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5-5.形態『守護具』

本日五話目

「欲しいもんが力なら、俺のをぶつけてやる」

晁斗(あさと)、マジでやる気か?」

「やるしかねぇだろ。行くぞ、空呀(くうが)

「……応」



 晁斗の言葉に空呀は静かに従い、体を床に降ろして顔を主人が半堕ちに向けた手の先に寄り添わせた。


 その準備が整えば、晁斗は半堕ちから目を離さずに口を開く。



「……我は求めず、我が望みにあらず」



 空気が揺れ、波打ち、風となって周囲を包み込んでいく。


「矛盾は壁の矢先。仮令(たとい)名仮令名、我が皆手。集い纏え、我と我が守護の欠けら達!」



 囲んでいく風は旋風のように速度を上げ、晁斗達と半堕ち以外を隔離していく。


 それにも大して動じずに、半堕ちは晁斗に向かってくるが、まだ詠唱は完了していない。


 焦りは生ずるが今は苛立たずに詠唱を紡ぎ終えるのを遂行するより他はない。



「我……汝の命名(みことな)、真名を顕現致す!」



 突如、空呀の姿が風に溶け込むように消えていった。

 と思いきや、一瞬だけ大きさを変えて晁斗の突き出している手の上に現れ、顎門を開いて咆哮を上げた。



「我が守護を担う白虎の化身、風の愛し子よ! 我が腕に宿れ、(レイ)!!」



 囲む旋風からさらに風が糸のように紡ぎ出され、絶えず咆哮を上げる空呀に纏うようにうねり、やがて空呀自身が形態を変えていく。


 それは、晁斗の片手だけでなく両の手に向かって巻きつき、収束していくうちに形が露わになった。



「守護具ーー白騎甲(びゃっきこう)!」



 動き出す前に動くしかない。被害を甚大にさせる前になんとしてでも。


 その為の切り札を、晁斗は自身の守護精を身体に纏わせることで可能にさせているのだ。


 高位の守護精との融合体術、『守護聖術』を。



「怪我だけは見逃せよ!」



 あの動かない堕ちかけが動き出す前に、少しでも浄化出来るように。


 白騎甲を突き出しながら、晁斗は正面から立ち向かおうとした。



「ーーやめとけ、晁斗」

「っ!?」



 半堕(はんお)ちに向けた豪腕を、晁斗より断然細身の腕によって止められた。


 その力は、その声は。


 晁斗は一瞬の焦燥と安堵の感情が綯交ぜになったが、すぐに腕を下ろした。



「おっせーぞ、(あつ)兄」


 まだ掴んでくる腕を振り払えば、抵抗しないことをわかってもらえたのかそれは外れた。


 振り返れば、旋風の障壁の内側に、どう入ってきたかわからないが歳上の従兄弟が苦笑しながら立っていた。



「しょーがないだろ? こっから署まで篠瑪(しののめ)で飛ばして来たってこれくらいがぎりぎりだ」

「だからって、タイミング悪いぞ? 守護具、出しちまったし」

「安心しな。うちの催眠療法担当が今客の方にちょいと操作させてもらってる。公共の場だから、とりあえずは、な?」

「また御子柴(みこしば)さんか?」

「あいつしか出来ねぇよ、それより」



 何故平然と二人は会話出来ていたか。


 それは至極単純なことである。


 篤嗣(あつし)が既に動いていたからだ。



「どうだ? 俺の縛縄(ばくじょう)は効くだろ?」

『ぐ……ぎぎ、が……っ』



 半堕ちの位置は、晁斗が拳を突き出していたところで止まっているままだ。


 変わったのは新たな拘束術。


 色は朱色。細いものもあれば太いものもあり、がんじがらめに半堕ち本人だけでなく守護精の方まで拘束しているためか、力が出せずに余計動けないのだろう。


 もがけばもがくほど絡みつく、蜘蛛の糸のように。



「篤兄、こいつ半堕ちらしい!」

「だろうな。でなきゃ店も本人もここまで無傷に近い状態じゃねぇだろ」

「浄化で落ち着くか?」

「それは、俺でも判断しかねる。だから………ひとまず、あの堕ちかけに等しい守護精を鎮めねぇとな!」



 指笛を大きく鳴らせば、風の障壁を突き抜けて大きな鳥が姿を現した。


 漆黒の濡羽(ぬればね)、真紅の瞳、通常ではあり得ない三本の脚。


 篤嗣の肩に止まった鴉は、晁斗を一瞬見た後人間のようにクチバシを緩める。



「晁斗はん、守護具解放はちぃっとやり過ぎじゃないかい?」

「うっせ! 俺じゃ縛術大したこと出来ねぇの知ってんだろ」

「ごたごた言い合うのは後! 晁斗、あれでもあと数分程度だ。さすがに襲ってくるだろうから、障害物とかを白騎甲使って弾き飛ばせ。俺は、引き剥がしの方をなんとかやってみる!」

「りょーかい!」



 途端、拘束していたはずの朱い縄が一部弾け飛び、晁斗は白騎甲ですぐに殴り返した。



「篠瑪、形態変化しろ!」

「あいあいさー!」



 篤嗣の指示に従い、篠瑪は翼を大きく広げた。


 同時に羽根が何故か崩れ落ちていくが、その下から鎖鎌のような武器が現れ、篤嗣の手の中に落ちていく。



「よっ、と。んじゃ、行きますかね!」



 障壁のある範囲では派手に振り回せないが、篤嗣は自信有り気に鎌の部分を振り回していく。


 そして、そのまま応戦中の半堕ちと晁斗の間に、正確には半堕ちの背後に回り込んだ。



「融合されてないことを祈るぜ!」



 鎖と鎌を半堕ちに振りかざし、思い切って横一線に薙ぎ払った。


 普通そこで血が溢れ出ると思われるが、そのようなことはなく、代わりに篤嗣自身が施した縄の残骸に混じって黒ずんだ守護精が離れていった。



「うっし、まだ融合手前か! 晁斗、掴み取れ!」

「おう!」



 飛んでいく黒ずんだ守護精らしきものを片手で掴み取るが、最小形態にさせているのか手のひらサイズだった。威圧と邪気を放っていたから大きく見えていたにだろう。晁斗が覗き込んでも、邪気に包まれていてよく見えない。



「篤兄、これどう……」

「ちょいと今無理!」



 処置を従兄弟に聞こうにも戦闘中であった。


 守護精を引き剥がしても、邪念がまだ残っているのか無鉄砲にも篤嗣し立ち向かい、素手で篠瑪の鎌にも立ち向かっていた。


 篤嗣本人にまだ余裕はあるようだが、傷を負わせない方に尽力を傾けていて加減が難しいようだ。

 なら、晁斗も出来ることをするしかない。



「白騎甲、封呪(ロウ)



 短い呪を唱えれば、手甲の姿は薄れていき、やがて手乗りサイズの白虎の守護精になっていった。



「もういいのか?」

「あっちは篤兄らに任せときゃ大丈夫だ。俺達はひとまずこれだ」

「ん? って、うぇえ! 俺じゃ浄化追い付かねぇぞ!?」

「だからって、何もしないわけにもいかねぇよ。やるだけやるぞ」

「……応」



 無理に空呀を頷かせ、二人で意識を集中させる。


「拓け、放て、蒼車(そうしゃ)の羽子板」

「狂え、震わせ、唐琴の糸切り」



 風を籠め、出来るだけ邪気を祓う。晁斗達に可能な手段はそれしかない。


 未だ交戦中の篤嗣達の邪魔にはなりたくない一心で、晁斗は空呀と詠唱を続けて黒ずんだ守護精に風を送り込んでいく。


 風は邪気を一時的に薙ぎ払ってはいるが、ただそれだけ。他に変化は見受けられない。



「やっぱ無理じゃね!?」

「半堕ちでも進行が早まっていんのか!」

「いやまあ、これは想定内だな」

「あ、篤兄!?」



 つい今しがたまで交戦していたはずの篤嗣が、何食わぬ顔で晁斗の横に立っていた。半堕ちの方はと見渡せば、すでにのされている状態だった。ぴくりとも動かない。



「早く気絶させられるんならさっさとしてくれよ!」

「一応加減すんのが難しいんだぞ?」

「それはいいからこっちどーすんだよ! 俺と晁斗じゃ浄化厳しいぞ!」

「はいはい。とりあえずうちの妹連れてこれるようにしてくれ。外はもう大丈夫だろし」

「……わかった」



 軽く指を鳴らして障壁を解除し、霧散させた。


 まず気になったのは残っていた客達だったが、そちらに振り返れば全員寝ていて何故か咲乃(さくの)が一人のスーツの男性に茶を出しているところだった。



「お? 終わったか、清司郎(せいしろう)?」

「篤嗣君が遅過ぎるんですよ」



 篤嗣とはお互い同期なのに丁寧な態度を崩さない、眼鏡がよく似合う背の高い男性。それでも晁斗には届かないが、均整が取れていてバランスは大変よろしいと好まれやすい。


 捜査一課が刑事の一人、情報担当の御子柴清司郎だ。



「御子柴さん、毎回すみません……」

「晁斗君はいいんですよ。ご自身のお店を守るために動かれただけなんですから。咲乃さん、お茶は後でゆっくりいただきますね」

「はい」

「晁斗、大丈夫だったの?」



 防護術に体力を使っていた悠耶(ゆうや)は、休みつつも晁斗達を気遣ってくれていた。星燕(しょうえん)は客達に防護結界を張っているのか動かないでいる。



「ああ。ただ、これが」



 風で包みながら手にしている黒ずんだ守護精。

 結局暴れも何もせずに沈黙したまま微動だにしない。

 悠耶に差し出しても、彼も顔をしかめるだけだった。



「……良くない常態だね」

「篤兄が切り離してくれたが、俺と空呀での浄化も厳しい」

「それで障壁を解除して、咲乃と鳳嬰(ほうえい)をってことだね」

「そう言うことだ。咲乃、浄化頼む!」

「わかったわ! お兄ちゃん、吸収はお願い!」

「へいへい」

「篤嗣君、人命が関わっているんですから適当な態度はやめなさい」

「わーってるって」



 (あかり)の前では全力で甘えたな後輩でいるのに、他では相変わらず適当な態度でいることが多い。(れん)には一応節度ある行動を見せていたが。



「晁斗。その守護精いいか?」

「ああ」



 術を解除せずに手渡しても守護精に纏わりつく黒ずんだ邪気はまったく剥がれ落ちない。


 一体何がこの守護精をここまで追い詰めたのか。


 守護堕の原因の9割が守護精側とされている。理由は個々様々だが、一般例で言うと鬱に近いものらしい。


 精神的に追い詰められて正常心ではいられなくなり、次第に邪気を放って呑まれていく。これが半堕ちにもなりやすいケースだ。


 実際の守護堕はそれだけではないのだが、半堕ちにはよくある事だとか。克己(かつき)や燈達を除く万屋のメンバーでもまだまだ分からないことが多い。



「篠瑪、戻れ」

「あいよっ! 邪気の吸収をすればいいんだな」

「しのちゃんお願い。鳳嬰、来て」

「御意」



 ずっと待機していた朱雀を引き寄せ、咲乃も作業に取りかかった。宮境(みやさか)兄妹の浄化儀式の始まりである。

次回は明日の7時予定〜

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