表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
僕と四季  作者: もらもらいずん
2/2



 天気予報通りの雨に襲われ、今日も傘を差して公園へ行く。

 夜の雨は、寝るときは心地いいけど、音以外での楽しみが無いと感じるのは僕だけだろうか。

 じめついた空気を深く吸い込み、レインコートを着てベンチに佇んているシキさんに話しかける。


「シキさん、こんばんわ」

「ん、君かぁ。こうも雨が多いとまいっちゃうね、そろそろこの公園集合も止めにしないかい?」


 ざわ。


 少しばかり心が波立つ。

 決まった場所で決まった時間に会う。そんな綺麗な設定を投げ出すというのか。

 流石にシキさんでも、その冒涜は許しがたい。

 顔に出さずにムッとする僕に、シキさんがからからと笑いながら言う。


「やだなぁ、雨が面倒だねってだけだよ。また梅雨が過ぎたら戻ってくればいいよ」

「僕の心を読まないでください」

「君が表情に出やすいのが悪いのさ」


 どうもシキさんは僕の考えてることを読む節がある。

 本当は僕の癖も隠しておこうと思ったのだけれど、出会って4日目で早々にバレた。

 

 シキさんは僕の考えを読むと大体、「君は分かり易いね」とか「君はよく詐欺に遭いそうだ」とかいい加減なことを言ってからかってくる。

 その後はいつも決まって、あははは、と笑うんだからついこっちまで笑ってしまう。

 

「ねぇ、君の部屋、行けないの?」


 何の前触れも無くシキさんが言う。

 女の人を部屋に上げる、それがどれだけハードルの高いことか。

 シキさんのいつものからかいかと思ったが、目は至って真面目だった。


 こういうたちの悪い時があるのがシキさんだ。

 はぁ、とため息を付きながら言う。


「いいですよ、どうせ嫌と言っても駄目なんでしょう?」

「分かってきたじゃないか、じゃあ案内してよ」

「はいはい」


 一人暮らしを始めて、最初の来客がシキさんになるとは思わなかった。

 口では嫌ですよと言ってはみたが、実は少し嬉しいものもある。


 シキさんは、僕の傘には入ってこようとはしなかった。

 出来ればレインコートもいらないと言っていたが、それは僕にも分かる。

 でも、傘ごしの雨音も悪いものではないのを、いつかシキさんにも分かって欲しいと思った。


 暗い闇に落ちる音を聞きながら、街灯が光る道を歩いていく。




━━━━━━━━━━




 

「わぁ、一人暮らしにしては豪勢だねぇ」


 玄関でレインコートの水を拭いてる間に、リビングに突撃されてしまった。

 不覚だ。まだシキさんの髪は濡れているというのに。


「ま、待ってください。タオルあるんでそれで拭いてから」

「ん、そうだったね。そういえば雨の中を歩いて来たんだった」

「僕の家水浸しにするつもりですか……」

「全部浸水するくらいなら、面白いだろうね」

「冗談じゃない……」


 あはは、とシキさんが笑う。

 雨でも、この人は何も変わらない。

 ずっと得体が知れない、正体不明のままだ。


 僕の部屋を静かに見渡すシキさん。

 その目線が、とある一点で止まる。


 それは、何の変哲もない写真立て。

 その中では、とある女の人に肩車された幼少の僕がいた。


「それ、気になりますか?」

「うん、女の人の写真を部屋に飾るなんて珍しいから。この人は君の何なんだい?」

「初恋です」

「へーえ、初恋かぁ」

「はい」


 僕の淡い初恋。

 それは、近所のお姉さんの背景を想像することによって発生した、何ともいびつな恋だった。

 

 自分の癖を認識したのも、確かその頃からだ。

 僕の両親は、どうやら僕を周囲の興味が尽きない子だと思っていたようだが、実は他人の背景を想像する為に周りを見ていただなんて、少しも思わなかっただろう。


 近所のお姉さんは、いつも朝に帰って来てた。

 毎日匂いが変わっていて、その理由も分からなかった小さい僕は、お姉さんの背景をほぼ無限に想像した。

 でも、その恋は、お姉さんの家の引っ越しという形で幕を閉じた。

 

 そんな思い出を想起していると、シキさんがからかうように言ってくる。


「君の幼少か、多分ロクな子供じゃなかったんだろうね」

「何でですか、あんな人畜無害な子供、他にはいませんでしたよ」

「子供は人畜有害なくらいが丁度いいよ、君の幼少は、子供にしては大人びていなかったかい?」

「まぁ、そう言われたことは何度かありましたけど……」

「ほらね」


 シキさんに言い合いで勝てた試しがない。

 いつも討論になると僕の負けで終わる。


 春と夏の勝負では、春の勝ち。

 サンドイッチとホットドッグの勝負では、サンドイッチが勝った。

 いつも、「ほらね」という言葉で締めくくられて終わる。

 

 適当に淹れた紅茶をシキさんが飲もうとした時、


 ピカッ。


 カーテンの間から、閃光が漏れる。

 

「あ、シキさん雷ですよ」

「ふーん、何秒後に来るかな」

「1、2、3、4、あ、来た」


 ドゴォーン。


「光ったね」

「はい」


 遠くの方で雷光が落ちた。

 いつもシキさんと散歩する時も、そんな周囲の何気ない様子を話題にして喋る。

 大した面白みもない話だけれど、ただその居心地が良くて続けてしまう。

 

 それから、なんてことのない会話をして解散した。

 今日知れたことは、シキさんはカップを小指を立てて飲むということ。


「おじさんくさくて嫌なんだけどね、これ」


 そんなことを言いながら、いつものように笑っていたシキさんだった。

 帰り際、まだ雨が降っていた。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ