3.人権意識の差
「な、なによこれ!? 新種の魔物!?」
洞窟を出た直後、入り口の前に駐車していたバイクサンダーを見て、姫騎士が驚きの声を上げる。早速破壊しようと魔法の詠唱を始めてしまう。
「灼熱の炎よ――」
「ちょっと待って! それ僕のバイク……俺の移動機械です! 燃やそうとしないで!」
慌てて姫騎士を止めると、急いでブリッツコマンダーを操作してレーザー転送で宇宙空間のライトニングベースに戻す。
一人称もとっさに『僕』から『俺』に変える。
ブルーブリッツでいるときは『俺』でいよう。意味あるのかわかんないけど。
「消えた!? ちょっとどういうこと、ブルーブリッツ!?」
「まあ、説明すると長くなるので……あまり気にしないでください」
姫騎士からめっちゃ警戒されている。呼び方がいつの間にか呼び捨てになっている。
オートサンダーを出して帰ろうと思ったけど、止めておいた方がよさそうだ。
「ブルーブリッツ……あんた……本当に何者なのよ……?」
「通りすがりの変身ヒーローです。本当に気にしないでください」
「気になるわよ! そうだ、これ被ってなさい」
姫騎士はそう言うと、ドレスのポケット・アイテムボックスから大きな茶色いローブを取り出して、僕に手渡した。
「これは……?」
「その目立ちまくる鎧? が脱げないのなら、せめてそれを被ってなさい。街にそのまま行ったら騒ぎになるから」
たしかに。
ローブを纏い、フードで顔を隠す。そして僕らは徒歩で森を抜け、バリの街に帰った。
この国……というかこの世界において、ゴブリンに拉致され、ゴブリンに無理やり犯され、奇跡的に生き残った女性に対する目は厳しい。現代日本であれば、まず間違いなく『不当な差別』と断じられるほどに。
そしてこの世界においては、そこまで人権意識は高まっていない。
「おい……あの二人……」
「ああ。たしかゴブリンに前に攫われたっていう……」
「いやだわ……」
「ゴブリンを孕んだのかしら?」
ゴブリンの被害者の二人に対する、バリの街の人々の反応は冷たい。現代日本で生まれ育った僕にとってはあまりにもカチンとくる心ない言葉が相次ぐ。二人とも目に涙を浮かべていて、あまりにもかわいそうだ……!
「……ブルーブリッツ、堪えなさい。気持ちはわかるから」
「……わかっている」
僕の怒りの感情が細かな動きに出ていたようだ。姫騎士は小声で僕をなだめてくれた。
僕と姫騎士は被害者の女性二人を群衆から守るようにして、教会へと向かう。
「ここよ」
姫騎士が街の小さな教会の扉を押し開けてる。
「マリーダさん! いるー?」
「はいはい。姫騎士さん、おかえりなさい」
穏やかな笑みを浮かべる、マリーダさんというらしい若い修道女が出てきた。お姉さん、って感じの人だ。
「ゴブリンの巣窟で二人、保護したわ。手当てをしてあげて」
「わかりました……辛かったですね。さあ、まずは体をきれいにしましょう」
マリーダさんはそう言って、被害者の二人の女性を教会の奥に連れていく。
この場には僕と姫騎士が残された。
「さあ、これで任務完了ね」
「姫騎士さん……あの二人はこれからどうなるんですか?」
僕は姫騎士に尋ねた。
「教会の保護下で、社会復帰に向けて少しづつ訓練を受けることになるわ」
「でも、街に出たら……」
僕の脳裏に浮かぶのは、生き残った彼女たちを差別する群衆の姿。
「……残念だけど、これから社会で彼女たちが生きていくのはかなり厳しい。過去には自殺した人もいるわ」
「……そうですか」
どうにもならない。例え圧倒的な力を持つ、ブルーブリッツの力を以てしても。人の心はそう簡単には変えられない。
相田作太郎がブルーブリッツを作った意味は、何だったのだろうか?
「……でもね、」
姫騎士は続ける。
「私は、そんな社会の認識を変えていきたいの……どんな境遇の人に対しても、やさしい社会に」
この人は……姫騎士は、違うらしい。この状況を変えようとしているようだ。
「そんなこと――」
できない、そう言いかけて押し黙る。まだ不完全ではあるが、僕らの元いた世界は、不当な差別を乗り越えようとしていたではないか。SNSを通じて大きな流れになったこともあった。
姫騎士が行動を起こせば、もしかすれば……
「夢物語かしら?」
「……いえ、できますよ、きっと」
「え……本当!?」
「300年くらいたてば」
「……ちょっと、ひどくない?」
嬉しそうな顔をした仮面の姫騎士は、すぐに怒った顔になる。かわいそうだが、歴史に照らし合わせればこれが現実だ。
「有効かつ具体的な行動を起こせば、もっと縮まるかもしれませんが。例えば人はみな平等、貴族も平民も関係ない、とか。すべての人に教育の機会を、とか」
「はあ? そんなのできるわけ……いや、待って……?」
あれ? 食いついた?
かなり適当なことを言っただけなのに。
「かなり遠回りだけど……権利向上は確かに……それに意識を変えられれば……!」
姫騎士は何かぶつぶつ呟いている。しまった、姫騎士の思考に火をつけてしまったか? 厄介なことにならなきゃいいけど……
「ブルーブリッツ、その思想は誰の考え? 何の本で知ったの?」
うわ、答えづらい質問を……
「……俺の故郷で一般的に普及している考えだ。狭い所なので、身分とか関係なく助け合っていかないといけないんで」
嘘は言っていない。たぶん。
「そう……すばらしいわ!」
姫騎士はいきなり満面の笑みを浮かべた。
やっべ。なんか厄介なことになりそう。
「権利の平等と教育の普及! これでこの国は……いえ、この世界は大きく変わるわ! 画期的な考えよ!」
「そ、そうですか……」
仮面越しに目を輝かす姫騎士に対して僕はなんて言ったらいいか分からなかった。こんな考え、アルコ王国で公にしたら間違いなく殺される。そこのところ姫騎士は分かっているのだろうか?
僕は自分のうかつな発言を悔やんだ。