おかんからの電話で、おかんがオレオレ詐欺の被害に遭ったことを知る
日曜日の午後八時。
月曜日がにやにやしながら近づいてくるのを感じながらソファーで缶ビールを飲んでいると、テーブルの上に置いていたスマートフォンがけたたましい着信音を部屋に鳴り響かせた。ディスプレイに映し出された文字は三文字、ひらがなで「おかん」。
もうここ数年実家に顔を出していないし、電話もしていない。10コールほど無視してみたが鳴り続けるスマートフォンから、月曜日からの仕事よりも面倒そうな予感がこれでもかと滲み出ている。
「つよし! あんたもう何やってんの!」
「は? 何いきなり。缶ビール飲んでたとこやけど」
「まったくあんたって子は! お酒で騒ぎを起こしておいて、もうお酒を飲んでいるの? 信じられない!」
「騒ぎ? おかん、ほんま何の話してんの?」
「何をしらばっくれてんのよ。裏は取ってあるんだから。こんなの天国のお父さんが聞いたら悲しむわよ」
「いや、親父死んでへんやん」
「何を言ってるの? 先月お葬式をしたわよ」
「先月? え?」
「え? 言ってなかったかしら?」
「親父死んだん? 嘘やろ、聞いてへん……」
「冗談よ、冗談! もう、そんなわけないじゃないの。親父ギャグよ」
「そんなたちの悪い冗談あるか! 親父ギャグの意味が違うわ!」
「お父さんは今日も元気よ、今もリビングでうさぎ跳びをしているわ」
「昭和の野球部かよ! うさぎ跳びなんて家の中ですること違うやろ」
おれは還暦を過ぎた父がリビングでうさぎ跳びをしている姿を想像し、なんとも言えない気持ちになった。なんでうさぎ跳びなんだよ。シュール過ぎるだろ。
「そんなことよりつよし、あんたお酒を飲むのはいいけど、人様に迷惑をかけたらいけないって前から言ってたでしょ」
「いや、だからなんの話なんそれ?」
「今朝、工藤くんがわざわざ電話をかけてくれたのよ」
「誰やねん工藤て」
「何言ってんのよ。あんたの高校時代の友達でしょう? 東京の子で、あんたよく電話してたじゃない。お母さんあんたが電話でよく『せやけど工藤』って言ってたの覚えてるんだから」
「おれそんなフレーズ言ったことないわ! それ言ってんのは探偵漫画に出てくる関西の色黒高校生探偵や」
「そうだったかしら? せやけどつよし、工藤くんが電話をかけてくれたのは本当よ。あんたが昨日焼き鳥屋でトラブル起こしたって」
「焼き鳥屋?」
「烏貴族で」
「何のぱちもんやねん! 字面は似てるけどイメージ激変するから! カラスも鳥やけど、カラスの焼き鳥は衛生面で食べるの怖すぎるやろ」
「そんなの知らないわよ。工藤くんが言ってたんだから。そこであんたがアラブの石炭王にワインぶっかけたって」
「なんで石炭なん? そこはもう石油王でええやん。しかも、なんで焼き鳥屋でワインやねん! あと、そもそもなんでそんな金持ちがチェーンの居酒屋におんねん!」
「王も庶民の暮らしが気になったんじゃないの?」
「そんなもん飲食代よりも護衛の方が金かかるわ」
「護衛費用なんて石炭王からすれば払うの余裕なんでしょ。そんなことより、あんたが石炭王からスーツとシャツの代金を弁償しろって言われてるって、工藤くんから聞いたわよ」
「石炭王てスーツなんかい! 白くてゆったりしたアラブ系ファッションかと思ったわ」
「服装は石炭王の自由じゃないの。あんたが文句を言う権利はないわよ」
ズバッと正論を言い切る母に、おれは「そうやな」としか返す言葉がなかった。
「そんなことよりつよし、あんた、焼き鳥屋のトイレから席に戻る時に転けて、店員が持ってたワインを石炭王にかけてしまったって聞いたわ」
「だから焼き鳥屋でワイン頼むとか珍し過ぎるって」
「それで白シャツにもワインの大きな染みが付いちゃったって」
「そらワインやと染みができるわな」
「白ワインの」
「白なんかい! 染みって聞いたら赤かと思うやん! さっきから微妙に外してくるのなんなん?」
「外してくるって言われても工藤くんが言ってた内容よ? それであんたが弁償で二万円請求されてるから助けてもらえないかって」
「二万円!? 石炭王にしてはスーツもシャツも安過ぎるやろ! 量販店の安物やんけ」
「つよし、最近は見切り品や季節の変わり目のセール、下取りキャンペーンを利用すればもっと安く買えるわよ。あと品質もそこそこ良いわよ」
「おかんが量販店のいい所アピールせんでええねん! てか、工藤が詐欺師なのは最初からわかってたけど、請求額二万円かよ! 二万円ぐらい自分で払えるわ!」
「よかった、もしかしたら二万円を払う財力もないのかと心配したのよ」
「おかん、息子に向かってえらい失礼なこと言うんやな。おれやってちゃんと働いてるんやで?」
「そんなことわかってるわよ。でも払っといたから」
「払っといた?」
「工藤くんが言った口座にお金を」
「なんでやねん! こんなもん絶対に詐欺やん!」
「そうね、オレオレ詐欺みたいなもんよね」
「わかってるんかい! ならなんで払ってんねん」
「いいのよ、お礼だから」
「なんのやねん! 詐欺師にお礼する意味がわからんわ」
「何って、こうやってつよしに電話をかけるきっかけができたじゃない」
「え、いや電話なんて気が向いた時にかけてくれたら……」
「色を付けて約四万円払ったのよ」
「なんで色付けとんねん! おかん、いくら払ったん?」
「37,564円ぴったりよ」
「ミナゴロ……って怖っ! おかん怖すぎるやろ」
「564,219円でもいいかなって思ったけれど払い過ぎかと思って安い方にしたのよ」
「そんなもん払い過ぎやしその額も怖いわ!」
「まあ、詐欺師が数字の意味を察して、足をガクブルさせてりゃいいんだけどね。次また懲りずに電話かけてきたらどうしてやろうかしら」
「発言が最早殺し屋じゃねえか!」
「工藤くんには悪いけれど退場してもらうしかないわね」
「なんで今度はデスゲームの司会者みたいなこと言ってんねん! 普通に警察に相談しろよ」
「しないわよ、そんなこと。警察に言ったって私がすっきりしないじゃない。生まれたことを後悔させながら始末して……まあ、そんなことより、つよし、あんた元気なの? そろそろ顔ぐらい見せなさいよ。でないと工藤よりも先に処すわよ」
「処すとか息子に言うな! 怖いねんおかん。次の休みに顔出すから絶対に変なことするなよ」
「あら、そう? 本当? じゃあ待ってるわね」
そう言うとおかんは「お父さん! つよしがねー」と言いながら電話を切った。
正月もお盆も、実家には顔を出さなかった。それどころか、もう何年顔を見ていないかもよくわからない。声を聞いたのもかなり久しぶりだ。
くだらない詐欺電話を息子への電話のきっかけにするおかんはどうかしていると思うが、そもそもの原因はおれにある。今は日曜日で、月曜日がくるまでまだ約四時間もある。さっきまで憂鬱だった月曜日が、今は早く来て欲しいと思った。
いや、正確には月曜日じゃないな。週末が早くきて欲しいと、いつもの日曜日の夜よりも強く思う自分がいた。