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強すぎ剣聖は漏れかけらしい!?  作者: 遠久ノ御方
第一章 漏れかけ剣聖になるらしい!?
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第一章 1話 「漏れかけ剣聖」


 ——温かい。世界。


 上へと上がっていく。ゆっくりと。

 まるで翼が生えたかのような、浮遊感がある。

 何より、安心できる。荒んだ心が浄化されていくような感覚——

 

 ——永遠にここにいたい。


 俺はそう願ったが、体はどんどん、上へと上がる。


 ——刹那、全身に激痛が迸った。


(ああぁ————ッ!)


 俺は、叫ぶ。心の中で。声を出せないからだ。

 まるで体が作り替えられるかのような痛み。


 痛みの始まりから、数分で声が出るようになった。

 

「どう……なっている……?」


 声は温かく、橙色に輝く世界に響き渡る。

 

 ——上に、上に。


 そして——


 橙色の世界は、辺り一面野原へと変貌していた。


 

 ***



 びゅーと風が頬を撫でる。

 辺りを見回しても、自分がどこにいるのかわからない。


「どこだ?ここ」


 一瞬、遠くで音が聞こえた。


「アラン、余所見をするな!」


 上から声がした。俺は、上を向くと——


「へ?——がっ!」


 突如きた頭への衝撃により、俺は意識を失った。





「だめでしょ!」


「すまない……」


 そんな誰かの喧嘩の声によって、俺は強制的に起こされた。

 背中には、柔らかい感触がある。ベッドだろうか。

 

「……ん」


「あ、起きたわよ!」


「ほ、ホントか?」


 お前らのせいだよ。

 目を開けると、そこには——見知らぬ若い二人の男女がいた。


「誰だ!」


 誘拐か?でも、おっさんを拐かすか?

 俺は咄嗟に立ち上がり——やったこともないくせに——拳を構えていた。

 二人は、目を丸くし、


「ふふふっ、誰って、お母さんよ……」


 女の人が微笑みながら言う。

 一方、男の人は首を傾げている。


「そういう時期は、12歳とかからだと思ったんだけどな……まだ4歳なのに……」


 12歳くらい……いや、厨二病じゃねぇよ!

 ……ってか4歳!4歳って言った?この人!

 俺25!もしかしたらあんたらよりも、年齢上かもしれないよ!


 ——でも、気になるな。


 俺は、確認するようにゆっくりと、自分の手を見るため、顔を下に向ける。

 

 そこには——25歳とは思えぬ小さな手があった。


 そして、気づく。

 

 まさか、俺——


「転生したぁ————ッ!?」


 大声で叫ぶと、二人はビクッと体を動かしたが、母親と名乗る女性が、無理やり俺の体を横に倒した。


「何言っているの?転生?そういう遊びは後でやって、早く寝なさい!」


「はい。すみません」


 ずきずきと痛む頭を抑えながら、もう一度ベッドに入った。


「何事ですか!?」


 勢いよくメイド服の女性が、扉を開けた。

 またなんかきた。

 ぞろぞろと、執事のような人も、メイド服を着た人も入ってくる。


「静かにしなさい!」


「ひゃい!ごめんなさい」


 母親と名乗る女性にそう言われ、しゅんとする侍女らしき女性。

 

 一つ、動いてみる。


「母様」


「え!なになに?」


 やけに嬉しそうだ。

 俺は話を続ける。


「あの……勉強として、この世界の本を……読んでもいいですか?」


「えぇ————ッ!!」


 その場にいる全員が、大声を上げた。

 うぅ、頭に響く。痛い。


「アランちゃんが、勉強!4歳でこんなことを言うんだわ!やっぱり天才じゃない!」


「そ、そうだな……おい、お前たち!この屋敷にある、本をありったけもってこい!」


 そう言うと、執事や侍女が、全員胸に手を当て頭を軽く下げた。

 それからは一瞬だった。

 俺の寝る部屋には、本が積み重ねられていて、それを置いた後、勢いよく扉を開けた侍女以外、みんな出ていった。


「えっと……これ、何冊くらい?」


 俺は、そう訊ねた。


「こ、これは……200冊ほどです」


「そうか……少ないな……」


 俺は月五千円のお小遣いで、ラノベを買っていたからな……1000冊くらいはあったなぁ。

 ま、いいか。


「そんな……これが少ないなんて——」


 侍女から説明を受けた。

 この世界の本は高価らしい。なんせ、手書きだからだ。

 200冊なんて、異常だと、そう教わった。


「そうなんだ……ところで、君の名前は?」


「はいっ!私は、カーネです。姓は無いです。ただのカーネです!」


 ですの三連攻撃はちょっと鬱陶しいがそれ以外は顔も含め全て可愛らしいやつだ。


「そうか、カーネ。ところで、これはなんだ?」


 俺は積み上げられた本の、一番上の本に手にとる。

 そこには——


『アラン様成長日記』


 著者——カーネ。


「きゃぁ————ッ!見ないでくださいーい!」


 面白いやつだ。

 俺は本のページを捲る。


 

 俺は、生まれた時から、少し変だったらしい。

 泣いたのは生まれた時だけ。それに、時々変な言動もしていたらしい。

 

 そして、カーネと話していて、気づいた。あまりにも、自然だったから、気づかなかった。

 この世界の言語は、日本語じゃない。

 あたりまえか……。

 俺は、生まれた時から、今日までに知らない言語を覚えていたのだ。

 もしかして、俺ってすごいやつ?いや、そんなことはないな。

 赤ちゃんの頃の方が、言語は覚えやすいって言うし。


 おそらく、この変な言動が、日本のことなんだろうな。

 まあいいか。



 そして、俺は一ヶ月間、本気で本を読んだ。

 半分読めた。すごいな、子供の集中力は。


 わかったことがある。

 この国の名前は、ネックレッド王国。

 そして、俺は公爵家らしい。

 すごいな。


 ついでに、やっぱりここは異世界で、剣と魔法のファンタジー世界らしい。


 そして、この家はネックレッド三大貴族の一角らしい。

 三大貴族は、俺の家——オンタリオ家。

 さらにヴィクトリア家、イグアス家があるらしい。

 ……ってことは、俺の名前、アラン・オンタリオ?

 と、思ったが、5歳になって、すごい職業をもらったり、でかい功績をつくったりしたら、ミドルネームがもらえるらしい。


 まだある。

 この世には、四柱の神がいる。

 『剣神』『魔神』『万神』『無神』。

 5歳になるとそれらの神が、職業を与える。『職託の儀』ってやつだ。まあ、例外を除いて。

 剣神は剣の才を、魔神は魔法の才を、万神は色々な系統の才を。

 無神は——人から、職業を奪う。理由はわからない。


 ところで、なぜ俺がこんなにも異世界に馴染めているのか?

 それは——わからない。

 なぜか、時間が経つごとに元の世界への想いが薄れていくんだ。

 もう、あんな生活に戻りたくないのかもしれない。

 俺はこの世界で、後悔しないように、生きるんだ。

 そして、強くなってモテモテになる!

 まあ、まだ4歳だけど。

 

 そんなことを考えていると、

 

「アラン様ー、運動の時間ですよー」


 カーネの声が聞こえてきた。

 

「わかった。すぐ行く」


 俺は決めた。この世界で、できる男を演じると。

 そのため、勉強も運動も本気で頑張る。

 前世で出来なかったことを、後悔したことを——もう、後悔しないように。


 俺は、扉を開ける。

 時刻は2時ごろ。

 そういえば、時間表記は同じなんだな、この世界。

 どうでもいいことか。 


 今日の午後は剣の稽古だ。午前は魔術だった。

 魔術は魔神から『魔術師』の職業をもらっている母親のアリアから。

 剣術は剣神から『剣豪』の職業をもらっている父親のラインから教わっている。


 アリアの名前は、アリア・フィン・オンタリオ。

 ラインの名前は、ライン・フィン・オンタリオ。

 二人ともそこまで、強い職業じゃないのにな……なんでだろう。


「それじゃあ、行くぞ」


 今日ははじめてのラインとの一対一だ。


「はい!」


 俺は元気よく返事をし、木剣を手に取る。

 ラインが軽く一息吸って、


「————はッ!」


 ラインは地を蹴る。

 勢いよく肉薄するライン。その剣が、俺に迫る。

 上から振り下げる攻撃。

 俺は地を踏み締め、受ける。

 しかし、さすがは剣豪。子供の力じゃなす術なく吹き飛ばされる。

 俺は咄嗟に知識だけの受け身を取り——うまくいった。

 

「危ない……!」


 ついそう漏らす。

 いや、今度は俺から仕掛けよう。

 走り出したが、足が遅い。体が小さく、足が短いからだ。

 妄想ではうまくいったんだけどな……。

 剣の知識など、あっても使えない。体が出来上がっていないからだ。

 4歳児には、かなり厳しい。


 考えている間に、もうラインは目の前だ。

 俺は、何も考えず、ラインに向けて、剣を振るった。

 ラインは俺の剣を簡単に払いのけ、目をぎらりと光らせる。


「そんなものが俺に通用すると思うのか?」


 寒気がした。いつも優しいラインだからこそ、本気の時は怖い。


「うわぁ————ッ!」


 俺は、叫ぶ。

 知識だけだが、教えてもらった剣術を駆使する。

 剣を下から上へ——単調な動きだがないよりはマシだ。


 ラインはそれを避け、少し仰反る。

 ——拳だ。察知した、本能が。

 左拳が俺に迫る。

 

 これ、無理だわ。


 俺は歯を食いしばり、拳を受けた。

 案の定吹っ飛ばされたが、なんとか気絶はしなかった。

 あっぶねえ……。でも、頭がふらふらする。


「何を使ってもいいんだぞ……!」


 そういえば——と、ルールを思い出した。


『お前はなんでもあり、俺は木剣だけだ』


 なんでもあり?何でもありなら、なんでも使っちゃうぞ!

 

 俺は、屋敷に飛び込んだ。

 流石に、俺が戦わないと意味ないし、仕方ない。


「セバスティ————ッ!」


 セバスティ——執事長だ。

 セバスティを呼んだ。


「ははっ」


 気づけば横にいる。

 呼べば気づくと横にいる。最高の執事だ。

 なぜ呼んだのかは——セバスティは強いからだ。

 もう年を大分とっているが大丈夫なはずだ。


 セバスティは万神からの職業『万能者』を持っている。

 万能者は、その名の通りなんでもできる。

 

「何用でしょう……!」


「手伝ってくれ。父様を倒す」


「…………御意に」


 少し渋っていたようだが、彼の俺への忠誠心は本物だ。

 何故かはわからない。


 外を見る。

 ラインは、ゆっくりと歩き、屋敷に入ってくる。


「セバスティ……屋根だ!」


「はっ」


 セバスティは俺を抱え、窓を開けて屋根に跳んだ。

 少し滑っていたが黙っておこう。


「ははっ、そうきたかっ」


 ラインは笑っている。ラインは軽く、ジャンプをし、屋根にのぼってきた。

 

「父様、罠かもしれないですよ……!」


「息子の考える罠だ。乗らんわけにはいかないだろう」


 そう言って髪を払う。

 うっ……イケメン顔が、眩しい……。

 これでも、ラインより年上だ。絶対に負けない。

 この一ヶ月間でラインは24歳だとわかった。


「そうだろう?セバスティ」


「ええ」


 セバスティが小声で話しかけてくる。


「どうしますか?ぼっちゃま」


「それは——」


 俺は、セバスティに策を教えた。


「作戦会議は終わったか?」


 ラインが訊ねる。

 

「ええ、終わりましたよ……父様」


 俺はニヤリと笑みを浮かべる。

 屋敷の中でとったもう一本の木剣をセバスティに渡す。


「行け!」


「——ッ!」


 ラインが目を見張る。

 俺は、屋根に尻をつけ、下に下がる。


「逃げるのか!アラン!」


 セバスティは、足を全力で踏みつけ、屋根瓦がラインに向かってとぶ。

 この程度じゃやられないだろうから、目眩しだ。


「小賢しい!」


 ラインはそれらを手で振り払うと、セバスティに木剣で、切り掛かった。

 まあ、切れはしないが。

 セバスティは一度受けることができたが、受け止めたところをラインに、脇腹を蹴られた。

 すまん、セバスティ。だが——


 ——時間は稼げた!


 俺は、再度、ニヤリと笑う。

 すぐさま立ち上がり、先程セバスティが吹き飛ばした屋根瓦を拾い、ラインに投げつける。

 …………目眩しだ!


 俺は、下から切り掛かる。そして——セバスティが後ろから、ラインに向け、剣を振るおうとしている。


 ——とった。


 ラインが笑った。


「ふふっ、面白い……だが、甘い!」


 ラインは体を捻らせ、振られた剣撃をいなす。

 ……マジかよ!


「まずい!」


 ……え?

 セバスティが叫ぶ。

 セバスティの振るった剣が、俺に——


 …………また、気絶した。



***


 

「おぼ……ま、おぼっ……ま、おぼっちゃま!」


「いてて」


 起きた。

 どんくらい眠っていたのだろう。


「セバスティ、どれくらい経った?」


 俺の問いにセバスティは時間をかけずにこたえる。


「30秒ほどです」


 やっぱり強いな。ラインは。


「さすが父様ですね……強いです」


 俺は、横になりながら視界の端を見る。


「ふっ、それほどでもないさ。俺は剣豪だからな」


 すごい自信だ。ま、いい経験になったよ。


「すまないセバスティ。こんなことに付き合わせてしまって……」


「いえ、大丈夫です」


「お前はもう戻っていいぞ」


「はい」


 ひゅっとセバスティは消えた。

 ほんと何歳だよ。


「あと……半年だな……」


「ええ、あと少しです」


 半年というのは、職業を神から貰える日までのことだ。

 すなわち、俺の誕生日だ。

 職業をもらえるのは誕生日で、遅生まれの人はそれだけ、職業をもらうのが遅い。


「無神が出てこなければいいが……」


「もし無神が出たらどうします?」


 追放でもされるのかな?


「俺が、お前を全力で守るさ!」


「そのときは、ユーリとアレルを守ってください」


 ユーリとアレルは俺の兄弟だ。

 双子で男女だ。

 なかなか見たことがない。

 

 ユーリは顔が——俺の前世の妹、桜花に似ている。

 あの子の顔を見るたび、後悔が呼び覚まされる。

 きっとこれは、俺を転生させた神からの戒めなのだ。

 忘れるな、と。

 だから、今世では大切にする。

 大事な妹を、弟を。


「お前は強くなる。そんな気がする」


 ラインが木剣を腰に下げ、空を見ながら言う。


「買い被りですよ……」


「いや、本当だ。俺の勘は……よく当たる」


 ラインが俺を横目で見ながら、ニヤリと笑った。

 相変わらずイケメンなやつだ。


「はぁ、信じますよ……父様」


「本当か?最近は誰も信じてくれなくて……!」


 ラインが泣いているふりをしている。

 一体何歳だよ……って、それを言ったら、精神年齢30手前のおっさんが、立ち上がらず寝っ転がっているのも大概か。


 それじゃあ、行くか……。

 俺は徐に立ち上がると——


 ラインが俺の肩に手を置いた。


「おっと、まだだ……まだ終わってねーぜ剣の稽古は」


「……マジかよ」


 これからが本番らしい。



「おぉ————ッ!!」


 俺は、がむしゃらに剣を振るう。


「だからそうじゃない。もっとこうだ……ひゅっひゅっってやるんだ!」


 わかるわけ……


「ないだろおおおおお!!」


 職業はもらった時点で、才能を手に入れられる。

 努力をしなくても、だ。

 ラインを含め、無神以外から職業をもらった人々は、総じて努力をしていない。

 だから——人に教えられないのだ。


 努力次第で力を手に入れられる場合もある。

 これも無神以外、だが。

 無神が当たった場合は、魔力もなくなる。

 いくら、職業をもらえる『職託の儀』の前に魔力があろうと、問答無用で無くなる。


 だから、努力はこの世界では無駄なのだが、貴族は特に、良い職業を必要とするため、『職託の儀』以前から、剣や魔術の練習をすることで、剣神や魔神から、職業をもらえる確率が上がると言う迷信を信じている。

 実際はどうか知らないが。


 だから俺は、魔術と剣を練習しているのだ。

 将来貴族同士の争いに巻き込まれるのはゴメンだ。

 だが、俺は強くなって、力をつけて、何も失わないように、後悔しないように生きたい。

 失敗しようと、後悔しないように。


「何を思考に耽っている!」


 ラインの素早い剣の一撃。

 俺は、剣を使い、受ける。

 

 ——勝てなくてもいい。


 いや、勝たなくてもいい。

 はなから、剣豪相手に勝てるわけないのだ。

 そんなことは既に諦めている。

 時間を稼げ!少しでも粘れ!

 俺は、勝つことを諦めた。


「アラン、目から闘志が消えているぞ!まさか、勝つことを諦めたのか?それとも、粘ろうとしているのか?」


 ぎくっ、ばれちった。くそう、なんでばれたんだよ。

 ……ってか、闘志ってなんだよ。


「アラン……諦めるな!勝つことを諦めるな!いつだって勝つ気がないと……相手を超えることはできない!」


 そんなわけない。

 勝てることができない相手だっている。

 例えば尿意だ。あいつには勝てない。いくら粘っても出すことは逃げだ。勝つことはできない。


「お前……今、そんなことははないって思ったな?」


 だからなんでわかんだよ……。


「大事なのは意志だ。敗北し、逃げてもいい。だが、諦めるんじゃない。少なくとも俺はそうやって生きてきた。諦めないで生きてきた。そして——やっと、剣豪になれた」


 最後の言葉の意味はわからない。

 だが、ラインの言葉は俺に、俺の心に、微かな炎を灯した。

 そしてその炎は、だんだん燃え盛り、熱くなり——激しくなっていく。


「うおぉ————ッ!」


 負けない。いや、負けたくない。この気持ちだけだ。


 俺は剣を振る。型が崩れていようと、汚くても。

 ただ熱い、炎に身を任せ、振り続ける。


「いいぞ……いいぞ!その調子だ!」


 うるさい。うるさいなあ。

 全ての音が邪魔に感じる。邪魔だ。

 風の音も、虫の声も、全てが。


 ふと、熱以外に何かを感じた。

 それは——尿意だ。

 いつもは、恐怖し、失神するため、おねしょになるのだが、今日は何故かそれがない。


 尿意が——熱を出している。

 そう、直感した。

 意味がわからない。……が、それが現実だ。


 ——尿意が限界に達しそうだ。


 血液の回りが速い。

 体温が上昇していくのを感じる。

 それに伴い、体も速くなる。


「いいぞ!」


 ラインの額にもうっすらと汗が浮かんでいる。

 普段の稽古には、汗は一切かかないのに。


 ま、いいか。


 カンカンッ、と木剣のぶつかる音が響く。

 そして、数秒ほど経ったろう。

 ついに——



 ——尿意が、限界に——



 ——達した。



「おらぁあ————ッ!!」



 ——綺麗な一閃——



 ——が見える。

 とても美しい。一閃だ。


「まずいッ!」


 ラインが叫ぶ。 

 俺は気にせず、最高の剣撃をぶつける。

 ラインの目が変わり、その場の空気が変わる。


「はッ!!」


 ラインが剣を振るう。

 剣同士がぶつかりあった。

 重い。重すぎる。腕がはち切れそうだ。

 膝が砕け散りそうだ。

 

 だが——


 ——諦めない。


 ぶつかり合った剣は、火花を散らす。

 

 ——ラインは、後ろへ吹っ飛んだ。


 俺は、地を抉り、壁にぶつかる。


「がはッ!」


 片手には、折れた剣。

 焦点が合わない。

 段々と視界がぼやけていく。

 ゆっくり瞼が閉じていき——



 ***



「また……気絶したのか……」


 気づけば、ベッドの上にいた。

 身体中に包帯が巻かれていて、全身が痛い。


「アラン様!」


 この声は、


「カーネか?」


「はい……カーネです!体は大丈夫ですか?」


 カーネが高い声で訊く。


「ああ、少し痛いが……まあ、大丈夫だろう」


「奥様ー!」


 カーネが、アリアを呼んだらしい。あの性格だ。子供のことが大切で、すぐに来るに——


「アランちゃん!」


 がっ、と大きな扉を勢いよく開け、入ってくる。

 案の定だった。

 前のカーネと立場が逆転したな……。


「アランちゃん……大丈夫?」


「うん。大丈夫だよ……なんとかね」


 そういえば、ラインはどこにいるのだろう。


「父様はどうしたのですか?」


「ああ、ラインなら、ぼっこぼこにしてやったわ」


「えぇ……」


 ラインも可哀想なやつだ。

 まあ、そんなことは置いておいて、なんであの時あんな力が湧いて出てきたのかな……?

 諦めないっていう固い意志?

 いや、違うな……じゃあ、なんだろう。

 あの時尿意があったな……まさか!


 俺は、焦りながら、アリアに訊いた。


「もしかして……あの戦いの後……漏らした?」


「うん!いっぱいでてたわ!」


「ぎゃー!」


 気絶はしなかった。なんとか持ち堪えた。

 危ねぇ。


 ラインにきいてみよう。なんであんなに力が出たのか。


「母様、父様を呼んでくれませんか?」


「え?なんで?」


「なぜか、あの時すごい力が出たんです。だからそれについて聞きたくて」


「ああ、なるほど」


 納得してくれたようだ。


「セバスティ、ラインを呼んできて」


「仰せのままに……」


 どこからともなく、音もなしに現れ、そして消えていった。


「アラーン、起きたかー!」


 アリアと同じように勢いよく扉を開け、入ってくる。


「あなた、もうちょっとゆっくり入りなさい!」


 いや、あんたが言うな。


「父様、どうして僕はあの時、あんな力が出たんでしょうか?」


「それは、どうなんだろうな……わからん」


「え……でも」


「わからんもんは、わからん」


 本当にわからないようだ。


「これは、昔話で、気にしなくてもいいのだが……」


 ラインがなんか話し出した。


「昔、強力な職業をもらったやつがいたんだ」


 気になるので、真剣に聞く。


「そいつが、5歳よりも前に魔獣に襲われた時、仲間を守るため、その魔獣と戦うと急に力が湧き出して——」


 何故か、アリアが、懐かしげに聞いている。


「——職業が発現したんだ。その瞬間だけな」


「へえ、それが僕も同じだと?」


「だから、わからんって言っているだろ」


 少し不機嫌になった。

 腹でも減っているのだろうか。


「まあまあ、そんなことはいいから、ご飯にしましょう」


 アリアが言い、カーネを呼んだ。


「カーネ、そろそろご飯の準備をお願い。二人とも、さっさと準備して」


「はい」


 ラインと声が重なった。



 アリアとカーネが出ていって、俺とラインの二人きりだ。

 何も起きないぞ。


「お前は、天才だ」


 ラインが急にそんなことを言い出した。 

 なんだ急に、頭でもぶつけたか?


「この前、分家のハンバー家の子を見たんだが……お前と同い年なのに、喋り方も全然違った」


「僕は天才なんかじゃありませんよ……」


「お前くらいの歳ならもっと甘えてもいいはずだぞ、親に」


 ラインが訝しげにこちらを見る。


「僕は兄なので。守るものがあります」


「ユーリとアレルを守るのは俺の仕事だが、まあ、期待しているぞ」


「ありがとうございます」


 素直に感謝した。

 ラインが立ち上がる。

 ベッドが揺れる。


「お前のように成長が早いのはいいことかもしれん。だけどな、急ぎすぎるなよ」


「どういうことですか?」


「なんでもいい」


 相変わらず、変なやつだ。


「あと半年で、職託の儀だ」


「はい」


「心しておくように……たとえ……どんな結果でもな」


 そう言って、ラインは踵を返した。



 


 半年経った。


 その間俺は、魔術の勉強に剣術、この国の地理や歴史についても学んだ。

 算術は簡単だし、この国の言語についてももう覚えているからな。

 へっへっへ。


 そして今、俺は、『職託の儀』をするための、神殿にの前にいる。


「アランちゃん頑張って!」


「アラン行ってこい」


「アラン様、行ってらっしゃいませ」


 アリアにライン、そして、カーネからの声援を受け、


「アラン・オンタリオ様、入ってください」


 神官から呼ばれた。


「あれは……」


「期待の……」


 俺には色々な噂があるらしい。

 現に今も、コソコソと話されている。


 俺は半年前の、あの一件により、すっかり有名になった。

 『剣豪』に膝をつけさせた、と。


「気にしない。気にしない」


 そう。気にしない。

 この半年間で、無視術も手に入れたのだ!


 神殿に入る。

 目の前には、かなり歳をとった、神官。


「膝をつきなさい」


「はい」


「祈りなさい。神へ」


「はい」


 言われるがまま、祈り始める。

 そして、


「神よ、彼の者に神託を、神の御加護を授けてくださいませ」


 天井が光り出した。

 目を閉じていても感じるほどの光だ。

 赤い。


「こ、これは!!」


 神官が大声で叫ぶ。


「こほん」


 一旦冷静さを取り戻したのか、息を整え、


「目を開けなさい。そして、これを」


 もらったものは、職業板。


 そこに書いてあったのは——


 神官が先程よりも大きい声で、外にも聞こえるように——



「彼の職業は『剣聖』です!!」



 ——いやいや、ちょっと待って……。


 

 ここに書いてあるの——



 『漏れかけ剣聖』なんだけどおぉ————ッ!!


 



 

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