどかけて作りあげられた大作を蹴飛ばした。
「あっ!?何をするんだ!!!」
バラバラに砕け散った作品に駆け寄るシンデン。
自身が掛けた時間は、理不尽の前に一瞬で水泡に帰したと思うと哀しくなってきた。
「そう、その感情だ」
「えっ?」
「君は今、私の行為に対して憤慨し憎悪を抱いたのではないかね?そして余った悲しみや哀れみを君の作品に捧げたんだ。製品に足りなかったのは”それ”だよ」
「・・・は?」
シンデンは改めて向き直る。
「あの、お言葉ですが...品質担保とその気持ちとやらは何の関係があるんですか?いやそもそも、私がコイツに気持ちを込めて作ったとして製品の機能自体は向上しないでしょう」
主任のサイカワがこういった押し問答をしたのは初めてではない。常人ならとうに辟易するほど経験してきた。
「いや、シンデン君。常識で考えればそうかもしれないが、要は通過儀礼だよ。実を言うと君たちが造っている製品は、作成者一人一人の”精神”が宿っていないと機能しないように設計されているんだ」
シンデンは驚いた顔をしていたが、同時に納得もしている風だった。
「はぁ、なるほど。だから貴方は私に...」
「私へ向けた怒りや憎しみの感情を握り締めながら君が初めて創り上げたその作品には、悲しみや哀れみを与える様に仕向けた。しかし、君はその構造をよく理解しているみたいだね。素晴らしい限りだよ。さて、次に期待しよう...以上」
サイカワは背を向けて大きな足音を立てて帰っていった。
シンデンが何処か納得した様子で再び作品に向き直ると、中堅のヒガシは満足気に大きく2回頷いた。
「不定期更新」