沈黙の鉄仮面 1
シリウス帝国南部 山岳地帯
南部の都市群と集落群の間に広がる山岳地帯には、道という程の道が三つしかない。
さらに、数百数千という規模の軍隊の行軍となると、一番中心の『血の道』と呼ばれる道しか、まともに通ることは出来ない。
この血の道は、古代からよく戦場になったり争乱の激戦地になる箇所である。
血の道の地面が赤みがかっているのは、何万もの人間の血を吸っているからだろうという話しは俗説であるが、実際に血の道の赤さを見れば、多くの人はそう信じたくなる。
『新たに帝国軍三百がこの地に接近中!』
急報を受けた先鋒の将ドン・ビッグは、その巨漢ぶりに似合わず目を細めて考えた。
こちらは全部合わせても百しか居ないのである。
その百で五百を相手にしていて、今度は敵が三百増えるという。
この半年、もう三度も帝国軍を撃退しているが、相手は二百、三百だった。
それがここに来て突然五百と三百である。
『派手に勝ちすぎたからなぁ。』
『はい?』
伝令の兵士の問いかけを、ビッグは慌てて手で制した。
『で、大将は何か言ってたか?』
『本日中は必ず道を抜かせるなと。』
『またまた、無茶ばかり言いやがる。』
そう言ったビッグだが、それなら可能かもしれないとも思った。
こちらは敢えて道を塞ぐ布陣をしていない。
血の道は切り立った崖と崖の間を通る約五十メートル幅の道である。
少ない軍が大軍を防ぐためには格好の場所に思えたが、道に布陣するなと言われている。
当初の打ち合わせで、ビッグは道を塞ぐ形の布陣を主張していたが、今になってみると道幅五十メートルを、ビッグの率いる先鋒五十人だけでその道幅を塞ぐというのは至難である。
本隊から違う伝令がやって来た。
先ほどの伝令と違って初老である。
初老の伝令兵が若い伝令兵に何事か告げると、若い伝令兵はすぐさま走り去った。
本隊には先ほどの若い兵士以外の若者は居らず、老兵を主としたとても戦闘向きとは言えない面々を総大将が率いるという異様な構成をしている。
『大将より伝言でございます。道の中と出口に工作済みとのことです。』
『工作?』
『行けばわかると仰っておりました。』
ビッグは何も言わず、進軍の準備を始めることにした。
血の道の全長は三キロ程だ。
叛徒との衝突があるとしたら、間違いなくこの場所だろうと思っていたが、何度斥候を走らせても叛徒が布陣している報告は無かった。
討伐隊の指揮官コーエン将軍は、いささか不信感を覚えたが、これまでの情報によれば叛徒の数は約百人程度である。
その百人が、帝国軍の討伐隊を過去三度も打ち破っているのだから、無論油断など出来ないのだが、後詰めが合流したいま、此方は八百である。
戦術は肝心だが、戦には勢いと時機も肝心であることを、経験豊富なこの将軍は理解していた。
打ち破られた過去の討伐隊の陣容は聞いていないが、コーエン将軍自身が戦場で鍛え上げた精鋭部隊である。
慎重に徹するよりも、臆病風に吹かれて士気が下がることを嫌うべきではないか。
五人目の斥候の報告を受けたコーエンは、その報告内容に思わず膝を叩くと、合流してきた後詰め三百を率いる六人の部隊長を呼んだ。
『斥候の報告によると、敵は百人を三隊に分けているらしい。』
『三隊?それは間違い無いのですか?』
『間違い無い。今朝、叛徒の先鋒五十が血の道に向かって進軍を開始した。敵の本隊は更に南に陣を構築している。敵先鋒と敵本隊の距離は二十キロ離れている。まさに好機であると私は見た。』
『敵の騎馬隊の位置は確認出来ていないのですか?』
『それだけが確認出来ていないのは確かだ。しかし、敵の騎馬隊は三十人程度と聞く。此方は私自らが率いる騎馬隊が百。敵の騎馬が姿を見せれば、私自らが迎撃するまでのこと。』
コーエン将軍は、後詰め三百をそのまま後軍として背後を警戒させつつ、自身の指揮下五百を前進させ、血の道を一気に通過することに決めた。
主力の五百が前進してきた。
血の道を通過出来ると踏んだらしい。
前から歩兵二百、騎馬百、歩兵二百という陣容で進んできている。
その五百の後ろには更に三百が控えているらしいが、これは主力の五百と百メートル程度の距離だけ保ち、背後に入れ替わり立ち替わりで斥候を送っているらしい。
強引な反面、油断はしていないらしい。
風は出口から入り口に向けて吹いている。




