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第二世界群

【短編版】魔王 in the room

作者: 空静


4日連続短編投稿企画中

本日2日目です。



悪魔で構成される国家、イブリース魔国の政務を管轄する重鎮ベルゼブブは内心頭を抱えていた。

黒く長い髪に怪しく輝く赤い瞳、鋭く伸びた犬歯と立派な角。わかりやすく人間の想像する相貌の悪魔である彼は、今代魔王リュシオンが幼い子供だったころからの忠臣だ。気まぐれで横暴な魔王であってもベルゼブブの話には必ず耳を傾けるということは有名な話である。


互いに信頼し合う主従であり、リュシオンがかつてどの魔王もなし得なかった大偉業、人間界征服を成し遂げた時にも当然横にはベルゼブブがいた。

そのため、魔王に何かあった時にはまずベルゼブブに相談し対策を練るべきだというのは魔王城の研修マニュアルに書かれるほどである。そしてその結果がこれだ。


「大変申し訳ございません。ベルゼブブ様のお手を煩わせるのは大変心苦しいのですが…」

「構いません。確かにこんなことできるのは私だけでしょうからね」


すまなそうにそう言う侍女にベルゼブブは呆れも混じった声音で返した。

そしてズレたメガネを片手で押し上げ、肺いっぱいに空気を吸い込むと、


「魔王様!いい加減仕事してください!」


ガンガンガンっ!と目の前の扉を強く叩き始めた。



ここは魔王の私室の前。引きこもって仕事をしない魔王を引き摺り出すことから本日の彼の職務ははじまる。


「ベルゼブブ〜?今食事中だからちょっと待って〜」


明らかに寝起きの声で部屋の中から返事が返ってくる。当然そんな苦しい言い訳に納得するベルゼブブではない。


「昨日はそれで5時間でできませんでしたよね?!もう騙されませんからね」

「昨日は食事に5時間かかったんだよ〜」

「嘘おっしゃい!あなた吸血鬼でしょう、サキュバスじゃないんですからせいぜい10分もあれば終わりますよね」

「じゃあ今日から余、サキュバスになる〜」


間の抜けたその声にベルゼブブの怒りのボルテージが上がる。

彼はこれでも怒った姿を都市伝説の一つに数えられるほど悪魔らしからぬら穏やかさを持つことで有名なのだ。

そのベルゼブブをここまで腹立たせられるのはもはや才能の域だ。


「魔王様。10秒以内に出てこなければ扉を破壊します」

「ふっふっふー、余の魔法の腕を見誤ったなベルゼブブ!全力で防御壁を張ったのだよ」

「9、8、7」

「えっ、ちょっとまってちょっとまって?!おーいベルゼブブさん?」

「5、4、3」

「魔王の部屋を!破壊するのはどうかと思うんですよね!」

「1、0」


そうしてカウントダウンは終わり、猛烈な破壊音が城中に響き渡る。


「さあ魔王様。仕事してください」


無惨に破壊された扉の奥、豪奢なベッドの上でどうみてもまだ若い女の子が震えていた。

誰がどうみたって非力そうな彼女こそ、破壊と謀略の化身今代魔王リュシオンである。


「なんで?!余の全力の防御壁は?!」

「あなた防御魔法苦手じゃないですか。あんな紙っぺらのような防御壁、城に勤める悪魔なら誰だって破れます」

「ひどい!」


リュシオンのお手本のような不貞腐れ方にベルゼブブの血管がぴきりと音を立てる。ただの人間であればその愛らしさに思わず謝罪してしまうかもしれないが、残念なことにリュシオンとベルゼブブの付き合いは長く、そんな甘い期待は無駄だ。


「で、食事は終わったんですか?」


ベルゼブブが絶対零度の視線を部屋の隅にやると、美しい人間の姫が7人ばかり眠っていた。

あきらかに血色が良さそうな様子にベルゼブブは察しをつける。元より明らかに嘘だったのだ。それの確証を得ただけの話である。


「あなた、食事用にって人間界から姫を調達なさったんですよね」

「もちろん」

「手、つけました?」

「血を吸うのは信頼関係があってからの方が良くない?」

「もう彼女たちがきて2か月経ちましたが」

「いや〜、人間も強情だよね。絶対に悪魔に気を許してくれないの」

「あなたには魅了(チャーム)があるでしょう!」


吸血鬼族には魅了と呼ばれる特殊な能力が備わっている。

その名の通り、血を吸った相手を自分の眷属とし魅了するというものだ。


「あれ、奴隷にするみたいで嫌なんだよね。自由意志剥奪ってよくないよ」

「ご自分の肩書きをお忘れで?」

「ふはははは!震え平伏するが良いぞ、我が名はリュシオン!66代目にして史上最高の魔王である!」


その台詞は確かに恐ろしい物である。しかしベッドの上で可愛らしいレースのパジャマを着た状態では威厳もクソもない。


「リュシオンちゃん…うるさい…」

「あ、ごめんねエルディンちゃん」


などと例の7人の姫の1人からもクレームが入る始末。

その様子にさらにベルゼブブの怒りのボルテージは上昇する。


「随分と姫達と気安い仲なんですね」

「みんな良い子なんだよね。さすがいいとこ出身」

「悪魔に気を許さないんじゃなかったんですか」

「あのさぁ、今は勇者だってせっせと悪魔のために働いてるんだよ?2ヶ月一緒にいた同じ年頃の女の子たちと仲良くならないわけがなくない?」


呆れた様子でそう宣う主にベルゼブブは本気で一発ぶん殴るべきかと考える。


「もういいです。で、なぜ突然人間界の征服が終わった途端政務を放棄なさるんですか」

「腹心の部下たるお前にだけは教えてやろう。なぜわたしが働かないかを!」


その言葉にごくりと唾を飲む。

この魔王、今まで精力的に戦争に取り組んでいたのに終わった途端部屋に引きこもり一切の職務を放棄しているのだ。お陰で側近のベルゼブブは人間であれば確実に過労死するほどの仕事量を抱える羽目になっていた。基本彼の種族さん疲れ知らずなはずなのだが、濃い隈が見え始めた時点でお察しである。それが既に2ヶ月。割と本気で過労死がちらついてきているのだ。

それが解決するかもしれない。そろそろ部屋のベッドで眠れるかもしれない。そんな期待と共に手を握りしめて次の言葉を待った。ドリンク剤はもう飽きたのだ。


「だってぇ、めんどくさいじゃん?戦争は偉そうにして適当に指示してりゃ勝てたけどぉ政治はそうもいかないじゃん?」


哀れ人類。適当な指示で負ける。

そしてベルゼブブはとうとう耐えきれずに主の頭に拳骨を落とした。


「いでっ!ちょっと不敬じゃない?」

「働かない魔王様にはこれがふさわしいです」


涙目でそう訴える彼女は、繰り返すようだが人族をも支配する残虐非道の魔王である。

戦時の威厳はかけらも見えず、ただ年相応の少女にしか見えない主を眺め、ベルゼブブは嘆息した。


少女らしいのは構わない。それが正しいとも思う。しかし、それはそうとして仕事をして欲しい。


ベルゼブブの胃痛生活ははじまったばかりである。



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