8-1.願いは
本日二話目
*・*・*
「漣ちゃんどうしたの?」
菜幸の声に気づいて咲乃も振り返れば、漣が頭に片手を添えながら立ち止まっていた。
「もしかして、気分でも悪くなったのかしら?」
「いえ……なんか、頭の中から音が」
「音?」
騒音は大してない場所に移動しているから、もしかしたら耳鳴りだろうか。それがわからないでいるのなら、どこかで休ませなくては。
幸いカフェスペースが近いし、少し早いがティータイムにしよう。そう思っていたのだが。
「……何だか、声も……ザーザーしててよく聞き取りにくいんですが、男の人の声が」
「幻聴……」
「ではないっすね。嘘にしてははっきり聞こえてるようですし」
ならば、誰かの思念を拾ってしまったのか。能力は癒し手だけでも未知数とされているのに、まだ他にもあるとは驚きだ。
守護精がいない状態であるのによくそれだけ複数の能力を所持できるのか、実に不思議だ。
しかし、それならば目立つ場所にはいられない。ひとまず化粧スペースの大きい洗面所に連れて行くことにした。
『警報! 守護堕ちらしき男性が当店内に侵入して来ました! お客様は落ち着いて非常口に向かってください! 繰り返しますーーーー』
突如、警報アラームと放送が鳴り響き、最悪の事態を知らせてきた。
「こんなとこでなんでまた!?」
「うわっちゃー、警視庁にはすぐに応援呼んでも二十分以上かかるっすよ? こっちは漣ちゃんがこうだし」
「かといっても、何もしないわけにはいかないわ」
守護堕ちは本人もだが、二次被害が激しい。邪気を浴びてしまうことで、負の感情の強いものとシンクロしてしまえば第二、第三の守護堕ちとなってしまう恐れもある。事例としては少ないが、あってからでは遅い。
「我が真名との盟約に従う者よ。ここに降り給えっ!」
躊躇うことなく鳳嬰を降ろし、顕現させてから腕に留まらせた。
「お呼びで?」
「周回して浄化しながら守護堕ちを探して、あとから追うわ」
「御意」
とにかく、出来ることをするしかない。兄にもすぐに連絡してみたが、通話中なのか出なかった。こちらの件であってほしいが保証はどこにもない。
「先輩、私も行くっす!」
「ダメよ。漣ちゃんを一人にして万が一のことがあってからじゃ、晁君に怒られるだけですまないわ」
悠耶に連絡しても、携帯をロッカーに入れているのかLINEは既読にならない。仕方ないが、あちらは仕事中なのだから。
「とにかく、漣ちゃんとトイレとかに隠れてて! 浄化専門の私なら多少は対処出来るから」
「そんな、咲乃先輩!」
「さ……くのさ」
危険を顧みずに行動するのは悪い癖かもしれない。
だが、後悔はしたくないのだ、二度と。
咲乃は鳳嬰の気を追いながらショッピングモールの中を走り出した。
*・*・*
手に入った、欲しいものが。
ずっと見てくれなかった彼女が、自分の腕の中にいる。こんな喜ばしいことはない。
なのに何故、彼女は目を閉じているのかわからない。
自分は、ただ彼女と目が合って受け止めただけなのに。
それと、周りが騒がし過ぎる。
早くここを出て、二人になれる場所へ行こう。
そして目が覚めたら色々話したいことがある。昨日は、全然見てくれなかったから。
「動くな。半堕ちっ!」
誰かに進路を阻まれた。
よく見えないが、若い男だ。自分とそう変わらないくらいの。
だが、阻む意味がわからない。
(俺が……半堕ち?)
何を言ってるのだろうか。自分は至って正常の人間でしかない。ごく普通のサラリーマンと変わらない社会人だ。
そんな自分が、堕ちた存在になりかけてるなど思えない。だが、相手の男の目だけは真剣であるのが窺えた。
「邪気に染まり切る前に彼女を離せ!」
『…………断る』
泰彦は自分の声が酷く掠れて悪意が満ちたものになっているのに驚いた。
相手の言うことは、本当かもしれない。
信じようとしたのは、視界が黒く染まっていて見えにくいのもあったせいだが。しかし、せっかく腕の中にきてくれた彼女を離すわけにはいかない。これは譲れなかった。
(……逃げよう)
そして、当初の目的通りに彼女と二人になれる場所へ移動しよう。相手が刑事か誰かわからないが、自宅は危険だ。
泰彦は彼女を抱え直して、踵を返すと走り出した。
「晁斗、行ったよ!」
背後の男がまた声を上げた。
前に誰かいるのかと顔を上げたら、巨大な影が立ちはだかっていた。
「止まんな!」
一枚の紙を指に挟みながら構えていて、それを泰彦に向かって飛ばしてきた。
その紙を避けように泰彦にまっすぐ向かってきて、額に張り付いてきた。
途端、身体中に電流が流し込まれたような激痛を感じ、腕に抱えてる彼女に伝わってはいけないとすぐに床に降ろした。
『ぐぁ……ぁ、ああっ、ああああ!?』
痛い。痛いだけですまない激痛に頭が割れそうになる。
何故だ。何故、こんな苦痛を味わなければならないのだ。自分は、ただ普通に恋をしているだけの男の一人に過ぎなかったのに。
『……欲しいんでしょ? 彼女のことが』
ああ、思い出した。
あの悪魔の囁き。
あれに頷いてから、こうなってしまったのかもしれない。
*・*・*
まさか、目当てが自分達ではないのは意外だった。
(柘植奈央美が狙いだったのか……っ)
どこで、と言うよりは同僚か同期かもしれない。最悪はストーカーの類とも予想出来るが今はどうだっていい。
とにかく、晁斗は男が激痛にもがいてる間に下された奈央美を奪取し、少し離れたところにあるベンチに座らせた。気絶しているのか起きはしない。予備の札の一つで簡易的に浄化させてから、また男のところへと戻った。
悠耶の方は長い詠唱に入ってることから、昨日のように大技の拘束術でも繰り出すのだろう。晁斗は守護具は今回装着せずに札をいくつか構えてから空呀を降ろした。
「なんかやっべぇな!」
「ここで守護具使っちまったら器物破損とかで訴えられるだけですまないからな!」
「そっちの心配か!」
「俺達は篤兄達と違って公務員じゃねぇからな」
あとは目立ち過ぎてしまうのもいけない。一介のカフェ店員として顔出しはしているが、万屋としては名が知れ渡り過ぎてはいけないからだ。
少数精鋭な上に複業しているために依頼数は進行中のものと合わせて増え過ぎてもならないゆえに。
自分達は篤嗣や御子柴が来るまでの繋ぎでしかない。プロ集団と言われていても、節度は弁えないと。
「晁君、悠君!」
「ちょっ、咲乃!?」
次の手を打とうとしていたら、このショッピングモールで女子会していたはずの従姉妹が息切れながらやってきた。
「なんで来んだよ!」
「晁君達が来てるなんて思わなかったもの。鳳嬰の後追ってる途中で見つけたから……あれって、柘植さん?」
「直接会ってなかっただろ?」
「少し前にお昼を一緒にしたのよ。もう会社に戻るって言ってたのに……なんで守護堕ちの近くに?」
「さっきまであれに捕まってた。昨日のやつと同じだ」
「じゃあ、半堕ちの……?」
「鳳嬰はもう来るぜ。咲乃はあの女の人んとこにいろよ。ここは篤嗣達が来るまで俺達が食い止めるから」
「お前、俺の台詞を……」
「ごちゃごちゃ言ってる暇ねぇようだぜ!」
「ああ。っと、漣達は?」
「なっちゃんと一緒に隠れてるはずだわ。私は出来ることがないか見回ってたの」
「無茶しやがって」
今対処に当たってる従兄妹兼恋人に言ったら、物凄く説教されるだけですまないだろう。篤嗣からの連絡がすぐ来て本当に良かった。
次回は12時〜




