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3-4.記憶喪失?

お待たせ致しましたー

 空想上、つまりアニメや映画、ドラマなどの娯楽などではよく取り上げられる事例だが、まさか現実でお目にかかれるとは思いもよらなかった。


 少年は本当に何も覚えてないと言うか記憶していないようで、黒目をぱっちり開けたまま晁斗(あさと)克己(かつき)をまだ交互に見ていた。



「なまえ、ってなんですか?」

「簡単に言うと、自分を示す記号のようなものだよ。君自身も覚えてないだけできっとあるはずだ」

「そうなんですか?」



 慌てた様子も焦っている表情も出ていない。

 これは本当に記憶喪失の可能性が高くなってきた。



「ふむ。受け答えははっきりしているけれど、基礎の記憶もほぼ無いとなると重傷だね。この時間はもう難しいが、明日には荘重(むらしげ)君のところへ連れて行った方がいい。私が行こう」

「ってーと、こいつうちに連れて帰んのか?」

「そりゃそうだ。(あかり)君は一人暮らしだし、篤嗣(あつし)も同じだ。うちはお前の両親が海外出張だから部屋は余っているしな」

「…………まあ、な?」



 篤嗣は刑事と言う不規則な生活をしている分、面倒を見れるとは到底思えない。燈の場合は厨房の管理と万屋を掛け持っている分同様だ。



「…………お兄さん達はなまえがあるんですか?」

「それが普通だよ。俺は宮境(みやさか)篤嗣(あつし)。この町の刑事っつーおまわりさんだ」



 いつ隣に来たのか、篤嗣が得意の笑顔で少年の疑問に答えていた。肩にいた空呀(くうが)はひょいっと少年の膝辺りに飛び乗った。



「記憶がねぇってことは、俺みたいな守護精もわかんねぇだろうな?」

「ど、動物がしゃべった!?」

「完璧に常識が欠如してるわけじゃなさそうだな?」



 それには晁斗も少し驚いた。他は何を覚えているのか少し気になってくる。



「え、どうして動物がしゃべれるんですか?」

「この子達は守護精と呼ばれている、私達人間の誕生と共に姿を現わす分身のようなものでね? この空呀はそこの晁斗の守護精だよ」

「あさと?」

「俺な?」



 わかりにくかったようで自分に視線を向けさせるようにすれば、黒い瞳はぱちくりと晁斗を見上げてきた。



「お兄さんがあさと?」

「そうそう。んで、向こうにいる俺くらい大きい人が燈って言うんだ」

「僕が安斎(あんざい)(あかり)だよ」



 距離があるので燈は少し声を大きくした。少年は燈の方に顔を向けると、くりんとまた首を捻り出したが。



「あそこに置いてあるのってなんですか?」

「あそこ?」

「あ、食ってる最中だったもんな?」



 食べかけだったカレーやサラダなんかの食器を見て不思議に思ったのだろう。食事に関しての知識はどうなのか、晁斗は少し気になった。



「お前、飯食ってないだろ?」

「めし?」

「食事のことだよ。体のここが空っぽな気分になっていないかな?」

「ここ、ですか?」



 パーカーの上から腹の部分をさすってみていたが、少年は克己の言う感覚がわからないようだ。

 だが、






 ぐぅううううううううぅう。






 唐突に少年の体から大音量の腹の虫が鳴り出した。途端、少年以外思う思いに笑いを堪えたり噴き出したりした。



「はっはっは!」

「すっげー音量だったな!」

「君の分も用意しておくよ。好き嫌い……はあるかな?」

「すききらい?」

「見てからでもいいだろう。カレーが嫌いな人はごく少数だけど」

「燈の飯はうんまいぞ!」

「おいしい?」

「んー、なんかこう……口に入れると幸せな気持ちになれるんだ!」

「ごめんね、わかんないや」



 ともあれ全員で食事を再開することに相成った。克己だけは先に食べていたようで精算の作業に戻っていったが。



「それが、めし?」

「ご飯とかも言うな? お前が飯っつーと違和感あるが」

「あさとさんがそう言ってたから?」

「俺のせいか? って、なんでさん付け?」

「んー、年上の人みたいだから?」



 自分の年齢もわかっていないのに、晁斗を年上と定義づけるのも微妙なところだが。



「俺は俺は?」

「くーがさん?」

「よっしゃ!」



 いや、空呀。そこは納得する箇所ではないと思う。



「おじいさんはかつじいさんですか?」

「いやいや、それは晁斗や他の孫達がそう呼ぶだけだよ。私は克己と言うんだ」

「かつきさん」

「俺は?」

「みやさかさん?」

「それは苗字って言って、名前の前につくものだよ。俺は篤嗣」

「あつしさん? じゃあ、あんざいさんはあかりさん?」

「そうだよ。はい、お待たせ」



 カウンターの向こうから、燈がカレーやミネストローネのプレートを持ってきて、少年の前に置いた。

 少年はカレーとかを見ても、よくわからないのかこてんと首を傾ぐだけだった。



「ごはん……?」

「食べねぇとさっき以上に腹の音がするぞ? その先が丸いスプーンって言うの使って口に入れて食べるんだ」

「すぷーん? こっちのとがってるのはなんですか?」

「そっちはフォークだよ。左側の緑色の葉っぱとかを刺して口に入れるんだよ。晁斗君達の食べるのを真似てみて?」

「はーい」



 なら、隣に座ってる自分が手本を見せた方がいいなと晁斗はフォークでシーザーサラダを食べ始めた。


 幾分かぬるいが、それでもシャキシャキとした歯応えは健在だ。ちらっと少年を見れば、持ち方も真似たのかごく普通にフォークを使って食べ出していた。



「どうだい?」

「おいしいってどう言えばいいんでしょう?」

「全部食べなくてもいいよ?」

「けど、残したら捨ててしまうんでしょう?」



 微妙な箇所だけ常識力が滲み出ている。反対にごく当たり前のことが欠如しているのが不思議だ。


 とは言え、記憶喪失患者との遭遇自体が初めてなので、他と比較しようもないが。少年はサラダを残さず食べてから次はスープに移っていた。



「………………あまい?」

「トマトや人参以外にも甘味が出る野菜を使ってるんだよ」

「これが、おいしいって言うんでしょうか。なんだかぽかぽかしてくる……」



 と言い出すとどんどんスピードを上げていき、これも空にしてからメンチカツカレーにも手を伸ばす。


 晁斗は食事が難なく進めれてるのにほっとして、自分もカレーを食べ出した。燈の作るカレーはスパイスから調合しているが、日本人向けに食べやすい辛さでどの年代にも好評だ。


 トッピングも野菜の素揚げやオムレツなどデリバリーにもしやすいものまで提供している。ウィンタージュではデリバリーは基本お断りしているが。



「……舌がちょっとヒリヒリする」

「大丈夫かな?」

「このおっきいお肉みたいなのと一緒なら大丈夫そうです」



 どうやら好き嫌いについてはあまりなさそうだ。


 とは言っても、カレーは克己が言っていたように嫌いな人口がごく少数だ。辛さの度合いなんかの好き嫌いはかなり別れるが。



「先輩ごちそうさまっす!」

「お粗末様。お代わりはいいのかな?」

「いや、メンチカツ二個あれば充分っすよ」

「めんちかつ?」

「お前が言った肉みたいなのってやつ。揚げ物だから腹にたまるんだよ」

「あげもの……」



 そう言いながら、少年はメンチカツの乗ったカレーをぱくっと口に入れた。


 表情の変化はないが、おそらく美味いと不味いの差がまだ見出せないのだろう。燈の作る料理でこう言うことが起こるのは信じられないが、少年のことを思えば仕方がない。だが、残さずに全て平らげた。



「食べ終わったら、手を合わせて『ごちそうさま』って言うんだよ?」

「ごちそうさま」

「俺もごっそさん!」

「俺もごっそさん!!」



 いつもならお代わりする晁斗と空呀だが、少年のことがあるので待たせたくはない。



「兄貴、片付け手伝う。万屋の仕事もあるんだろ?」

「まあ、明日でも大丈夫だけどね? せっかくだしお言葉に甘えようかな。蛍嵐(けいらん)はまだ帰って来てないしね?」

「おてつだい?」

「お前は座ってな。怪我しないとも言い切れないし」

「あ、はい」

「その間に俺が確認したいこともあるから聞いてもいいか?」

「あつしさんが?」



 片付けはある程度汚れを落としてから洗浄機で濯ぐので、然程時間はかからない。


 けれど、耳は二人の会話に向けようと燈とは無言で片付けを始めた。



「守護精ってのは一人一人につくものだ。俺や燈先輩に爺さんだっているぞ」

「見えませんけど?」

「基本は自分の中に待機しているもんだ。試しに俺が呼び出してやるよ」

「お、篠瑪(しののめ)か?」

「しののめ?」

「ちょっと待ってろ?…………我が真名との盟約に従う者よ。ここに降り給え」



 背を向けてるので見えないが、篤嗣の守護精が出て来たのだろう。

 少年が感心したような声を上げていたのが聞こえたので。



「わぁ……鳥、さん?」

「俺っちは八咫烏を模した妖っつーもんだ。篠瑪だぜ!」

「やたがらす?」

「神の使いとも言われてる妖鳥なのさ。脚が三本あるだろう? これが特徴だな」

「歩けるの?」

「まあ、最初からこうだもんで問題はないぜ」



 どうやら偏見意識は持ちにくい性格のようだ。


 篠瑪の姿自体は脚が一本多い烏だが、見ようによっては妖怪とも取れる姿をしているので好き嫌いが別れることがある。本人はサバサバした性格だからか、慣れれば然して問題はないのだが。



「君にもいるはずだ。俺がさっき言ったように唱えてごらん?」

「えーと……わがしんめいとのめいやくにしたがうものよ。んと……ここにおりたまえ?」



 ここで晁斗は少し振り返った。


 空呀と見つけた時は無反応だったが、詠唱となると話は別だ。呼びかけに応えない守護精の事例は、特例以外ほとんどない。



(どんなんだ……?)



 気になって少年がお椀を持つように手を前に出しているのを思わず凝視していたが、顕現する予兆すら起こらないでいた。


 これには側にいた空呀も、向かいの篤嗣や篠瑪も怪訝そうに眉を寄せた。



「………………あれ?」

「呼びかけに応じない?」

「変だな?」

「俺が見つけた時に声かけた時も無反応だったしな?」

「…………もう一回試してもらってもいいかな?」

「はい」



 しかし、今度ははっきり言ったにも関わらず、守護精が出てくる気配は結局なかった。


 克己も帳簿をつけ終えてからカウンターにやって来て、自分の守護精である玄武を模した岐笙(きしょう)を降ろすと少年の頭に乗せた。



「岐笙、この子の中に居るはずの守護精を呼び出せないかい?」

「…………居らぬ」

「は?」

「え?」

「何!?」

「嘘だろ、岐笙の御人(ごにん)



 守護精が存在していない、なんて聞いた事がない。

 犯罪等で引き剥がされる事例は聞いた事があるが、それ以外で起こり得る事態があろうとは。



「稀にない、『守護無し』なのかもしれないな?」



 ぽつりと言ったのは篤嗣だった。

次回は10時に

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