8-2.戦闘体制
本日三話目
あの縛術も長時間保つわけではない。
悠耶達の方も焦っても時間をかけて正確な拘束術を用いようと集中しているので声はかけれない。
となると、半堕ちが仕掛けてきた場合すぐに対処出来るのは昨日と同じく晁斗と空呀だけだ。
「攻撃してきたら躱すかいなす程度しか無理だな?」
「とか言って加減きかなきゃぶっ放すだろ?」
「否定出来ねぇな」
それでいつもそこそこの破損被害を引き起こして、菜幸を盛大に怒らせてしまうのが常だ。半堕ちですらまともに対応するのは久しいが、加減がどこまで出来るかわからない。
そうこう話している間に、もがいていた半堕ちの動きが止まった。
「保って五分かそこらか!」
だが、雷撃の呪符は使用頻度を加減しなくてはいけない。加減を誤れば身体不全を引き起こすほどの重傷を与えることになるからだ。なので、一枚にしたのは進行を止めるために使ったくらいだ。
「怪我しねぇ程度に拘束させっか?」
「そんくらいだろうな」
持っていた札をしまい、別の赤い札を数枚取り出した。
「要となれ、楔となれ」
短い呪を唱えてから、札をすべて半堕ちに向かって放った。札は半堕ちに直接貼りつかず、彼を囲むように床に五箇所突き刺さった。
それを見計らいながら空呀は身体を巨大化させて晁斗の前に立つ。
「風縛、円翔陣!」
空呀が吼えるように大声を響かせると、刺さった札から旋風が巻き起こりそれが瞬く間に半堕ちへとすべて絡みついていく。当然、男はまたもがき出すが絡みついてくる風の鎖にがんじがらめになるしかない。
蜘蛛の巣のように見える風の縄でしかないが、持続時間はこれもそう長くない。前に守護堕ちと遭遇した時は3分も保たなかったからだ。
悠耶達は、と視線を動かせばいつの間にか構えを変えているのに口端が引きつるのを感じた。
「我、汝の命名、真名を顕現致す!」
まさか、奴の方が我慢を堪えきれずに守護具を喚び出そうとしているとは思わなかったのだ。咲乃が来たことにはやはり気づいていたのだろう。無駄に自分の声が大きい事に少し反省した。
どうやら、久々にキレたらしい。
「どーする……咲乃は向こうにいるし、多分気づいてねぇぞ?」
空呀が振り返ってきて顔が青ざめているように見えた。巨体に関わらずカタカタ震え出しているように見えるのも気のせいではないだろう。晁斗もなりたかったが、目を逸らしてる場合ではない。
「こりゃ好きにさせるしかねぇな………結界張るのも忘れてっから、代わりにするか」
「そーするしかねぇよな……」
空呀はもう一度咆哮を上げ、自分達を軸にして周囲に風の結界を施した。
*・*・*
「柘植さん、柘植さんっ」
晁斗から簡易的に浄化したとは聞いたが、専門家の咲乃から見れば大して出来ていないでいた。やはり、専門分野でない彼の術では半堕ちの邪気を上手く取り祓えないのだろう。
(でも、臓器に達してないのは幸いだわ)
まだ皮膚浸食の手前で済んでいる。臓器に達してしまえば、医療の手術並の器具が必要になってくるし今は周囲に晁斗達だけでもどこかに客や従業員が隠れてるかもしれない。公共施設で女性の肌を無闇に晒すわけにもいかないからだ。
「漣ちゃんの能力は未知数だし、無茶させられないもの」
癒し手の能力なら器具などを使う必要はないはずだが、彼女はここに来る前に調子を悪くしてしまった。
それもあるが、出来るだけ現場は見せたくない。免疫がない上に記憶喪失者が耐えられるかわからないからだ。
「鳳嬰!」
未だここに到着していない守護精に言霊の力を込めて呼べば、すぐに焔をまとった鳥が目の前に降りてきた。
「お待たせを。店内の邪気はひと通り取り祓えました」
「ありがとう。連チャンでごめんだけど、この人のがおそらく根深いわ。どうも至近距離で浴びたようなの」
「奥には届いてないようですね」
鳳嬰は躊躇いもなく自分の尾羽を抜き、奈央美の胸元に置いた。
途端、羽根を中心に淡いオレンジ色の光が奈央美を包み込んで、少し黒ずんでいた肌を綺麗な白いものへと戻していく。
顔色も青ざめて苦しそうになっていたのから落ち着いた寝顔へと変わっていった。尾羽はそのまま彼女の体の中へ埋まっていき、消えていく。
その効果に咲乃はひとまず落ち着けたが、残滓がないか服の上から触診してみる。
「……大丈夫そうね」
だが、半堕ちからは引き離さなくてはいけない。どうも、あれは奈央美が目的らしい。ならば、昨日もどうやって彼女の居場所を突き止めてきたのかがわからない。
咲乃達のように訓練すれば呪符などを頼りに出来なくもないが、それを一般人が可能にするとは思えない。専門の学舎か独学でも指導者がいなければ、簡単に身につくものではないからだ。
(……でも、手に入れれる手段はなくもない。どこかに……)
同性でも不躾ではあるが、咲乃は奈央美のバックや服のポケットなどを漁り出した。
「咲乃?」
「呪具になるものを持たされたかもしれないわ。でなきゃ、連日ですぐ柘植さんの居場所を突き止めれるとは思えないもの」
「……たしかに」
鳳嬰も納得したのか、ベンチの上から奈央美の体を覗き込んで探り出すのを手伝ってくれる。そこで、咲乃は一つ思い当たった。
「鳳嬰、この人の守護精に呼びかけて上げて。何かわかるかも」
「御意」
頷いてから、彼女は翼を広げた。
『……呼び声に応えよ、我が同胞よ』
言霊の込もった呼び掛けに、奈央美の胸元から赤い光が浮かび上がる。そこから、うさぎの耳がついた手のひらサイズの少女が姿を現した。
「ライト、呼び掛けに応えました」
可愛らしい鈴音に似た声が、鳳嬰に向かって跪く。下位の守護精が高位の守護精に向かって行う敬礼だ。
「ライトちゃん、少し聞きたいことがあるのだけど」
時間がないので咲乃が問いかける。こちらに気づくと、ライトは自分の主人が気を失っているのに驚いたが、緊急事態なのだと理解してくれて咲乃に向いてくれた。
「はい」
「あなたのご主人が、男の人から何か渡されたものはないかしら? プレゼントでなくても、メモか何か」
どんな些細なものでも媒体にはなる。形や大きさなど問わない。半堕ちから奈央美が受け取ったことが重要なのだ。
「ご主人が、でしょうか?……少し、お待ちください」
守護精は通常体内で眠りに落ちて待機しているものだが、宿主の記憶は読むことは可能だ。
ライトは目を閉じて、奈央美の額に小さな手を当てた。
「……ストラップのようなものを受け取っていますね。会社の休憩室で……携帯につけられるようなのを」
「それね! ちょっと失礼」
それならフードコートでバックにしまうのを見た覚えがある。
ビジネスバックを開けさせてもらうと、スマホはすぐに出てきた。邪気は特に見られないが、雫型の黄色のパワーストーンがトップのシンプルなストラップ。他にストラップはないので、ライトが言っていたのはおそらくこれだろう。
咲乃はそれを鳳嬰の近くに寄せた。
「どう?」
「……表層的には見えませんが、中の底面に何か術式が組み込まれています。これを持たせておけば、術者が依頼者に教えた簡易的な術で対象者を追うことが出来ますね」
「外しておくべきねっ」
これでは一種のストーカー行為だ。同じ女として許せるわけがない。可愛らしい見た目から奈央美が気に入っていたかもしれないが、目が覚めてから事情は話しておこう。そう思って、金具に手を触れようとした時。赤い閃光が走って咲乃の手を弾き返した。
「咲乃!?」
「だ、大丈夫ですか!?」
「え、ええ、怪我はないわ」
だが、なんと言う代物だ。
高位守護精の加護を持つ咲乃の手を弾き返すなど、これを精製した術者は相当の力を持つと言うこと。若い術者でも篤嗣の妹である咲乃が手を焼く事態など久々だ。
これを外すには、おそらく術者を探して壊させるか奈央美に渡した半堕ち本人が術者から聞いているであろう解除の呪を聞き出すか。
前者は時間がない。後者は賭けだ。
振り返って晁斗達の方向を見れば、昨日と同じような竜巻の結界で戦闘風景は隠されていた。
「大丈夫かしら……」
兄達が来るまでの時間稼ぎでも、半堕ち相手に怪我をしないわけがない。
あの様子では、半堕ちが正気を保てずに従兄弟達どちらかが相手をしているのだろう。恋人の方の悠耶であるとしたら、半堕ちに同情を覚えてしまいそうだ。
彼が相手をする場合、彼自身も平静ではないことが多い。自分が遠巻きに見えてしまったとしたら、巻き込みたくない一心で守護具を解放するだろう。
咲乃のその予想が当たってたことは、あとで知る事となる。
次回は15時〜




