10-3.隠れて、殺さない
本日三話目
*・*・*
それは、いた。
普通なら立つことすら敵わない場所で。
それは、いた。
寒さも厭わず、棒付きアイスを舐めながら、はるか上のビルにあるアンテナの上に片足で。
「あー、まあ? あのお姉ぃさんは別に殺す必要ないし、いっか?」
物騒な物言いをしているのに、口調は酷く楽しげだ。アイスも残り少なかったからか、一気に頬張った。
「あの子も、本当は連れて行きたいけど。匿われた場所が場所だし、連れて行きにくいんだよね〜? 何せ、先代所長が居る場所だから」
独り言が多いが、誰かに聞かせているのだろうか。
突如、後ろに旋風が巻き起こり、また一人現れた。
「……彼奴の身体は手に入らんのか」
低い低い、男の声。黒ずくめ故に、それしかわからなかった。
問いかけられた方は、アイスがなくなった棒を左右に振るだけ。
「僕らから逃げ切ろうとした時に、身体だけ隠したからねー? 見つからないと思ったら、まさか万屋の新所長が見つけるとか思う?」
「偶然か必然か。しかも、すぐに癒し手の力を発動したとは。今は記憶がない故か」
「ま、ねー? あのおにーさんを癒しちゃっても、失敗を僕らが許すと思うー?」
「成功しても。なんらかの報酬を支払わなければ、殺していただろう?」
「うん!」
笑顔を体現しているような物言いに、男の方は少し息を吐いた。
「であれば、お前があの時殺した方が幸せだったかもしれんな」
「抵抗はされちゃったけどねー? けど、一瞬で終わらせたから、そんな苦しまずに死ねたよね」
あの眼鏡の刑事の前から、術を使って退散する方がむしろ大変だった。いっそ、すべて殺しても良かったが、事前に二人の長から伝えられていたのは失敗者を殺すのみ。
あとは撒け、と言われていたので仕方がなかった。
「例の身体を手に入れよ、とも通達は来ていない。あれは泳がせとけ、と言うことだろう」
「ま、万屋にいるからねー? それに、癒し手として成長させたら……の方が捕まえ甲斐があるじゃない?」
「……それもわからん。今はそう興味を示すな」
「だってだってー、追いかけっこしてたら逃げられたんだもん。あの子に」
自分から逃げられる力量もだが、身体を隠す術を持っていたのも驚きだった。
あの時、長からの命令とは言え、手を抜いた追いかけっこをするんじゃなかった。長は自分を咎めはしなかったが、身体だけでなく魂の方も見失ったと言うのに。
「ひとまず。あの女は殺すに値せん。万屋の女の方も、メンバーの中では大した力を持っていない」
「んー、けど。あの子の近くにいるんだよ? 何かしら影響を受けてもおかしくない?」
「それは仕方がない。とにかく行くぞ。俺達も暇じゃない」
「はーい」
次に、あの漣と名付けられた少女に出会うのはいつだろうか。
楽しみではあるが、今はその時ではない。
男の後を追うべく、自分の旋風を起こしてアンテナの上から消えたのだった。
*・*・*
「さあ、漣ちゃん。もう一度」
「はい。いらっしゃいませ」
「うん、じゃあ次は?」
「ようこそ、喫茶ウィンタージュへ」
「うんうん、良いわー」
今、咲乃は漣を連れて万屋の事務所にいる。
依頼がないと特に誰もいないので、喫茶側の研修に使うことがよくあるからだ。
研修内容は、主に接客とメニューの読み方。
漣には、まず接客の中でも挨拶とお運びを重点的に覚えてもらうことにした。
「こんな感じですが?」
「うんうん。だいぶ様になってきたわ。次はお水を持ってくる練習ね?」
トレーもグラスも予備があるので、繰り返し練習をこなしていくことで、こちらもだいぶ様にはなってきた。
普段から遠慮がちなところが目立つが、何度か咲乃や晁斗達が実際にやっているところを見たお陰か。付け焼き刃でも見た目は合格点だった。
「どう、でしょう?」
「大丈夫だわ。漣ちゃん、ひょっとしたら前も接客業をやってたかもしれないわね?」
「……全然覚えてないですけど」
「荘重先生も言ってたじゃない? 体の記憶よ。なかなか消えないものではないわ」
「……はい」
いつか、何かをきっかけに思い出しては欲しいが。
その何か、が晁斗がきっかけであって欲しいがそれはわからない。
ひとまず目立つ粗を修正すべく、咲乃も見本を見せながら研修を続けて、途中に休憩を挟み。
二時間くらい続けたら、だいぶ客足も少なくなったので個室に移動して悠耶を客に見立てて練習することになった。
晁斗だと、おそらく漣が必要以上に緊張してしまうからだと思って。
「いらっしゃいませ、お席にご案内します」
「はい」
それに、自他共に認める咲乃の従兄弟でもあり、彼氏でもある悠耶の美貌には、特に堪えていない理由もある。
懐いている晁斗の前だと、緊張感を感じてしまっているが、悠耶には特にない。それもあって、客役に抜擢したのもある。
「お水をお持ちしました。メニューをどうぞ」
「あ、今日はもう決まっているので、アイスティーのケーキセットをお願いします」
「ケーキセットおひとつに、アイスティーですね。かしこまりました」
「はい、とりあえずそこまで!」
いくらか、咲乃も変化球を仕掛けた側とは言え。彼氏も同じように変化球を仕掛けてくるとは。
けれど、漣も練習を重ねたおかげか、かむこともなく適度に対応出来ていた。
あとは実践もだが、オーナーの克己に合格点をもらえればすぐに戦力になるだろう。
「うん。漣ちゃん大丈夫だと思うよ? さすがは咲乃」
「あ、ありがとうございます!」
「うんうん。あとはおじーちゃんに合格もらえたら、すぐに実践よ?」
「が、がんばります!」
何はともあれ、一人の少女を預かってしまったが。
思わぬ戦力に、咲乃は期待大なのであった。
次回はまた明日〜




