短編【天秤の劇物】
「こんにちは。今日はどういったご用で?」
とある病院の診察室にて。俺は白衣に身を包み、向かい側に座る、か細い女性を診察していた。女性は赤いワンピースを身にまとっているが、ガリガリの為か、服に着せられている。と言った方がピンとくるだろう。
「あの……。今よりもっと、強い薬をください」
彼女はそう言うと、周囲を見渡しながらもボソボソと呟いた。
「今貰った薬でも、眠れなくて眠れなくて。そのせいか、身体中が溶けるように暑い事もあれば、消えてなくなってしまうかのような脱力感もあって、変な感覚がするんです!」
「そうですか……」
俺は何とも言えない気持ちで相槌を打ったが、はっきり言って、出せない。
「今出した薬でも、十分に強い薬です。なので、これ以上と言われましても……」
「だけど!」
しかし、彼女は頑なに否定しない。実は彼女の病名は『薬物依存症』と呼ばれるものだ。
どんなのかと言うと、「世界の終わりの日に何を口にしますか?」と質問をしたら、真っ先に『薬』と答えるだろう。それ程依存している。という方が、見方的には正しいかと俺は憶測で思っている。
「ですが、仮に出したとしても、貴女の身の安全を『完全』に保証することは出来ませんよ!」
「……」
なので、俺も俺で真っ向から反論したせいか、彼女は黙って俯いてしまった。
「何があったかは知りませんが、薬に頼ることがないよう、先ずは生活リズムを整えていきましょう」
「あ……。えっ……」
「どうなさいましたか?」
すると、彼女は突然、泣きそうな顔になりながらもこう言ってきたのだ。
「実は……、もし、安易に強い薬を貰っていたら私……」
「え?」
「死のうかと、思っていました。本当は……」
「なるほどなぁ」
それで、あんな切羽詰って『強い睡眠導入薬』を欲しがっていたのか。俺は納得したのでそのまま問診を続ける事にした。
「だから……、そうやって、先生が薬を止めてくださったので……、正直、嬉しかったのです」
「そう」
「あぁ。あの時は本当に『死んでしまいたい』と思ったんです!」
「辛かったんですね……」
「そのせいか、どこの病院に行っても、私は……、あまり良く思われませんでした」
「まぁ。安心してください」
なので、彼女を宥めるように、優しく接すると、彼女の表情が前より少しだけ明るくなったのだ。まぁ、ふと思うが、よく医者を神格化扱いする人が多い。だが、俺は『神』ではなく、普通の『医者』だからな。
「私と少しずつでいいので、一緒にやっていきましょう。まずは、薬の量を減らすのを目標に!」
「は。はい! ありがとうございました!」
なので、彼女に生きる『道標』を提示すると、彼女は離席して俺に深々とお辞儀をし、診察室を後にした。
まぁ、俺だって風邪の一つや二つはひく。時たま風邪をひいた時、患者目線に立つこともあるが、錠剤を一錠、二錠……。口にする度に「本当に治るのだろうか」と疑心暗鬼に陥る事がある。
これで治れば。
これが治ったら。
と、同じ事を何回思っては悶えてるんだろう。と思う事があったのだ。
だから、患者も同じで、結局は『万能』になるか、『毒』に堕ちるかは、飲んでいる本人にしか分からない。
俺はそう思いながらも、次の患者が来るのを待った。