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ドライブスルー

作者: 後藤章倫

連絡を受けた大山増太郎(57)は、溜め息をつきながら重い腰を上げた。

玄関から一歩踏み出して空を見上げると、真っ青な空に太陽が眩しかった。そして通い慣れた道を会場へと向かった。

「あと何年、こんな生活をするのか」

増太郎は少し弱気になっていた。


会場へ着くと軽くウォーミングアップをし、通路を歩いて何時もの場所で身構えた。

反対側の入り口の上に灯っているランプが青色から赤色に変わり、立派な牛が入ってきた。

増太郎は目を閉じ、精神を集中させ

「キョエェェ」

と気合いを入れた。

牛の目は血走っていて鼻息も荒く、増太郎に興奮しているみたいだった。

牛が増太郎目掛けて突進を始めた瞬間、増太郎の鍛えぬかれた右手は手刀と化し、牛の急所である左前足付け根付近に突き刺さっていた。

牛は絶命し、その巨体がドスンと床に横たわった。

直ぐに数名の者達が台車と共に駆けつけ、牛を台車へ乗せ処理室へ入って行った。

増太郎は血で紅く染まった右手を見ながら、今日は味噌ラーメンが食いたいなぁと思った。

牛は手際よく各部位に解体され、店舗へと運ばれて行った。

増太郎は何とか今まで一敗もする事無く牛と闘い続けてこれたが、明日は、どうなるのだろうと考える事が多くなった。

もし自分が牛に負けるような事があれば、それで供給が止まってしまうのだ。

連絡を受ける時間は区々だけど、毎日必ず連絡は来る。隣の会場にいる冨田さんにも毎日連絡は来るのだろうけど、冨田さんはどんな心構えでこの仕事に打ち込んでるんだろう?

と、豚担当の冨田光司(52)の事も頭を過った。


さて、その頃店舗では、店舗裏にある玉葱畑で玉葱を収穫するスタッフの姿があった。

牛の到着後直ぐに調理に取り掛からなければならないために、その前の段取りとして玉葱の下処理、だし、つゆ、調味料その他の事を手際よく終わらせておかねばならない。


此処は、つい先月開店したばかりの大手牛丼チェーン店であり、この付近では初となるドライブスルーというシステムを兼ね備えている。

そして、そのドライブスルーは渋滞を起こしていた。


開店準備から開店一週間の間は本部より派遣されたベテランスタッフによる指導により店はスムーズに機能していた。

地元で採用されたスタッフ、アルバイト共にベテランスタッフから、この大手牛丼チェーンの牛丼魂を叩き込まれていた。

この土地の人々の特徴として、目新しい物や事柄には直ぐに飛び付く傾向があるものの、暫くするとケロッと覚めてしまい、心此処にあらず状態になり、その行為等を止めてしまう。

つまり、大手牛丼チェーン店のスタッフ、アルバイトとして毎日希望に燃えていたのは、ベテランスタッフが指導していた開店一週間程までであって、そのあとは

「あれ?何でわたしこんな事やってんの?」

「う~ん、人生間違ったわい」

「俺、カレー屋になる!」

「さてと、パチスロを打ちに行きますか」

等と口々に訳のわからない理由を言って次々と店を辞めていった。残ったスタッフも心此処にあらず状態である為に、新しく入って来たスタッフ、アルバイトに対して、この大手牛丼チェーン店の熱い牛丼魂を注入する事は無かった。

するとどうなるのか?ドライブスルーが大渋滞を起こすのである。


ドライブスルーとはどの様なシステムであるかと言うと、車に乗ったままで進入し所定の然るべき注文をする場で一旦車を停車させ、メニューや牛丼チェーン店のロゴが書いてあるボード付近に備え付けてあるマイク的なやつに注文をする。すると何処かに備え付けてあるスピーカー的な所からスタッフの声がして、注文を確認し

「では、ゆっくりと商品お渡し口へお車でお巡りください」

と、軽快な口調で言われ、言われた通りに商品お渡し口へ車を進め横付けすると、その商品お渡し口の窓がスゥッと開き、会計と引き換えに商品を受け取れるというシステムであり、非常に短時間でそれも車に乗ったままで買い物が出来るという優れたシステムである。

しかし、この店舗の其は違っていた。店のスタッフ、アルバイトは大体アンポンタンに成り果てていた。

開店二週間頃から、お客様が注文する時に話すマイク的なやつの調子が悪くなっていて、店舗内で注文を受けるスタッフが聞き取り辛くなっていた。しかし、アンポンタンに成り果てている為に誰も、そのマイク的なやつを修理しようなんて者は居なかった。その為に、お客様が、

「牛丼、並、三つ」

と、注文したにもかかわらず、中のスタッフには

「ガガガガガ………つ」

としか伝わらず、本来であればマニュアルに則り、その注文の品を確認しなければならないのだが、全く何を言っているのか分からず確認のしようも無い為に

「あの人は豚丼食いたそうだな、あの体型からして五杯は余裕っしょ」

と、勝手に判断し商品お渡し口の窓を颯爽と開け

「豚丼、大盛り、五つ、お待ちどうさまでした」

と、しれっと商品を差し出したものの、お客様は

「牛丼、並、三つつったろうが、ボケっ」

と激怒してしまい、ひひぃぃんと慌てて牛丼並を作ったりしているものだから、次から次へと入ってくる車によってドライブスルーは全然スルーしなくなりドライブステイとなり大渋滞になっていた。

そうなるとどうなるか?お客様達の苛々はマックスを迎え暴動が巻き起こってしまう。

これはいかんとお客様の怒りや暴動を鎮めようと、アルバイト店員の山下美加(26)は、先の大山増太郎の話を創作して、お客様へと話をしたのだか

「何言うとんじゃワレ、そんな訳あるけ」

と、火に油を注ぐ結果となり、この店は暴動により開店からひと月と三日で潰れてしまった。

暴れ狂うお客を見ながら山下美加(26)は思った。

「大山増太郎(57)さんは今日も牛と闘っているのかなぁ」





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