7.旅の商人の少女
翌朝。
窓から日の光が差し込んでくる。
「う……うう……」
僕は酒場のテーブルに突っ伏した状態で目を覚ました。
周囲には誰もいない。一緒に飲んでいたほかの冒険者たちはベッドに向かったのだろう。
それにしても頭が痛い。これが飲みすぎたというやつか……
今の自分の姿を確認する……ブルーブリッツのままだ。変身は解いていない。
「おはよう、ブルーブリッツ。よく寝ていたわね」
「……おはよう、ピンキーハート」
仮面の姫騎士・ピンキーハートがやって来て僕に水をくれた。ちょっと頭がすっきりする。
「ありがとう……君は大丈夫か? 俺以上に飲んでいた気がするんだが」
「私は飲みなれているから、あれくらいは平気よ。それにしてもあんたは思っていたよりも弱いわねえ……」
ピンキーハートが呆れた顔で僕の方を見てくる。この世界の基準では、僕は酒がだいぶ弱い部類に分類されるらしい。
「勘弁してくれ……酒は初めてだったんだ」
日本では、17歳の飲酒は御法度である。仕方がない。
「ますます意外ね。17で酒が初めてなんて……」
「そういう土地で生まれ育ったんだ。そういうものと思ってくれ……」
僕はそう言って立ち上がる。変な姿勢で寝ていたためか、体のあちこちが痛い。まだ少しふらふらする。今日はまともに動けるような感じじゃないな……
そういえば……僕は気になっていたことをピンキーハートに尋ねた。
「昨日の夜の酒代はどうするんだ? 俺はいくら出せばいいんだ?」
「ああ、昨日のお金はここのギルドが全部背負うそうよ?」
「え? なんで……?」
「あんたが一網打尽にした『暴走する恐怖』はこの町の小さな冒険者ギルドじゃ捕らえることができないような危険な奴らだったからね。昨晩はそのお礼らしいわ。ありがたく受け取りなさい」
「そうか……」
変身を解く前にお礼を言っておかないとな。それにしても冒険者を管理する冒険者ギルドが手を出せないほど危険な冒険者パーティーって……
「なあ、あれで『暴走する恐怖』は全滅したんだよな?」
「全滅は言い過ぎね。あと30人はいるわよ? まあ、リーダーが捕まったから実質壊滅状態でしょうけど」
なんてことだ、まだ生き残りがいるのか……もし山田仁兵衛の時にばったり出くわしてしまったら……
「ふふふ……ブルーブリッツ、あんたしばらく有名になるわよ? 『暴走する恐怖』の主要メンバーをまとめて生け捕りにしたんだから」
僕の気持ちを知ってか知らずか、ピンキーハートが意地悪な笑みを浮かべる。ああ、仮面の上からでもうざい顔で笑っているのが分かる……
「他人事だと思って……」
「他人事だもの。それより、報酬は受け取りなさいよ……それじゃあね、ブルーブリッツ。またどこかで会いましょう」
ピンキーハートは立ち去ろうとする。この街を去るのだろうか?
「どこか遠くに行くのか?」
「ちょっと遠くにね。じゃあ、元気で!」
「ありがとう、ピンキーハート……じゃあな!」
ピンキーハートは手を振って冒険者ギルドの建物を出ていった。
Bクラスの冒険者ともなるといろいろ忙しいんだろうな。
さて、僕も動き出そう。
まずは冒険者ギルドの昼間担当の受付嬢・ファリナさんに話しかける。
「おはようございます。昨晩はお酒をごちそうになって、ありがとうございました」
「おはようございます! ブルーブリッツさん、『暴走する恐怖』を逮捕していただき、ありがとうございました!」
ファリナさんはそう言って、お金の入った大きな袋を渡してくれた。
中身を確認して、僕は驚いた。金貨なんて初めて見た。
「こ、こんなにくださるんですか……?」
「はい。『暴走する恐怖』の討伐はAクラス相当の案件なので……それとここだけの話ですが、うちのギルドを守ってくれたお礼も入っています」
ファリナさんがいたずらっぽく言う。ここまで大きなまとまった収入は本当に助かる。
僕は改めてファリナさんにお礼を言うと、袋を持って冒険者ギルドを出て――
「あ、やっべ、どうしよう……」
こんな大きな袋を持ったまま変身を解けば、僕がブルーブリッツだということがわかってしまう。この国には銀行がなく、どこに預けるということはできない。何かに換金しないといけないが、両替商は僕みたいな個人を相手に商売はしてくれない。
「あ、あの……!」
どうしようか悩んでいた時、急に声をかけられた。
昨晩、酒場で『暴走する恐怖』の面々に絡まれていたコートの少女だ。今日は背中に大きな荷物を背負っている。
「はい?」
「あの……ブルーブリッツさん……ですよね?」
「ああ、そうですが……?」
僕が答えると、少女は大きく頭を下げた。
「昨日は助けてくださり、ありがとうございました! それと助けてもらったにも関わらず逃げ出してしまい申し訳ありませんでした!」
大きな声で、感謝と謝罪を口にする少女。待ちゆく人々がこちらを向いてくる。ちょっと恥ずかしい。
「い、いいよ……とにかく、君が無事でよかった」
僕はそう言い、その場を立ち去ろうとして……気づいた。
彼女の背負った大荷物。もしかして彼女は旅人じゃないのか? もしかしたら、小さくて高価な物を持っていたりしないだろうか?
半分直感だが、僕は彼女に尋ねてみた。
「すみません、ご職業を伺ってもよろしいでしょうか?」
「はい? 一応、旅の商人をやっていますが……?」
よっしゃ、ビンゴ! 僕は先ほどファリナさんからもらった大きな袋を彼女の前に持ってきて、中身を示す。
「これで何か高価なものと換金できませんか? できれば小さなものが良いんですが?」
「こ、こんな往来でお金の入った袋を開けないでください! あ、あそこに入ってお話を聞きますから!」
彼女は冒険者ギルドの建物を指さした。僕は彼女についていくようにして、再び冒険者ギルドの建物の中に入った。
隣接する酒場の席に商人の少女と座り、改めて取引を開始する。
「では、お願いします」
「分かりました。まずは袋の中のお金を数えさせていただきます」
商人の少女は真剣な目で袋の中の金貨と銀貨のをテーブルの上に積み重ねて、枚数を数える。
「かなり大きな金額ですね……昨晩の『暴走する恐怖』の討伐報酬ですか?」
「はい」
「ふう……ここまでの大金となると……」
商人の少女は考えると、床に置いた大荷物の中から、白っぽいコインを1枚取り出した。
「これは……?」
「白金貨です」
白金貨! ファンタジーで名前はよく聞くけど実物を想像できなかったアレか!
「この袋の中身全部で……白金貨1枚分の価値になります」
「分かりました、ではそれでお願いします」
よかった、これで安心して変身を解くことができる……
僕は袋を渡し、白金貨を受け取ろうとした。
その時だった。
「おい、邪魔するぜ!」
「ここにブルーブリッツとかいう新米冒険者はいるか?」
ドアを乱暴に蹴り飛ばすように開け、厳つい顔の冒険者たちが30人ほど冒険者ギルドの建物の中に入ってきた。全員武器を手にして、今にも暴れだしそうな感じだ。
「ブルーブリッツというのは俺だ。俺に何か用か?」
僕は彼らの前に出た。嫌な予感がする。あとこいつら怖い。
「ああ、俺らは『暴走する恐怖』って言うんだがな」
「昨日の晩、お頭たちがお前に世話になったらしいじゃねえか?」
冒険者たちは武器を振り回しながら近づいてくる。
ああ、会いたくない人たちに会ってしまった。『暴走する恐怖』の生き残りに……!