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ウィンタージュに憩いの羽音を  作者: 櫛田こころ
ささやかな日常
40/164

10-2.柘植奈央美

本日二話目






 *・*・*








 菜幸(なゆき)奈央美(なおみ)と一緒に、まずは彼女の家に寄った。


 荷物を置いていくのもあるが、彼女は実家住まいなので万屋として挨拶に向かうためだ。



「……よく来てくださいました」



 出迎えは、奈央美の母一人だった。奈央美の父は、彼女が物心つく前に病死したために、母親が一人で奈央美を育てたのだそうだ。


 まだ50代らしいが、これまでの苦労のシワは隠せない。



「こちらこそ、よろしくお願いします」



 奈央美が死んだ甲本(こうもと)に狙われていたなどの真実は、奈央美が入院中に克己から連絡が入っているのでひと通り知っている状態だ。


 だから、万屋が奈央美の帰還まで警護する理由も事前に伝えてある。その上で、この家に菜幸が訪問したわけである。



「お母さん、この人は古厩(ふるまや)菜幸さん。万屋の人でもあるけど、私の……大切な友達になってくださったの」

「まあ……あなたと?」

「はい。万屋としてでなく、一個人として奈央美さんとは友人になりました」

「そうなの。……まだ奈央美の会社には行かないのなら、少しお茶でもいかがです?」

「あ、ダメだよお母さん。部長が待っているんだから!」

「あら、そう?」

「では、また日を改めてお伺いしますね?」



 第一印象は、奈央美からの紹介があってか悪くない結果になった。


 まだ素を見せるわけにはいかないし、ご厄介になるのは次回以降にしよう。実際、奈央美の部署の部長には午前中に向かうと知らせてあるので急ぐほどではないのだが。



「お母さん、私が友達少ないの知っているから。ユキちゃんに私のこと色々しゃべっちゃうもの。絶対午前中だけで終わらないわ」

「そっか。けど、良いお母さんじゃん?」

「まあね?」



 病院の方には、警察側から邪気の浄化が終わるまで面会謝絶にさせたと言う理由で、来てもらってなかったのだ。


 しかし本当は、甲本を殺害したのと同じ少女が奈央美までも亡き者にしようかと篤嗣(あつし)が危惧して、巻き込まれないように遠慮してもらったのだが。結果は、何事もなく終わった。


 なので、安心して奈央美の母親と挨拶出来たのだが、やはり女性だからおしゃべりが大好きなようだ。たしかに、今日の目的はそれじゃないので菜幸には少しありがたかった。



(さて、ここからが本番!)



 奈央美の実家から、バスと電車を乗り継いでデザイナー会社に向かい。電車を降りて、徒歩数分でその会社に着いたのだが。



「お、大きいね?」

「外観はね? けど、うちの会社は三階から五階だからそんな大きくはないんだよ」

「……なるほど」



 万屋とウィンタージュのように併設しているのは少し珍しいし、社会人になる前もだが、菜幸はあまり一般の企業の会社などに訪問した経験も少ない。


 だが、今回は晁斗(あさと)もだが克己にも大役を任されたのだ。普段のおっちょこちょいが出ないように、気を引き締めて立ち向かわねば。



「エレベーターで、直にフロアに行けるの。こっちよ」

「はーい」



 さて、デザイン会社と言えど、どんな会社なのか。


 死んだ甲本はWebデザイナーだったらしいが、部署が違うのに面識があると言うことは社内が狭いせいか。


 まあ、そこは終わったことなので気にしてはいけない。問題は、奈央美の上司とこれから立ち会うのでヘマをしないようにしなくてはならないのだ。


 エレベーターに乗り、ものの数分で目的のフロアに到着すると、前にいた奈央美が小さく声を上げた。



「部長!」

「退院おめでとう、柘植さん」

「わ!」



 わざわざエレベーターのフロアで待機していたようで、奈央美がそばに行くと部長らしい女性がすぐに彼女に抱きついた。


 と言うことは、奈央美は信頼されてた部下だったということ。



「……失礼します。万屋の古厩と言います」

「あ、あら。ごめんなさい」



 菜幸が最初目に入っていなかったのか、部長らしいその女性は奈央美から離れて菜幸に向かい、会釈してくれた。



「部長の近江(おうみ)です。今回はうちの柘植がお世話になりました」

「いえ、こちらも別件で柘植さんからのご依頼があったため、ご縁が繋がったまでです」

「そのようですね。甲本の件は……その、ありがとうございました」

「……いえ。何も出来ず、申し訳ありませんでした」

「無理もないです。警察からもいくらか事情は聞きましたから。さ、詳しいことはフリーフロアで」

「はい」



 それから、近江に連れられて、会社のフリーフロアらしいスペースに案内されたが。時間のせいかよくわからないが、机と椅子が等間隔に置かれたフロアには他に誰もいなかった。



「今日は私が出すわ。古厩さんはコーヒーにお砂糖とか大丈夫ですか?」

「あ、いえ。ブラックで大丈夫です」

「部長、私は自分で」

「大丈夫よ。今日だけだから、あなたはどうする?」

「えっと……じゃあ、ノンシュガーの紅茶で」

「わかったわ」



 ずいぶんと、フランクな間柄らしい。それだけ、奈央美が信頼している部下なのかもと確信出来そうだ。


 カップを複数運べる、穴あきトレーで自販機で購入してきた温かい飲み物を、近江は菜幸達の前に置いてくれた。



「古厩さん、単刀直入に聞いてもいいでしょうか?」

「はい」

「柘植の安全性は、もうほぼ確定でしょうか?」

「部長!」

「……私一個人の意見では、申し上げられませんが」

「警察には聞いたけど、万屋は界隈では有名だから。あなたの意見でも構いません」

「……わかりました」



 やはり、事前に晁斗から聞かされていたことが本当になった。


 今回所長の晁斗ではなく、菜幸に彼が指名した伸ばした社会勉強だけでなく、きちんと明確な応対が出来るための研修でもある。


 晁斗らとは違い、ある意味事務仕事の多い菜幸だからこその経験積みだ。



「率直に申しますと、柘植さんの安全は確保されたと思ってください。例の犯人はまだ捕まっていませんが、もし柘植さんを殺すのであれば同日に実行させられていたと思います。万屋の所長と警察の方により、それは確定となったからですが」

「……そうです、か。それは安心出来ました」



 そして、近江がひと息吐いてから、三人でカップの飲み物を飲み。


 今日は仕事の方は休みだけど、顔出しのために共に職場のお邪魔させてもらうと部署の人間は奈央美の帰還を喜んでいた。


 本心までは、全部読み取れは出来なかったが、万屋しか知らない菜幸でもいい職場だなと思えたのだった。

次回は15時〜

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