表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

人生には何の役にも立たない知識・思考をつらつらと書くエッセイ集

扉を開く魔法の話

作者: 大狼 太郎

 あなたが好きな魔法は何ですか?

 と問われて、皆さんはどんな魔法を答えるだろう。


 なろうで魔法と言われれば、多くの人がイメージするのは攻撃魔法だろうか。


 炎を呼ぶ魔法、風を起こす魔法、凍り付かせる魔法、石を打ち付ける魔法。

 いわゆる、地火風水の4元素の魔法、モンスターを倒す魔法。

 ドラ〇エでもFFでも良く見る魔法だ。


 光や闇の魔法というのもよくあるやつだ。

 光の力で体を回復させる魔法や、闇の力で死者を操る魔法なんてのは定番だ。


 また、なろう小説の世界で最も活躍しているのは、実は収納魔法かもしれない。

 いろんな物を異空間に入れて、重量制限を気にせず持ち歩く魔法。

 なろうハイファンタジ―のジャンルでは定番魔法になっているように思う。


 ちょっと変わった所では、姿かたちを変える魔法なんてのもある。

 おとぎ話にも出てくる、魔女が王子や姫をカエルに変えてしまう魔法だ。

 なろう小説では、自分の姿を思い通りに変える魔法の方が一般的か。


 おっと、移動魔法を忘れてはいけない。

 瞬時に遠くに移動する魔法は、みんなのあこがれだ。


 青い耳無し猫の漫画の、どこへでもいけるドアが一番人気なのも納得である。


 まあ実のところ、この人気には

 「学校や仕事場に0秒で行きたい、そしてギリギリまで寝ていたい」

 というような、ちょっと世知辛い理由がありそうだけども。


 通信魔法なんてのもある。

 遠くの人間と話すだけだが、携帯電話の利便性を考えれば、これが便利なのは疑いようが無いだろう。


 最近のファンタジーではこの通信魔法が凄く幅を利かしているように思う。

 人類がスマホと切っても切れない生活を手に入れたからかもしれない。

 遠距離通話の存在は、生活だけでなく軍事や政治まで変えてしまう。

 とても便利な魔法である。


 ところが、そんな派手な魔法や、便利な魔法を差し置いて。

 私が好きなのは“扉を開く魔法”である。



 ―――― 魔法使いが重厚な扉の前で詠唱を始める。

 手がぼんやりと光り、続いてかちゃりと鍵の開く音。

 押しても引いてもびくともしなかった扉が、ゆっくりと開いていく。

 まるで我々を招き入れるように……


 そんな魔法のシーンを想像するにつけ、わくわくする。



 ―――― 勇者が伝説の水晶を窪んだ穴にはめ込む。

 はめ込まれた水晶が、七色に輝きだす。

 勇者たちが立つ大地は震え、壁は生き物のように動き出した。

 封印された扉が開き、いにしえの存在が動き出す。


 固く閉じられていた封印の扉を開く瞬間。

 あのドキドキ感は何物にも代えがたい。


 

 という訳で

 私の好きな魔法は“扉を開く魔法”である。



 一番有名な扉を開く魔法といえば、やはり“開けゴマ”だろう。

 アラビアンナイト、アラジンの世界の有名な呪文だ。


 アラジンはこの呪文のおかげで巨万の富を手に入れる。

 その後のすったもんだが、物語の核になるようだけど。

 扉を開く魔法は、その始まりなのだ。


 日本では、太陽の神様・天照大神あまてらすおおみかみが隠れた岩戸を

 アメノウズメが踊って扉を開けさせた、という話がある。


 アメノウズメが踊った儀式が、扉を開く魔法だったのだろう。

 と勝手に解釈してしまっているが、扉を開くという行為にちょっと萌える。

 アメノウズメの踊りに萌えているのではない。そこは勘違いしないで欲しい。


 有名ゲーム、ドラ〇エのⅡにも、扉を開く魔法がある。

 通常なら金やら銀やらのカギを使って扉を開く、その代わりになる魔法。

 ストーリーををショートカットしたり、宝箱を取れるようになったりする。


 しかも鍵を持ってると荷物枠を圧迫するが、呪文を使うとそれが無い。

 とても便利な魔法である。地味だけど良い感じだ。


 そんなこんな、色んな“扉を開く魔法”が好きなのである。

 


 私が一番最初に扉を開く魔法を認識したのは、学生時代に手に入れたダンジョンズ&ドラゴンズ(以下、D&D)である。D&DとはテーブルトークRPGの、いやすべてのRPGというジャンルの草分け的存在だ。赤い表紙のルールブックは、当時“赤本”と呼ばれていた。


 廃墟を探索し、巣をつくるゴブリンを倒し、財宝を手に入れる。

 今では使い古されたそんな設定も、その頃は新鮮な冒険だった頃の話だ。


 さて、D&Dでは魔法使いの職ももちろんある。心躍る瞬間である。

 ところが何とも面倒な事に、D&Dの魔法使いは本当に数えるほどの魔法しか使えない。


 例えばLV1の魔法使いは、1日に1回だけ魔法が使える。

 1種類ではない。一日中にたった1回だけである。とんでもない制約である。


 魔法を使い果たしたら、力もなくHPも少なく防具も弱い魔法使いは戦士の後方で震えているしかない。だからこそ、パーティメンバーに馬鹿にされないためにも、魔法は慎重に選ばなければならないのだ。


 そんなコスパ悪いゲームしなければいいのに、と今の若い人は思うだろう。

 私だって今ならそう考える。どうせならバンバン魔法を使って活躍したい。


 だがその頃はそれしかなかったんだから仕方ない。

 そのころは、それが当たり前だったのだ。

 複葉機の時代に、ステルス戦闘機は飛んでいない。それだけの事だ。


 話を元に戻そう。


 慎重に選べと言われるまでもなく。

 D&Dにおいて殆どの低レベル魔法使いはまず“スリープ”の魔法を選択する。

 その名の通り、敵を眠らせる魔法だ。


 これがあれば、5~6匹のゴブリンの群れも一発で全員眠らせることが出来る。

 レベル1の魔法としては格段に強い(でも何度もいうがLV1だと1日1回しか使えない)魔法である。


 ところが、私はスリープの魔法の隣のページ書いてあった、別の魔法。

 LV2の魔法に興味がそそられた。

 その魔法の名は“ノック”、扉を開く魔法である。

 難しいカギが掛かっていようが、魔法で閉じられていようが、呪文を唱えれば簡単に開けてしまう便利な魔法だ。


 そんな魔法があるのか!

 ワクワクする私。


 そのプレイでは、キャラ作成の際にいくつか魔法を貰える事になっていた。

(D&Dでは取得してない呪文はレベルが上がっても使えないのだ。厳しい!)

 そこで私はGM(ゲームマスター、ゲームを仕切る人)や、一緒に冒険をするメンバーに聞いてみた。


「ねえ、最初にGMから好きな魔法が貰えるんだよね。ノックの魔法はどう?」

「鍵開けは盗賊がいれば必要ないでしょ。まずは戦闘で使えるスリープ取って」

「LV1のマジックミサイルの方が強いよ、防御ならシールドとか」

「LV2魔法で取るならレビテート(空に浮く)の方が、汎用性高いと思う」

「「「ノックは無しで」」」

「……はい、そうですね」


 かくして、私の扉を開く魔法との初めての邂逅は、とても寂しい結果となってしまった。


 しかし仕方ない、自分の趣味でパーティを危険に晒すわけにはいかない。

 役に立つ魔法を取るのは当たり前、必要もない魔法を取るわけにはいかない。

 しかも、せっかく居る盗賊職の活躍の場を奪う事になる。


 という事で、ノックの魔法はお預けとなってしまった。

 戦闘に使う魔法を選んでいたら、そんな魔法を取る余裕はないのだ。


 そして結局、そのD&Dのプレイ中にノックの魔法を取得する機会は無かった。

 私の魔法使いは数回ほど冒険に出たくらいで、お役御免になったのだ。

 遊ぶ面子が入れ替わったのと、他のTRPGを遊ぶようになったことが原因だ。

 制約の多いD&Dは、やはりというかあまり卓が立たなかったのだ。


 というわけで、私は扉を開く魔法が好きでありながら、この魔法が登場した最古のゲームであろう、D&Dをプレイする機会があったというのに、それを使った事が無い。


 とても残念な話であるが、この哀愁も今ではいい思い出だ。

 もし当時自由に使っていたのなら、私のこの「好き」という感情は、もう少し小さかったかもしれないのだから。


 “おあずけ”という行為は、好意を増幅させるにはとても強いツールなのである。



 さて、そんな私もついに、憧れの“扉を開く魔法”を使えるようになった。

 もちろん、ドラ〇エでは無い。ゲームではなく現実の話だ。


 それは、交通ICカードである。


 これは私にとってまさに魔法である。

 切符売り場で一生懸命、券売機を操作している人を横目に。

 このICカードを持っている人間は、ただカードをかざすだけで改札が開く。


 開けゴマの呪文も、妖艶な踊りも、赤い本も何も要らない。


 財布に入る薄いICカードが“扉を開く魔法”のデバイスである。

 ワクワクするじゃないか。


 しかしながら、チャージ型のICカード、あれはいただけない。

 改札を通ろうとカードをかざすと「ピンポン。チャージしてください」

 これでは興ざめである。


 やはり魔法“感”が欲しいなら、せめて自動チャージは付けてないといけない。


 という事で、私の物はちゃんと自動チャージ付きのICカードにしてある。

 電車に乗る事など月に1回あるかないか、という生活をしているにも関わらずである。


 しかもコロナのおかげで去年はずっと利用が無く、カード利用料を取られてしまった。

 なんと年に1回でも電車に乗ってカードを使えば払わなくて済むはずの、1000円を払う羽目になってしまったのだ。


 普通の人ならなんとバカらしい、解約すれば? と言われるところだ。

 だが、これは趣味なのだから仕方ない。

 年に1000円ほどの出費で「魔法」が維持出来るならそれは安いものである。



 という訳で、先日も久々に繁華街に向かった私は、改札にカードをかざす。

 そして扉が開くたびに


 「よし、開いたぞ」

 と感慨に浸りながら、電車に乗るのだ。


 “扉を開く魔法”が使えることを楽しみながら。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 「開け!」と心の中で響かせながら、駅の改札を通過すると雰囲気でますね。そして、うっかり開かなかった場合(アンロック失敗)の、通勤時の迷惑さ(ダメージ)加減は、リアルに影響を及ぼしますね。 …
[一言] いやいや、そもそもクレジットカードってそれ自体が別名『魔法のカード』ですよ。 (今回のエッセイの主旨とは少し外れますけど) 何つっても 「一定の限度内で」「この世のありとあらゆる物品を手…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ