1-3.万屋ウィンタージュ②
お待たせ致しましたー
入ってきた青年の姿に、思わずぽかんと間抜けに口を開けてしまった。
(大っきいけど、若い!)
首を上げて顔を見てみたが、案内してくれた副所長らしい青年と年頃は変わらないように見えた。
背の高い青年は、ゆうやと呼んだ彼よりも線の細い青年の隣にどかっと腰を下ろした。ゆうやの言ってた通り、接客中だったのか服装は彼と同じギャルソン姿であったがネクタイは閉めずに襟をくつろげていた。
「じゃ、まずはこちらから挨拶だな。俺は熊谷晁斗。万屋の所長だ」
「僕は副所長の茅沼悠耶です」
「あ……えと、柘植奈央美です」
晁斗が名刺を渡してくれたので、奈央美は自分も挨拶してからそれを受け取った。
名刺にはきちんと『万屋ウィンタージュ所長』と記されていたので、偽りなく彼がこの事務所の所長なのだろう。
奈央美は受け取った名刺を手にしたまま、一回目を閉じた。
「……ここが、本当に万屋なんですね」
「店と共同経営だからな。普通はわかりにくいのも無理はない。先に聞くが、誰の紹介で知ったんだ?」
「えっと……たしか、荘重先生でしたが」
医師の名を聞いてくと、晁斗もだが悠耶も苦笑いした。
「あの先生の紹介なら、ここを勧められたのは必然ってか?」
「だろうね。僕らにお鉢が回って来るのも縁と言うか」
「え?」
「ああ、気にしないでくれ。それより、色々切羽詰まってるんだろ、そっちの『守護精が」
「どうして……」
まだ告げてもいないのに、ぴたりと依頼内容を言い当てられた。
奈央美はまたぽかんと口を開けてしまったが、瞬時に気を引き締めてしっかりと頷いた。
「……はい。ここでなら、私の守護精の容態が回復するだろうと」
守護精。
それは、生誕と共に現れ、分身のように生きていく一種の精霊のような存在だ。護り、慈しみ、手を取り合って生活していくのが当たり前の不思議な相棒とも言われている。
古来から式神の一種ではと謳われているが、近年の研究者の間では精霊に近いとされていた。
「守護精の調子が悪いのか?」
「原因がよく分からなくて、市販のはもちろん病院に行って処方された薬も試したんですが一向に良くならないんです。何軒か病院を変えたんですが、この前見ていただいた荘重先生からはここを訪ねれば大丈夫と言われて」
「治癒が依頼ですか。とりあえず、降ろしてくれませんか?」
「あ、はい」
守護精は自身の意思で現れたりするが、基本は宿主の体内で守護を務めてくれているものだ。
奈央美は、両手を広げて一回深呼吸をした。
『……我が真名との盟約に従う者よ。ここに降り給え』
降ろす為の呪を口にすれば、奈央美の手の上にほわんと赤い球体が浮かび上がった。
球体は奈央美の手の中に下りると、中のモノが段々と見えて来て、ウサギの耳をつけた小さな少女が姿を現した。だが、頰は異常に赤く、呼吸は正常とは言い難いほど荒かった。
「この子が、私の守護精の『ライト』です」
「たしかに調子が悪そうだな……」
「だね。風邪に見えなくないけど、それにしては息が荒すぎる」
二人の言う通り、守護精は人間のように普通に調子を崩すことはあるので薬も色々あるのだが、ライトはそれでも治らなかったのだ。
「お願いです! この子を治してください!」
もうここにしか頼みの綱はないのだから。
奈央美はライトを落とさないように腰を折った。
「大丈夫ですよ。この子の不調は僕と所長なら治せますから」
「ああ、特に問題はないぜ」
「え!?」
どこの病院でも匙を投げられるばかりだったのに、目の前の青年達はなんて事のないようにあっさりと承諾してくれた。
「そ、そんなあっさり……」
「ここは万屋。なんだって出来るぞ? まあ、今回は俺と悠耶がいたからちょうどよかったな」
「多分、あの先生のことだから僕と晁斗がいるシフトくらい把握してるのかもね」
「違いねぇ。じゃ、柘植さん。ライトを机に置いてもらっていいか?」
「は、はい!」
本当に大丈夫だろうかと少し不安になるが、言われた通りにライトを机の上にゆっくりと乗せた。
ライトは呼吸が依然として荒く、苦しそうに目を閉じていた。
『我が真名との盟約に従う者よ。ここに降り給え』
『我が真名との盟約に従う者よ。我の前に降り給え』
二人は守護精を降ろす呪を唱えた。
途端、二人の前に薄緑の光と青い光が現れ、収束していくうちに姿が見えた。
晁斗の前には、三頭身くらいのホワイトタイガーが。
悠耶の前にも、同じく三頭身程度の蒼い龍の姿が現れた。
初めて見る、高位の守護精だ。奈央美のライトのように下位に属する精霊とは異なって、あまりにも神々しい。
「仕事だ。空呀」
「おう」
晁斗がホワイトタイガーを呼べば、それは主人に応えた。
「事情は聞いてたぜ?」
「我らが、こちらの守護精に巣食う邪気を祓えばよいのか?」
「そうだね」
悠耶は龍の方を撫でると、龍は気持ち良さそうに目を細めた。
が、仕事だと分かればすぐに机にいるライトの方に向き直った。悠耶はそんな龍を見れば、何か準備があるのか席を立って棚の向こう側へと行ってしまった。
「あー、こりゃ早く来てくれて正解だ。ちょっと侵食されてるな」
くうがと呼ばれたホワイトタイガーは先にライトの顔を覗き込んで診察してくれてたようだ。
「我が水と交えて昇華させるしかないな」
「その方がいい。俺は促すだけにするぜ」
くうがと龍はライトを囲み、目を閉じた。
『薫風よ、舞え。彼の者を包み癒せ』
『行き交う風と共に舞え。我が源を糧に彼の者に宿る悪しき氣を取り除かん』
爽やかな香り漂う風にライトが包まれ、合わせて薄い霧が部屋全体を包み込んでいく。すると、ライトの呼吸が段々と楽になったのか落ち着いていき、やがて目を開いた。
「こ……ここは?」
「ライト、気がついたのね!」
「え、主?」
掠れているが、しっかりとした声でライトは上体を起こした。
そして、奈央美の顔を見るなりくしゃりと泣きそうな笑顔となって、思いっきり奈央美の懐に抱きついてきた。
「主ーー!」
奈央美はしっかりと受け止めて、出来るだけ苦しくない力でライトを抱きしめた。
「ライト、もう体は平気?」
「はい! 御心配をお掛けしました!」
「良かった……本当に良かった」
まさかこんな一瞬でずっと苦しんでた自分の相方が元気になるなんて想像してもいなかった。涙が流れるのが我慢できなかったが、それはライトも同じで服に湿った感触を得た。
「ありがとう、ございました」
それと、喜びに浸っていてはいけないと晁斗達に礼を告げた。
「無事に治って何よりだ。けど、礼は俺達の守護精に言ってくれ」
こっち、と晁斗はくうがと龍を指した。
「あ、ありがとうございます」
「いいってことよ」
「少し危なかったが、治って幸いだ」
どうってことはないと、二匹は頷いた。
「お待たせしました。守護精用の体力回復を促す緑茶です」
戻ってこなかった悠耶が、お猪口のような器をトレーに乗せて戻ってきた。
それを奈央美の前に起き、どうぞとライトに目配せした。
「これを飲めばいいんですか?」
「ええ。邪気に侵されてた間の分までとはいきませんが、いくらかはマシになるでしょう」
「……いただきます」
ライトが小さな手をお猪口に置けば、その器は彼女にはティーカップ程の大きさにも見えた。
ゆっくりと顔を下ろして中のお茶を飲み始める。初めはおそるおそるだったが、味が良かったのか一心不乱にごくごくと音を立てて飲んでいった。
「美味しかったです!」
全部飲み終えれば、先程より段違いにライトの声色がしっかりしたものになっていった。
奈央美を見上げてくる顔色も、ほんのり頰がピンク色に染まる程度にまで回復していたのが何よりの証拠。
ただ、
「あ、あのお支払いはどれくらいでしょうか?」
「あ、そうだな。どうする悠耶?」
「浄化術を施し、回復薬のお茶を出しただけだから……そうですね、しめて五千円ってところででしょうか?」
「え、たったそれだけでいいんですか!?」
「何かご不満でも?」
「不満どころか、そんなお安くていいんですか!」
これまでも正規の値段で診察してもらってきたが、あれだけの処方を施してくれたのにそんな安価でいいのだろうかと、OLになって間もない奈央美ですら驚愕を隠せない。
「うちはぼったくりじゃねぇし、医者に比べれば処置は専門外だが祈祷や邪気払い程度なら日常茶飯事だしな。もっと悪化してたら流石に万単位いただくことはあるが、その守護精に関しちゃセーフの域だからそれくらいでいいぜ」
「あ、ありがとうございます!」
「それと、今度は普通に下の店にも来てみてください。守護精向けのメニューも取り揃えてますから」
「はい! 是非」
所長の晁斗がそう言うのであれば、たしかなのだろう。
それと、喫茶店の方にはせっかくだからライトの快気祝いを兼ねて今から行かせていただいた方がいい。
晁斗達にもそう告げて、依頼料を支払ってから奈央美は事務所を後にした。
次回は20時〜