4.冒険者登録
「姫騎士さーん! この度は教会の依頼を受けてくれてありがとうございました」
「いえいえ」
修道女のマリーダさんが戻ってきた。
そうか、姫騎士は教会の依頼で、ゴブリンからあの女性たちを救助するためにあそこにいたのか。
「でも今回はブルーブリッツがいないと危なかったかもね。ありがとう」
「ブルーブリッツ……?」
マリーダさんが首をかしげる。そういえばまだ名乗っていなかったな。
僕はかっこよく、真上にローブを脱ぎ捨てた。
「機動装甲ブルーブリッツ!」
左腕を前に突き出し、名乗りを上げる!
「はあ……?」
「はあ……」
マリーダさんがにこやかな顔のまま疑問符を浮かべ、姫騎士が深いため息をついた。
やはり反応が薄いのは寂しいし、恥ずかしい……
「マリーダさん、あの二人は?」
「はい。今はベッドで休んでいます。なかなか誰も引き受けてくれない依頼を引き受けてくれて、本当にありがとうございました」
「お礼ならあそこでカッコつけているブルーブリッツに言って。今回はゴブリンの大群を一人で全滅させた彼のお手柄だから」
「まあ、そうなんですか?」
マリーダさんが驚いた顔で僕の方を、ブルーブリッツの方を見る。
彼女には、ブルーブリッツがどう見えるのだろう?
キラキラ輝く変な鎧の男? 体の細いゴーレム?
まあ、そんなことはどうでもいいか。
「姫騎士さん、マリーダさん、僕はこれで失礼いたします」
「ちょっと……せめて報酬くらい受け取っていきなさいよ!」
「報酬は結構です。冒険者でもありませんし」
これ以上長居をしても時間の無駄だ。本来の依頼である森のゴブリン討伐の後処理と結果報告もしなくちゃいけないし。
この場を二人に任せ、適当な嘘をつき僕は立ち去ろうとする。
「待ちなさい、ブルーブリッツ」
そんな僕の手を、姫騎士が掴む。
「なんですか?」
「あんた、冒険者登録していなかったの?」
「ええ。特に興味ありませんので……」
実は変身前の『ジンベエ・ヤマダ』として冒険者登録はしているのだが、ここで正体を晒すわけにもいかないので黙っておく。
「ブルーブリッツ、あんた冒険者になりなさい!」
「え? って姫騎士さん、どこに連れていく気ですか!?」
「冒険者ギルドよ。報酬をもらいに行くついでにあんたを冒険者にするわ!」
何言ってんのこの姫騎士!?
姫騎士は僕の意志を無視して僕の手を引いて大股で歩く。ブルーブリッツのパワーで振りほどきたいところだが、けがをさせてしまう恐れがあるため、彼女のされるがままになるしかない。
「お邪魔しました、マリーダさん。さあ、ブルーブリッツ、行くわよ!」
「え!? ちょっと、待って、姫騎士さん!」
「姫騎士じゃなくてピンキーハート! みんなはなぜか姫騎士って呼ぶけど!」
偽名っぽいな。僕が言うのも変だけど。
仮面の姫騎士・ピンキーハートに無理やり手を引かれ、僕は小さな教会から引っ張り出されてバリの街の中心部にある建物――冒険者ギルドに入った。
「ファリナさーん! 冒険者にしたい人がいるんだけど!」
ギルド内にたむろしている屈強な冒険者たちの間を突っ切って、ピンキーハートは受付嬢のファリナさんに声をかけた。
「姫騎士様、こんにちは。どうしたんですか?」
「このキラキラ鎧男を冒険者にしたいの! さっそく登録と研修をお願いしてもいいかしら?」
「ええと……この方、ですか?」
受付嬢のファリナさんは困惑した顔で僕を指さす。ギルド内の他の冒険者たちも怪訝な目で僕の方をじろじろ見ている。
「たしか、顔を隠したままでも冒険者登録自体はできるわよね?」
「ええ、まあ、そうですけど……」
え? そうなの?
知らなかった……
顔を隠した正体不明の不審者じゃ絶対登録してくれないと思ったから、冒険者登録はジンベエ・ヤマダとして行ったのに……
「じゃあ、お願い」
「分かりました……ええと、この書類に記入をお願いします」
本当は二重登録する気はないのだが、ピンキーハートに押し切られる形になり、僕は先日書いた書類をもう一度書くことになった。名前をブルーブリッツにして。
「ブルーブリッツさん……ですか。それでは研修を行いますので、こちらに来てください」
「はい、それじゃあ、いってらっしゃーい!」
そしてもう一度、初心者研修を受けなおすことになった。
時刻はもう夕方になっていた。
他の新人冒険者たちと一緒に研修を受けた僕は、冒険者ギルド内にある酒場の席に崩れるように座り込む。二回目だけど、疲れた……
まあいい。こうして僕は……じゃない、ブルーブリッツは無事『冒険者』として登録された。
与えられた二枚目の冒険者カードには、ブルーブリッツの名前と冒険者としてのランクを示す『D』の文字が刻まれている。これでブルーブリッツとしても冒険者ギルドの依頼を受けられるようになった。
「お疲れ様、ブルーブリッツ」
研修を終えた僕を、元凶であるピンキーハートが出迎えてくれた。僕と同じ席に着く。ゴブリン達との戦いで折れたはずの剣を腰に差している。新調したのだろうか。
「はい、これ。私のおごりよ」
「ああ、ありがとうございます、ピンキーハート……」
ピンキーハートから差し出された冷たい水を飲……もうとして、口をマスクで覆っていることを思い出し、マスクを外してから水を飲む。おいしい。
「口……取れるんだ……敬語はやめてほしいわね。あなた、私と同い年、17歳くらいでしょ?」
「……どうしてわかったんですか? 顔は全部隠しているのに」
「女の勘よ。正解なら敬語はやめてもらえるかしら」
「わかりました……わかった。ところでピンキーハート、一つ聞いて良いか?」
「何かしら?」
僕は気になっていたことをピンキーハートに尋ねる。
「なんで俺を冒険者にしようとしたんだ?」
「ああ、それ?」
ピンキーハートが仮面越しに笑う。
「あなた、強くて優しいじゃない。それが理由」
強くて、優しい……?
自分の中で、ピンキーハートの言葉を反芻する。
わからない。
「強いのは分かるが……優しいとは?」
「あんた自分が強いのは分かっているって半分嫌味よ。事実だけど……あんた、ゴブリンに攫われた被害者を助けたじゃない」
「それが?」
「普通の人は助けない。それなのに、あんたは助けてくれた」
ゴブリンに攫われた被害者の女性二人に対する、街の人たちの冷たい反応を思い出す。
ああいうのが常識な世界では、僕みたいな人間でも『優しい』人間になってしまうのか……?
「……わかった。とりあえず、そういうものと納得しておく」
「そういうものだと覚えておいて。あなたはたぶん、この国では異質だから」
この国じゃなくてこの世界で異質なんだけどな。異世界人だし。
「ブルーブリッツ、今日のことは本当にありがとう。あの二人だけじゃなくて、私も助けられた。優しくて強い冒険者になって……またどこかで会いましょう」
ピンキーハートはそう言うと、席を立った。二階にある冒険者用の宿に向かったのだろう。
僕もそろそろ行こうかな。
まずは変身を解きに……