8-3.行かなくては
本日四話目
「あんま大丈夫そうじゃないな?」
「お兄ちゃん!」
背後から篤嗣が息を切らせながらやって来た。御子柴は見当たらないが、どうやら一人で警視庁から飛ばして来たようだ。
「俺の透視眼使って視える範囲でも……ありゃ悠耶キレてんな? 守護具解放させてっし」
「……悠君ったら」
相変わらず、咲乃の事となると正常でいられなくなるのは仕方ないというか。自分とて、従兄弟達が来るとは思わなかったので対応しようとしただけなのに。
だからとは言え、奈央美が連れ去られてからでは遅かったのだから、ここも仕方ないことだろう。
「ん? その人見覚えあんな? 昨日店にいなかったか?」
「そうよ。柘植奈央美さん、万屋にも一昨日依頼に来てたみたいなの」
「万屋にも? んで、なんでここにいるんだ?」
「半堕ちの狙いがこの人だったからよ」
「何?」
簡潔に事情を説明すれば、当然篤嗣の顔色は変わっ
た。すぐに晁斗達の方へ向かおうとしてたようだが、妹の話を聞こうと構えを解いた。
「なんでわかった?」
「晁君が、半堕ちから奪還してくれた後でしか私も簡単に聞いてないわ。けど、浴びてしまった邪気を浄化してから彼女の守護精ちゃんと協力して見つけたのがこの呪具なの」
まだ手にしたままの奈央美の携帯を兄に手渡す。ストラップからの放電は収まっているが、彼にはすぐにわかるだろう。スマフォ本体ではなく、ストラップの方へすぐに目が行った。
「なんだこりゃ? 普通の人間が作れる代物じゃねぇぞ?」
「私が外そうにも外れなかったわ。鳳嬰が言うには、これをGPS代わりにさせておけばいつだって柘植さんの場所を特定出来るみたいなの」
「質悪りぃな……半堕ちーー甲本の身辺とかはまだ調べ始めたとこだからわかってねぇが、そう言うこともあったのか。ってことは、介入者のせいで半堕ちになってんのかもな?」
「人為的な、守護堕ちの作成ね」
事例としては、自然に出来る守護堕ち達よりはるかに多い。背後にいる組織や個人の特定は未だ情報屋を使ってでも特定しきれていないらしいが、目の前にするのは初めてではない。
「だったら、咲乃は柘植さん連れてもちっと離れてろ。この呪具の術式解除させんのは俺がなんとかしておく。……っち、俺でも外せねぇなこれ」
「ハサミで切ってもダメそう?」
「やめとけ。下手したら感電するぞ」
すでにしかけたとは言いにくいが、携帯ごと兄に預けておくしかない。それよりも、戦力外の自分は奈央美ごとここから離れるべきだ。漣達も気にかかるが、今は出来ることをしなくては。
咲乃は鳳嬰を少し巨大化させて、その背にライトごと奈央美乗せた。
「お兄ちゃんも無茶しないでね」
「お前の言いたいことは物壊したりしねぇことだろ?」
「だって、女子会まだ途中だもの」
買い物はほとんど終わってるが、パンケーキと言ったスイーツ巡りをするつもりでいたティータイムはまだしていない。漣に食べさせてやりたいのもあったが、一端の女子として咲乃も食べたいのだ。
あまり物を壊され過ぎてはこのショッピングモールが一時閉鎖されるだけですまない大工事を行われることだろうから、これらのことが出来なくなる。個人的にそこは避けてほしいのだ。
「へいへい。土産は買っておけよ? 今日も店行くから」
「あら、刑事さんは意外とお暇なの?」
「そうじゃねぇが、息抜きくらいいいだろ? あと清司郎が菜幸に会いたくて暴走しかけてる」
「……清司郎さんに朝の写真見せちゃったのね?」
「そこはすまん」
御子柴の菜幸への想いの強さは菜幸以外周知の事実でいる。菜幸が気づいていないのは、御子柴をそう言う対象に見ていないのと別の理由があるからだ。
「んじゃ、巻き込まれないようにしろよ。篠瑪っ!」
「あいあいさーっ!」
短い呪で篠瑪を降ろし、顕れたら速攻で鎌に変化させた。篤嗣はそのまま晁斗らが張った結界に向かって駆け出して行く。
「……私達は離れるわよ」
「御意」
誰も怪我はして欲しくない。
だが、無傷で帰れるほど、こう言った戦いは甘くないのだ。
*・*・*
「漣ちゃん大丈夫!?」
「す……み、ませ……」
「しゃべんなくていいから。あー、自販機遠いからお茶も水も買って来れないし」
「だ……じょぶ」
「大丈夫じゃないって!」
菜幸とトイレに避難してから、更に頭痛と声の大きさが増したのだ。聞こえてるのはやはり自分だけらしく、追い払おうにもそう言った術を持っていないので受け止めるだけしか出来ないでいた。
『……しい。欲しい……彼女が、欲しい』
この言葉の繰り返し。相手が正常じゃないのは、記憶喪失で常識が欠如している漣ですらわかった。
最初に比べれば言葉数は増えていってもこの程度。
具体性があるようでない内容でしかないから、漣は相手の目的が自分かと勘違いしそうになった。
(……逃げ、ないと……僕が)
菜幸を巻き込んでしまう。
せっかく晁斗に拾ってもらったが、迷惑はかけられない。今までだってそうだったのだから、と思い当たった時に漣はすぐに考えるのを止めた。
(いつも、逃げてた……?)
何から、とかまでは思い出せない。
だが、感覚的に体に染み付いていたのだろう。昨日披露した歌のように、体が覚えてる記憶。そこがわかれば、漣は痛みに耐えながらも頭を振った。
(だめだ。逃げてちゃ……っ)
身寄りもなく何も出来ない自分を、彼らは受け入れて居場所を与えてくれた。その恩を返さずして逃げ出した方がよっぽど迷惑をかけてしまう。
『……げ、さ……』
言葉が、変わった。
よく聞き取れないがおそらく『彼女』の名前。漣は注意深く声に意識を集中していくと、だんだんと言葉がはっきり聞こえてきた。
『つ……げ、さ……ん、どう……して』
その名前に、漣は少し前に会った女性を思い出した。
「……な、ゆきさ」
「何? どうしたの?」
まだここに彼女がいるかはわからない。だけど、告げなくては。
「さ……き、会った……柘植さんが、危ない」
「どう言うこと?」
「誰かが……あの人を欲しいって聞こえて」
「マジ? ここにいるかわかんないけど……一応連絡してみる」
菜幸は漣の言葉をひとかけらも疑うことなく聞いてくれ、携帯を取り出して素早く手を動かして通話を試みた。だが、すぐに離して頭を横に振った。
「仕事に戻ったのか、ナオちゃん出ないよ。ごめん、確認出来ないや」
「そ……ですか」
他の連絡しようがないから、漣もどうしようもない。
だが、まだ響くこの声の正体が一体なんなのかわからなかった。
『あーあ、やっぱり欠陥品はそれ程度ってことかなぁ? 大して強くないし欲しいのは手に入らないし、だめだめだねぇ?』
突如、これまで聞こえてた男とは違い、怠惰を交えつつもはっきりとした声が聞こえてきた。
もう一度あるかと思ったらそれっきりだったが、頭痛が一切なくなり代わりに内から気力が湧き上がってきた。
「……行かなきゃ」
「漣ちゃん?」
「僕、行きます!」
「へ、ぇっ!?」
菜幸に断って、自力で立ち上がってから化粧室を後にした。
咲乃が危ない。守護堕ちがどれほどの強さがあるのか素人の自分で太刀打ち出来ないのはわかっているが、居ても立っても居られなかった。
(許せない、さっきの言葉っ)
何かをゴミのようにしか扱わない態度。
ただそれだけと言われても、漣自身が奮起するのには十分な理由だった。
「僕が、やれることだってあるんだっ!」
昨日発覚したばかりの漣の能力。癒し手として、出来ることをしたかった。
次回はまた明日〜




