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ラナス戦記 第1部 Lost Kingdam -1- 亡国の騎士  作者: 弥勒雷電
- Prologue - 『落日の陽光』
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- Prologue - 『落日の陽光』序編

とある王国の終焉。


それはとある皇国の始まり。


滅び行く王族はその血を守るため


苦渋と勇気ある決断を下す


今この大陸で栄華を誇った大国が


その歴史に幕を下ろそうとしていた。

――神ラナス暦216年黒龍の月26日

――ウォールウィンド王国南部国境線ガルナ渓谷


ただ、必死だった。


今となってはそのような表現しか思いつかない。


大地の神ドワークでも太陽神ノエルでも誰でもいい。一刻でも早く国都リアガルから離れる事ができるのであれば、愛馬の命と引き換えにしてもいいと彼らは思っていただろう。


たった40騎ほどの手勢。その中央には馬2匹に引かれる馬車がある。


40騎の騎馬隊は馬車を守護するように囲み、まるで何かから逃げるかのように足早で無言の行軍を続けている。


そう、実際に彼らは今彼らを巡る強刃から逃げようとしている。彼らの祖国であるウォールウィンド王国は未曾有の危機に瀕していた。


隣国であるラクティス共和国の奇襲に遭い、王都リアガルは戦乱の最中、彼らはその中で自分達が護るべく者のため、その命をかけて王都から、ラクティス共和国の強刃から脱出しようとしていたのである。


「どうしてこんな事に」


その一団の先頭には鮮やかな白銀に輝く環鎧を身に纏う男性騎士の姿がある。ウォールウィンド王国近衛騎士団筆頭騎士であるナルビス=エルシオル=テラーはそう今の自身の境遇を嘆く言葉を頭の中で繰り返した。


誰もがその時同じ想いを噛み締めていただろう。

旧帝のテネス王朝が崩御した後216年の間、このような大きな戦乱に見舞われる事などなく平和な世が続いていた。それがこの数日の間に一転したのである。


誰もが天命の神ガブリアラを呪い、そして隣国ラクティス共和国に対して憎しみの感情を抱いている。


そしてナルビスにとっては戦乱の王都に、国王の盾となって戦うべき近衛騎士である自分の姿がない事、いくら国王の勅命とは言え、王都と王宮を抜け出し、こうして戦場から離脱しようとしている自らの境遇は国王に対する絶大な忠義を寄せていた彼にとっては負い目以外の何物でもない。


そこにガルナ渓谷に吹く谷風が彼の透き通るような頬を打つ。普段は心地よいこの谷風も今は微かに血の臭いを運んでくる。


それが彼に今の彼らの境遇をつきつけてくる。


「風の神ティアラも面倒なものを運んでくれる」


ナルビスはそう吐き捨てるように呟くと自身の馬の手綱を緩め、速度を落とす。知らぬ間に後方を進む部下達から自分だけが前に突出していた。


「ほら、急げ!今俺達の置かれている状況を理解しろ。休みをとってる時間もない。一刻も早くこのガルナ渓谷を抜ける」


ナルビスは振り返るとそう後続に続く部下達を叱咤する。返す部下の瞳には充分すぎるほどの力が宿っている。


自分達に十分な時間などない。


皆、その事はしっかりと理解している。それだけが何よりの救いだとナルビスは思った。


「サー・ナルビス」


その時、前方に血のような真紅の武具で全身を覆い尽くした女騎士の姿が目に入り、ナルビスに声をかけてかけ、馬を並べて並走すり。ナルビスは顔を前方に向けたまま、彼女に声をかけた。


「リオン、前方の状況は?」


近衛騎士の中で真紅の武具に身を纏った女性近衛騎士のみで構成された部隊は『真紅の戦姫』と呼ばれ、ナルビス率いる『白狼』と併せて王族防衛の双璧を成す。彼女、リオンと呼ばれた女性騎士はその筆頭騎士、名をリオン・ヘルダークと言う。


彼女はつい先ほどまで前方の哨戒に当たっていた。


ナルビスは自分の同じ瞳の色をした従兄妹を横目で見る。真紅の兜の中に覗く色白の肌と力強い青緑色の瞳を供えた端正な顔をしたその顔には誰もが惚れてしまうほどの魅力が確かにある。そんなリオンもまた王宮騎士団の中で5人しかいない筆頭騎士である。


当のリオンはナルビスの問いにその張り詰めた表情を崩さずに首を左右に振った。


「今のところ、前方に敵影は見当たらない」


リオンの回答にナルビスはそうかと小さく頷く。


「すべて王都に流れたようだ」


ナルビスは続けられたリオンの言葉に苛立ちを覚える。彼女自身に悪気があったわけではない。


この南部国境線に位置するこのガルナ渓谷はラクティス共和国軍襲来時に最初に奇襲を受けた場所、その国境関所ラーマ砦は今彼らがいる場所から南に5ファスガス(5km)ほど降ったところにある。


そこまでの道のりをリオン達の班が偵察に向かったのである。そしてそこに敵影がないことから、このガルナ渓谷を突破した軍勢は全て、ここから北方の王都に向かったと考えるべきであろう。


彼女が言う状況判断は実に正しい。

たが、ナルビスはその葉に物を着せぬ言い方に不快感を露わにした。


「我らにとっては幸いなのか不幸なのかわからんが、今のうちに陛下の血を分けた盟友の待つ場所へ急ごう。いずれやつらは我々が居なくなっていることに気が付く」


「えぇ、そうね」


ナルビスは自身の率直な意見を皮肉を込めて吐露する。それにリオンが同意した事がナルビスの不快感に火に油を注ぐ。ナルビスは素直にリオンのこのような冷静がすぎるその性格は好きではないと。


無論リオンから言えば、ナルビスにわざわざ好かれる必要もないと答えるであろう。そこまで考えてナルビスは剃れ以上の問答を諦め、ふと振り返り、ようやく背後に追いついてきたそして40騎ほどの騎馬隊と馬車に視線を送る。


彼らの護る馬車の中には幼き子供達数名と彼らの母親に当たる女性を乗せている。


そう。女子供は皆、戦火の真っ只中にある王都リアガルから逃げてきた王族の血縁達である。


「どうしてこんな事に」


ナルビスは先ほど呟いた言葉をもう一度呟くと、苦虫をかみ締めるように渓谷の向こう側にある王都の方角を見つめた。

 

王族の王都脱出手引きとその護衛。


そう、これが彼らに課せられた国王ダリー=ヘインズ=テラーからの勅命であったのである。


———————————


それは突然の凶報であった。


彼らの祖国であるウォールウィンド王国が、南方国境を接し、7大国建国当時から同盟関係にあったラクティス共和国にその同盟の盟約を破られ、大軍を持って領境を犯されたのである。


とはいえ、ウォールウィンド王国はラナス7大国時代と呼ばれたこの時代に歴代『中原の狼』として名を馳せ、約200年の間栄華を極めていた。国の北方には大陸を東西に分断するレイクブリング山脈がそびえ立ち麓には広大な銀鉱山が多数存在する。その輸出で国内経済は潤い、元々遊牧民族『ヘカテ』を祖先に持つ彼らの王宮騎士団は特に精強で大陸一とも称されている。


そんなウォールウィンド王国はこのラナス大陸に於いても戦火に見舞われる事は建国来216年ものの間全く無縁であった。そんな大国がこうも簡単に武力侵攻を許してしまった。そこには大きな理由があった。


実はこの日、国王ダリー=ヘインズ=テラーに新たな男児が誕生し、王都リアガルでは国を挙げての祝典が執り行われていたのである。


『生涯独りの女性を愛す』


ダリーはそう言って生涯に側室を娶らず、公式には正室のみを愛したとされる愛妻家である。


そんな彼にとって実に4人目の男児の誕生というこのめでたき日に国民は誰もが身分を越えて杯を交し合い、昼も夜も一瞬すべてを忘れて歓喜の宴に酔いしれ、すべてを忘れた。


もちろんそれは民だけではなく、王宮騎士団、官僚、遠く離れていた国境関所の衛兵達も例外ではない。国中が新たな王太子の誕生を心から祝った。


もちろんナルビスやリオンもその歓喜の中に確かにいたのだ。部下や同僚と宮廷にて酒を飲み、宮廷料理人が奮って作った料理を楽しむ。


この上ない幸福で平和な時間が流れていたのである。


故にラクティス共和国はこの好機に長年同盟国として親交を交わしたウォールウィンド王国へ侵攻を計画したのだろうと後々の歴史家達は分析している。


そんな国中の祝福の中でこの未曾有の凶報は王都リアガルの正門付近で突如としてもたらされた。


背中にいくつもの矢を突き立てられた衛兵とともに…


これより二日前


――神ラナス暦216年黒龍の月24日

――ウォールウィンド王国王都リアガル 正門


「それにしてもめでたい」


その時、正門に立つ衛兵のひとりはそう言うと隠し持っていた葡萄酒を懐から出し、口に含んだ。もちろん交代任務中の彼らには任務を放棄してまで宴に参加する事はできない。


だが、彼ら自身も密かに隠し持った酒を煽り、このめでたき日に密かに日頃の激務を労いたいと思うのは当然であった。


「誰だ!」


葡萄酒を一口のみ、再び小瓶を懐に仕舞った時、正門にゆっくりと近づいてくる影を見つけ、彼は手に持つ長槍を構え、その影に声をかける。


「んなっ!お前!」


衛兵のひとりがその影に近づくと息を呑む。


そこには傷だらけで背中に何本も矢を突き立てられた男の姿があった。彼らと同じ鎧兜を身に纏ってる故、敵ではない。だが、尋常ならざる状況であると察し、一気に酔いが醒めていくのを感じる。


「どうした?何があった?」


衛兵は血相を変えて倒れ込む音を抱き止めると問いかけた。

衛兵の腕の中で男は安堵の顔を浮かべる。それは自身の責務を全うしたと言う達成感からだろう。


「きゅ…急報だ…は…やく…王宮へ」


転がるように飛び込んできた男は南部国境線の関所『ラーマ城塞』の守兵だと名乗ると最後の力を振り絞り、口を開き、絶え絶えの言葉を伝えるとすぐに息絶えた。


その騎士に代わり、衛兵の一人が脱兎の如く、王宮に向かって走る。夜になっても終わることのない宴に酔いしれる民達の間を嗅ぎ分け、王宮に到着した彼は彼は何も躊躇する事無く、王宮玉座に飛び込んだ。


その時…玉座には国王ダリーをはじめ、宰相ガーラ・ガル・ビアン、最高評議会、王宮騎士団の幹部など総総たる面々が集まっていたが、誰一人衛兵の存在を気に留めるものはいない。


衛兵は荒くなった呼吸を整えると玉座脇に座る王国宰相の肩を叩いた。


「申し上げます。ラクティス共和国が南部国境線を侵犯、ラーマ城砦を攻め落とし、王都リアガルに向けて進行中との事……ラーマ砦の守兵からの情報です」


こうして祝宴の真っ只中であった王宮に“ラクティス共和国強襲”の凶報が届けられたのである。


「まさか、そんな事があるはずない。」


しかしその急を要する凶報にも、宰相ガーラは信じようとはしない。


「しかし、ラーマ砦からの確かな情報です。この情報を伝えてきた衛兵は王都正面正門にて私に伝言を伝えた後、息を引き取りました。確かにラクティス共和国軍より大軍が強襲されたと。」


現実は誰もが信じ難いという表情を浮かべるだけで、衛兵の報告を信じようとしない。国王であるダリーですら同様であった。


生涯の絆を誓い合った盟友。


当の侵略者であるラクティス共和国とは建国当時からこのような強固な盟友の関係にあったからである。


互いに東国国境を接するベルファーシュ共和国との領境紛争や国家対立の仲介を歴代ウォールウィンド国王が取り成した事もある。


また、ガルナ渓谷、北方の銀鉱山で産出される銀や銅の鉱物資源を共有、水路建設における資金援助、合同軍事演習などを通して互いに親交を深め合ってきた仲であった。


故にラクティス襲撃の報は彼らにとってあまりにも現実離れしていたのだ。


だがそのラクティス共和国に対する信頼も第二の凶報により、瓦解する。そしてこの時の対応の遅さが、彼らを崩壊へと導く一旦となったと言えよう。

 

ラクティス共和国に対する疑心と信頼が交錯する中、その第二の凶報は厳かにもたらされた。


「申し上げます。ラクティス軍、早くもガルナ渓谷に差し掛かるとの事。ガルナ渓谷守備隊が交戦状態に入っています」


飛び込んできた衛兵によりもたらされた情報により、やっと事の重大さが色濃く忠臣たちにも認識されるに至った。

 


途端に誰もが色めき立つ。


ラクティス共和国に対して“恩義知らず”と雑言を叩きつける者、ただただ慌てふためくだけの者、戦女神ミリアリアに平穏を祈る者、その場にいた誰もが冷静さを失っていた。


「カシムとクリストロフに兵をまとめさせろ。ガルナ平原に陣を張り、敵を迎撃する」


だが、時の国王ダリー=ヘインズ=テラーだけは冷静だった。ダリーは王宮騎士団の大将軍格であるカシム=ダンティスとクリストロフ=ローラン、そして地方の諸侯宛の勅命を与え、敵国迎撃のための出撃命令を出した。 


だが、十分な時間も何もない。


諸侯の支度も間に合わず、十分な準備もままならないまま、早々にカシム達王宮騎士団は敵国迎撃の為に、国都リアガルを出立したのである。この凶報が王都に届けられてから半日後であった。


「ふぅ。カイザスめ、目先の人参に目が眩みよったか?」


ダリーは今玉座に腰を下ろし、父の代から懇意にしていた若き国王に対する苦言を呟く。


既に国内では祝福の時間が一転し厳戒態勢が敷かれ、王都の防備も固めている。ガルナ渓谷から攻め上がってくるラクティス軍にはカシムとクリストリフを当て、諸侯も準備が整い次第、合流する。いま今取れる最善の策は打ったとダリーは思っていた。


そしてラクティス軍の攻撃をもこれで凌ぎきれるとも。それだけウォールウィンド王国の鉄の騎馬隊は勇猛を誇っている。中原の狼と呼ばれるだけの自負と経験がある。


だが、一方のラクティス共和国もただ単純に攻めあがってきた訳ではない。そんな事まで当のダリーは知る由もなかった。


「陛下、東方、ベルファーシュ共和国との国境線上より、ラクティス軍が来襲。カシム隊が側面を突かれ、カシム卿は戦死。クリストロフ卿の隊がカシム卿の部隊をまとめてラクティス軍に応戦中です。ですが、さらに南部からの挟撃を受け、被害多数」


その報告が上がってきたのはカシム達が出陣してから数刻後、ダリーは全身の血の気が引いていくのを感じた。


「さらに東方より別働隊がこの王都に向けて進行中」


次々と届く第3、第4の凶報をダリーは信じられなかっただろう。だがこれは紛れもなく、事実である。一国の王として目を背けられる事態ではなかった。


そして徐々にラクティス軍の動きは明確になり始める。突如、東方のベルファーシュ共和国との国境線上からも姿を現したラクティス軍は軍を二手に分けた。


その一方がガルナ平原に迎撃に向かったウォールウィンド軍本隊の側面を強襲、大将軍であるカシムを討ち取るとクリストロフをガルナ渓谷に釘着けにしている。


そしてもう一方はこの王都リアガルに向かって障害のない街道を侵攻中との内容であった。


「なんという事だ。すぐに王都近隣の諸侯に出陣を急がせろ!ラクティス軍の迎撃、王都防衛の通達を出すのだ」


そのように側近に一通りの指示を出し終えたダリーはもう一度小さく唸り声を挙げる。即席で作る各諸侯の作る防衛網など雀の涙にすら値しない。


南から進軍してくる部隊を本隊と信じ込み、そして早々に兵を動かした自身の間違いをダリーは恨んだ。


だが、誰も国王を責めれる者はいない。この奇襲は歴戦の雄として数えられたダリーの予測の範疇を既に越えていたのである。


元来ラクティス共和国と東国のベルファーシュ共和国とは領境問題をはじめとして険悪な関係にあり、一方のウォールウィンド王国は双方と正常な国交を保っていた。その為、これらの紛争は歴代のウォールウィンド国王の仲裁によりとりなされた事も多い。


このような繊細な問題を常日頃から抱えた関係を続けてきた両国の関係において、ベルファーシュ共和国がラクティス共和国軍の国境侵犯を簡単に許すなど、これまでは断じてこれまでありえなかったのである。


「奴らめ、手を組んだか」


ふと頭に浮かんだ自身の考えにダリーは苦虫を噛みしめる。この状況を考えるとそう考えるほかない。そしてそれはベルファーシュ共和国からの援軍は期待できない事を意味する。


その事実はダリーを更なる絶望へといざなうには十分であった。


「くそっ」


ダリーは再び唸った。そしてその後に発するべき言葉が見つからず拳を円卓に打ち付ける。苦渋の表情を浮かべる彼にはもう講じるべく手立てが多くない事はよく分かっている。

   

「ナルビスとリオンを呼べ」 


彼は部屋の外で待機していた側近を呼び、荒々しく指示を出す。


王都守備の配備についている近衛騎士団筆頭騎士のナルビスとリオンを玉座へ来るように呼びに行かせると彼自身もまた円卓の間を後にした。

 

絶望の中にもただ1つだけ…


微かな希望の光を守り抜く為に…


- Prologue - 『落日の陽光』序編 完

 

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