9-2.半堕ちの……後
本日四話目
*・*・*
篤嗣は今、御子柴と警察病院にいた。
半堕ちになりかけていた甲本泰彦を搬送させたあと、医師の許可を得てから事情聴取をするためだ。
漣の癒し手としての能力のお陰で、邪気は跡形もなく消え失せてしまったが。
体力などは戻るわけではなかったので、ひとまず休ませる意味も兼ねて搬送したわけだ。
だから、今は搬送してから甲本が目覚めるまで半日はかかったのだ。
「……で、全部話してくれんのか?」
「……はい」
邪気が抜けきった甲本の表情は酷く落ち着いていた。
「では、甲本泰彦さん。あなたに、呪具を与えて柘植奈央美さんに近づくきっかけを与えただけでなく。半堕ちに近い状態にまであなたに呪をかけた存在。それをどこで入手したのです? 調べましたが、あなたは一般の企業人だったはずでしょう?」
「……約、一ヶ月前のことでした」
甲本の話によると。
事務だった柘植に幾度か仕事で助けられたことがきっかけで、想いを寄せるようになったが。地味な自分では見向きもされないのか、仕事以外特に接点を持てなかった。
そして、ある日悩みに悩んで酒に溺れてた時に、そこのバーのマスターが『頼りたいのであれば……』と、依頼をすることになったある人物へのコネクション。無地の黄色い名刺とだいたい行きつけの場所を教えてもらったのだそうだ。
名刺を渡す相手は、中学生らしい声色の覆面の少女。
呪具である滴型のストラップは彼女に渡されたそうだ。それがあれば、いつだって柘植に会いに行けると。
それと、術をかける度に接触をするのはこちらからするな、と少女が言うので。柘植にストラップを渡してからはごく普通に過ごしてたつもりだった。
だが、日に日に自分に黒い感情が湧き上がって来る様子は自分でも止められなかったらしい。
「柘植さんに声をかける同僚の男とか、上司とかって頭ではわかっていました。けど……嫉妬心以上の芽生えた感情が抑えきれなくて」
次第に、それは周囲に影響を及びしたのか。何人かが守護精に邪気を当てられたらしく、医者にかけ込んでも浄化出来ずに困る事態が増えた。
その当時は、甲本自体あまり気にしていなかったが。影響が柘植にも及んでいてもたってもいられなかった。
「んじゃ。お前が有給を使って、この前柘植奈央美が喫茶店に行った時は。その呪具を頼りに追いかけたってわけか?」
「……はい。気づいた時には柘植さんを追いかけていました」
どうやら、呪具と時折接触した少女の術のせいで、探知能力のようなものを一時的に得て。その能力を使って、柘植を追いかけて守護精をなんとかしようとしたらしい。
だが、途中から意識が朦朧としていて、気がついた時にはこの警察病院に搬送させられていたそうだ。
「つーことは。柘植奈央美をまた追いかけるのに、得た力を使って逃走したとこか」
「……はい。あとは、刑事さん達も知っている通りです」
「よし、わかった。聴取は一度ここで切り上げる。いくら元通りに戻っても、体力までは完全に戻っていない。今は休め」
「……はい」
もう柘植を諦めたかどうかまでは分からないが。
今聴くのは得策ではない。半堕ちでもなくなったので、収容所に護送されるかは上の指示がないと篤嗣達もわからないが。何せ、前代未聞の事態だからだ。
守護堕ちなどを、癒せるなど普通ではあり得ないことだからだ。
ひとまず、篤嗣と御子柴が部屋から出ようとした時に、甲本に異変が起きた。
「篤嗣君!?」
「あ、どした?」
「……う、う!?」
甲本が口を両手で抑えて、何か吐き出そうとしていた。
慌てて御子柴と駆け寄ったが、甲本の嗚咽は収まるどころか酷くなっていく一方で。
とりあえず、吐かせてやると掛け布団の上に、血溜まりが出された。
「うっわ、きっしょ!?」
「これは……!」
御子柴が白手袋を出し、なんの躊躇いもなく血溜まりの中をその手で漁った。
その間に、篤嗣は甲本を見るとやけにスッキリした表情で口についたままの血を手で受け止めていた。
「大丈夫か?」
「……え、ええ。なん……とか」
「篤嗣君。見つけましたよ!」
御子柴が探し当てたのは、黒いモヤを纏った小さな玉だった。
「これが、半堕ちにさせてた親玉さんの仕業か?」
「可能性としては高いですね?」
「甲本、お前その親玉さんに何かされなかったか?」
「……すみません。彼女に会った最初はともかく。他は、ほとんど記憶が」
「なら、もともと守護堕ちにさせるために。埋め込んだわけか。んで、今回の万屋の一人が癒したおかげで吐き出せた、と」
「そこまで、彼女の能力が?」
「じゃなきゃ、説明がつかねーよ」
上司の一部には、前代未聞の事態だからと漣の素性は明かさねばならないが。まさか、術を施された相手の呪具を取り除くのも可能だとわかれば、ことは慎重に運ばねばならない。
が、現状はちょっと悲惨な状態なのでナースコールで医師と看護士を呼び、すぐに精密検査と部屋の後片付けを頼んだ。
「彼女自身も、倒れたようですし。能力の多用は求めてはいけませんからね?」
「たりめーだ。漣は重度の記憶喪失だかんな?」
常識を少しずつ晁斗達が教えるとは言え、ウィンタージュで引き取るとなると同時に身元の確認も急ぎたい。だが、彼女は同時に守護無しだ。下手に広めれば、厄介な裏組織に引きずり込まれない。
「……篤嗣君」
「どーした?」
「あれは……?」
前を見ると、白いジャンパーのフードを深くかぶった、中学生くらいの子供が壁に背を預けながら誰かを待っている様子だった。
だが、篤嗣はすぐにおかしいと思った。
面会に、同伴もなくあれくらいの子供が単身で警察病院に来るのはおかしい。
おまけに、近づくたびに嫌な予感がしまくるのだ。
「……なんだ? 面会か?」
「ふふ。勘のいいおにーさんは嫌いじゃないよー?」
男じゃなく、女。
そして、中学生くらいの背丈。
まさか、と篠瑪を瞬時に顕現させて、鎖鎌の形態にさせて攻撃を仕掛けたが。
「篤嗣君!」
「ふふ。弱くないけど、おにーさんには用はないよー?」
あっさりと、繰り出した鎌を避けただけでなく、軽々とその上に乗って弾き返してきた。
「うっわ、いたたたた!?」
衝撃で鎌から元の守護精の姿に戻った篠瑪は、地面に落ちるとジタバタし出した。
「おい、篠瑪!?」
「旦那、あの嬢ちゃん只者じゃねぇ……!」
「うーふふ、鬼さんこちらー!」
「篤嗣君、俺がひとまず追います!」
「へー、眼鏡のおにーさんかぁ? 別にいいよー?」
だが、篤嗣が篠瑪を中に戻して御子柴を追いかけるのに、甲本の病室に向かった後。
甲本は、おそらくあの少女によって亡き者にされた。
目撃者は御子柴で。少女に追いついた時に、彼女は消えて甲本が腹部に風穴を開けさせられて、絶命してたのだそうだ。
「くっそぉ……。あんな奴、『裏』にいたか?」
「新人か。さらに闇に紛れていたか。どちらにしても、依頼人を失敗したら葬るなど初めてのことです」
「こりゃ……柘植奈央美には言えないな」
想いを寄せられていたこともだが、一応同僚だった相手。ショックはするだろう。
だが、刑事として篤嗣は伝えることを決意したのだった。
次回はまた明日ー




