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3-3.帰還

お待たせ致しましたー

 車だとものの数分でウィンタージュの駐車場に到着し、篤嗣(あつし)には社員用の近くに寄せてもらってから晁斗(あさと)は助手席から降りて寝かせてた彼か彼女をそっと降ろした。


 相変わらずぴくりとも動かないが、口に手をかざせば落ち着いた呼吸が感じ取れたので、体調に問題はなさそうだ。


 今度は背負わずに両腕で抱え、篤嗣に扉の開け閉めをお願いして店の裏口から入る。



「おや、晁斗君と篤嗣君? 裏からなんてどうしたんだい?」

「兄貴!」

「先輩!」



 まだ誰もいないと思っていたら、料理長の安斎(あんざい)(あかり)が立っていた。黒のコックスーツを少し着崩しているところを見ると休憩に入るか、万屋の仕事に行こうとしていたのかもしれない。



「兄貴、休憩か?」

「いや、ちょっと万屋の方の下準備かな? って、晁斗君どうしたのその子?」



 やはり、万屋の方だったか。けれども、急ぎの仕事ではないようで至ってのんびりとした感じだ。そして、晁斗が抱えてる人物を視界に入れると急に目つきが変わった。


 その変化に、晁斗も篤嗣も気を引き締めた。



「…………寝てるだけかい?」

「一応は。あと、空呀(くうが)が呼びかけても中の守護精が応じなかった」

「妙だね」



 こちらに近づいてくると、彼は寝たままの人物が被ったままのフードを優しく外した。



(……………どっちだ?)



 晁斗が内心首を傾げたのは、抱えてる相手の髪型がどっちでも有りそうな感じだったからだ。


 今時悠耶(ゆうや)のように髪の長い男も多いが、長さは女に比べたら短めだ。フードを外した相手も前髪が目にかかるほど長く、後ろ髪も首の根元で一つに縛っている。


 失敬ながら胸を見てもダボついたトレーナーなので、触れるか立ってもらわないとわからないくらい控えめだ。男にしては中肉中背の標準に近い。


 近親者がある程度わかりやすい対象なので、こう言ったタイプを推察するのは苦手な方だ。菜幸(なゆき)については咲乃(さくの)の次にわかりやすいから除外。



「呼吸音とかに乱れはないね?」



 燈は手を取って脈を調べたり、前髪を少し払って額に手を当てたりとごく普通の診断を行っていた。


 手の方をちらっと見てても、もとより小柄過ぎなので男とも女とも見分けがつきにくかった。



「衰弱は見受けられないようだけど、どこで見つけたの?」

「俺の足で10分範囲向こうの住宅街。なんか違和感があったとこに行ったら空呀が見つけてくれた」

「晁斗君お得意の『勘』だね?」

「多分」



 第六感に近い直感能力が、常人と比べて高いと言うだけで特筆する程ではないと晁斗は思っている。


 だがこの能力は大事にしろと克己(かつき)や燈達からは常日頃言われていて、昼間の奈央美が万屋へ来た件も接客中に遠目から少し見ただけでなんとなくわかったのだ。


 野生の勘と言うべきか、良いこともだが悪い方面への直感に関して過敏に反応してしまう。



「ひとまず店に戻ろう。僕のはそこまで急ぎじゃないし、まかないは温めておくよ。篤嗣君は食べに来たのかな?」

「今日みたいな日には先輩の料理で気分持ち直したいっすよ」

「後で聞こうか」

「店ってもう締め作業?」

「オーナーが清算してるとこかな。悠耶君達は事務所の方にいるはずだよ」

「んー……とりあえず克爺に診てもらうか?」



 ウィンタージュはレストランではないのでディナータイムは長く設けていない。


 あくまで現代風の喫茶店と同じくらいになのと、万屋の仕事もある為に夜間営業を両立出来ないからだ。


 別にスタッフを増やすなり万屋の所員と喫茶側を分けるなりすればいいのだが、克己自身が喫茶店を持つことを夢見てたのと万屋だけでは見聞も偏る。


 なら、いっそのこと夢にして置かずにしようと、燈が調理専門学校を卒業したのを機にウィンタージュを開店させたのだ。


 燈が先導して裏口から厨房を抜け、ホールに出ると他のスタッフや客は一人も居なくて、レジの方に克己が一人で清算をするのに帳簿に書き込んでいた。



「オーナー、少しいいですか?」

「おや、何かあったのかい?」

「克爺、ちょっと見てほしい奴がいるんだ」

「ほぅ?」



 燈と晁斗の気迫に表情を変えた克己は帳簿を閉じて、こちらにやって来た。


 もう一人の孫の姿も見ると軽く苦笑していたが、晁斗の方に近づいて抱えている人物の顔を覗き込む。


 事情については燈の口から一通り説明されるのを聴きながら、額に手を当てていた。



「ふぅむ、燈君が言うように問題はなさそうだが……ここまで起きないのは少々おかしいね」

「悠耶達にも診てもらった方がいいか?」

「あまり変わりはないと思うね。とりあえずは、お前達の空腹を満たす方が先だろう。その子は私が見ておくからソファ席に寝かせてあげなさい」

「ん」



 元所長の判断がそうであるなら、若輩者の自分は頷くしかない。晁斗はソファ席に運んでからゆっくりと寝かせ、空呀にポケットから出てもらってから上着をかけてやった。









 *・*・*










「どうぞ召し上がれ」

「いっただきまーす!」

「食うぞー!」

「先輩のポークカレー!」



 温め直した燈特製のまかないが来ると、二人と一匹は堪らず声を上げた。


 まかないは空呀の予想通りのカレーで、他には小ぶりのメンチカツ二個にグリーンサラダとミネストローネ。


 単品だけでなく、緑黄色野菜もしっかり摂らせるのが燈の昔からの決め事だ。それは人間だけでなく守護精も同じにしているので、空呀の分も同量にしてある。違いは食べやすさに重きを置いているとこだが。


 空呀は即座にメンチカツにかぶりつき、篤嗣の方はミネストローネに手をつけていた。



「あー……先輩の飯久々、癒されるー」



 相変わらず偏りがちな食生活が多いのだろう。刑事と言うものは、テレビドラマなどのイメージじゃそう言う感じに思われてるのが多い。


 実際、篤嗣の部署はいつでも人手が足りないところであるらしいからか、昼も夜もまともな食事にありつけないと聞いてはいた。今日もコンビニ弁当か出前といった高カロリーなもので済ませたのだろう。


 晁斗も冷めないうちにミネストローネから食べ始めた。トマトの優しい酸味にコンソメの風味がまず口いっぱいに広がる。次に人参や玉ねぎ、セロリにじゃがいもを賽の目に切った野菜達が、時間を置いてもシャキシャキだったりホロっと舌の上で崩れる感じはなんとも言えない。


 それを半分ほど食べ終えたら、シーザードレッシングがかかったレタスやサラダ菜のグリーンサラダに。その次はメインのメンチカツカレーに。


 カツはオーブンで温めなおしたものだが、フォークで割れば中からほわっと湯気が立ち肉汁もじんわりと皿に流れていく。


 燈のメンチカツは下味がしっかりついているのでソースをつけずとも食べれるから、晁斗はその半分を一口で頬張る。



「……んめっ」



 いつもながら、肉屋のメンチカツに負けず劣らず衣はサクッと、中の具材はほろほろ解けて口いっぱいに広がる旨味は飽きる気がしない。


 一個だけはそのまま食べたが、もう一個はもう一つのメインであるポークカレーの中に潰し入れてスプーンで掬う。


 そして口に運ぼうとした時。



「おや? 気がついたかな?」



 克己の言葉にカウンターに居た全員が振り返った。晁斗はスプーンを皿に置いて即座に席を立つ。祖父はソファ席の前で屈んで寝ている相手の様子を伺っていた。


 克己が顔側にいたので晁斗は足元に止まって覗き込むと、寝ていた彼か彼女はようやく身じろぎして袖で顔を擦っていた。



「ん、んー……」



 まだ夢うつつの状態で覚醒には至ってないようだ。

 だが、声も性別がわかりにくい。


 男にしては高いが、女でも少し低いと思うくらい。どちらにしても、起きてからでなくては確かめようがない。



「ふ……ぁ…………?」



 目を擦るのをやめて少し上体を起こした。


 しっかりと腰を上げてから、腕を伸ばして起床時によくやるようにうーんと伸びをした。まだいくらか眠気があるのか小さくあくびをしたら、ぱちっと目を開いた。前髪がちょうど左右に別れていたために、邪気のない綺麗な黒目がよく見える。



「え…………っと?」

「ああ、起きれたかな?」

「え?」



 晁斗と目があったが、すぐに克己が声をかけたのでそちらに振り返った。



「あ、あの……?」

「ここはしがない喫茶店だよ。私はここのオーナーだ。あっちにいるのが孫で君を道端に倒れてた君を運んできたんだよ」

「ぼく、をですか?」



 ぽつり、と声を溢した。


 そして、一人称が『僕』であることから少年と確定出来たのに、晁斗は少しほっとした。



(にしては軽過ぎだな、やっぱ)



 なら余計に、しっかり食べさせてやった方がいい。

 後で燈と一緒に作ろうと心に留めておく。



「え……っと、ありがとうございます」



 ぺこりとお辞儀されたので、なんてことはないと晁斗は首を振った。



「てか、なんであんな場所で寝てたんだ?」

「あんな、場所?」

「覚えてないのか? 住宅街の道端で座り込んだまま寝てたんだぜ?」

「じゅうたくがい? 寝てた?」



 くりんと首を捻り出して思い出そうとしてるが、一向に変化はない。



「じゅうたくがいってなんですか?」

「え?」

「はぁ?」



 記憶が混濁しているにしてはおかしな発言だった。

 今時の保育園や幼稚園時でさえわかる用語なのに。

 だが、少年は依然として目を瞬きさせながら克己や晁斗を交互に見ていた。



「それと、きっさてんってなんなんですか?」

「克爺……」

「これは、ひょっとしなくても……君、自分の名前は言えるかな?」

「なまえ?」



 これにも首を傾げ出したので、言うまでもなく確定だ。


 健忘症、俗に言う記憶喪失だ。

次回はまた明日の7時くらいに〜

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