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平野

イーリス公国領 勇者の砦


敵将を捕えたが、首を取る気も、殺して屍族の兵士にするのも気が進まなかった。


シャウールは、叩き伏せた敵将が意識を取り戻すと、麾下に加われと言った。


もちろん、あの敵将が麾下に加わる訳など無い。


そこで、シャウールは砦を明け渡すことを提案した。


敵将は憤り、殺せと叫んだ。


『水源は既に汚染した。もう砦はもたんだろう。砦を明け渡せば、追わないと確約しよう。』


『イーリスの勇者隊は、最後の一人まで戦い抜くと決めて来ているのだ!屍族ごときに降る真似はせん!』


『家族がいるだろう。』


その一言に、敵将はもちろん、発したシャウール自身もやや驚いた。


『勇者隊は全員独身者で構成するのが代々の掟だ。』


『親兄弟は居るだろう。戦うにしろ、滅びるにしろ、一度家族に別れを告げてから来るがいい。』


『無用だ。斬れ!』


血走った敵将の眼が少し鬱陶しいと感じ、シャウールは大した意味もなく近くの木々に魔術で火を放った。


『お前達が良くても、親にしてみれば良くはないものだ。砦を攻めてお互い犠牲を出すような戦は、このシャウールの美学に反する。』


『美学?屍族風情に美学があるというのなら、この私を切り刻むなりしてみたらどうだ!』


『この国は、このシャウールが滅ぼすと既に決まっているのだ。だがな、滅ぼすからといって、滅ぼされる側が何一つ納得もいかないまま滅びるなど公平では無いと思っているのだ。』


『国境の村々を滅ぼし、住民を屍族の兵士にした貴様が、今更何を言うか!』


敵将の目から血の涙が流れている。


『最後の時間は与えたのだ!』


シャウールが珍しく怒鳴り返した。


『生を奪う以上、奪われる側が全てに納得出来る訳では無いのは当然だ。だが、私はシャウールだ。屍族の高貴な王であり、貴様ら下賤な人間共とは違う。住民達を屍族の兵にする前に、家族や友人と過ごす時間を全員に丸一日与えたのだ。浅はかな人間の価値観で、このシャウールを語るな!』


敵将はなおも言い返そうとしたが、言葉に詰まったらしい。


シャウールは気持ちを落ち着けて続けた。


『貴様ら人間は野蛮だが、私は違う。家族の前で家族を殺すような真似もせん。苦しめて殺すようなこともせん。勝つことだけが正義だと考えて戦をやるような阿呆と私を一緒にするな。だから貴様は私に負けたのだ。』


敵将の唇からも血が流れ落ちている。


唇を怒りのあまり噛み切ったらしい。


『再戦を希望するなら受けて立ってやる。だが、まずは麾下の兵士達に家族と過ごす時間くらいやってから出直してこい!』


自分でも何故こんなことを言ったのかわからないが、敵将は全員の助命と引き換えに、砦の放棄を決意した。



イーリス公国領 勇者の砦より西に約四十キロの平野


足取りの重い敗軍が、二ヶ月と少し前に通った道を引き返している。


ポールは首を取られなかった。


何故、シャウールが自分を生かして解放したのかはわからないが、勇者隊も五百のうち戦死者は十三名のみである。


おめおめと生きて帰る、それが死ぬより辛いと思った。


イーリスの最精鋭である勇者隊も、生きて帰る敗北に誇りと自尊心が打ち砕かれ、それは死ぬよりも辛いことに思えていた。


何度も自害を考えたが、公にも民にも敗戦を報告しなければならない。


そして、その責めは全て自分が負わなければならない。


死力を尽くして戦った兵士達には、なに一つ責任は無いし、取らせるようなことがあってはならない。


向こう側から軍勢が行軍して来る。


五千ほどの部隊の後に、馬に引かせた車両が続いているので補給隊と護衛にも見えるが、イーリスの補給隊は撤退している筈だった。


先頭に居た一騎が駆けてきた。


ジャンだと一目でわかった。


『なにをしている!お前はここに居るべきでは無い筈だ!』


力の限り一喝したが、目から溢れ出す熱いものが止まらなかった。


近付いてきたジャンも泣いていた。


『兄上、よくご無事で!』


『この馬鹿野郎が。』


『はい!馬鹿が戻りました!』


泣きながらも笑っている弟に、敗戦をどう報告したら良いのかはわからなかった。


それでも、久しぶりに弟の顔を見たポールの胸の内から、絶望感が少しずつ消えていく。


『兄上、ひとまずイーリス公のもとにご帰還を。我々はここでシャウールを迎え討ちます。』


『策があるのか?』


平野で大軍を迎え討つという手が愚策であるという思いより先に、ジャンには何か策があるということしか考えなかった。


ポールは勇者隊の方を向いた。


『お前達はイーリス公の元に、家族の元に先に戻れ。俺は野暮用が出来た。』


『兄上、それは』


『止めても無駄だ。俺も負けっぱなしでは終われん。』


うつむいていた勇者隊の顔に、少しだけ希望のようなものが見えてきた。


『皆には悪いが、家族に挨拶を済ませたら、必ず戻ってきてくれ。俺は、シャウールに勝ちたいのだ。』


勇者隊から鬨の声があがった。


シャウールに対して憎悪は無い。


あれはただの魔物では無い。


シャウールは人ではないが、人格でも負けていることをポールは知っている。


それでも、奴を止めなくてはならない。


最強の援軍を得たポールの眼に、激しい闘志が再び燃え上がった。



シリウス帝国東部山岳地帯 忍びの里


平野での白兵戦をやらせてみた。


剣、盾、鎧兜で武装し、団体行動が物を言う白兵戦を苦手とする忍びは意外と多い。


集団で統一した行動をすることで、自分達の死亡率を下げる戦い方は、忍び達には不自由過ぎて上手く戦えないらしい。


サスケなどはそこそこやるが、他の忍び達は前に戦ったイーリスの兵士達より脆かった。


一度倒れた忍び達も体力が続く限り襲いかかってくるので、延べ人数だけならかなり倒しているが、それでも物足りなくなってきている。


十人の忍びを十回程倒し、盾と兜をかなぐり捨てたサスケを三度蹴り倒したところで、ムラオサは止めの合図を出した。


『ヒヨコ殿、だいぶ加減しておるじゃろ。』


『すまんが、相手にならんのだ。あと、俺の名前はピッキーだ。』


鳥人族の元で飛ぶことを学び、同時に自分が知らないうちに纏っていた魔力を少しずつ操れるようになっていた。


操れるといっても、炎や氷を出せるわけではなく、自身の身体にどのように魔力を纏い、自身の力や頑丈さを高めるというのがピッキーの魔力の正体である。


まだまだ自分のことはわからない。


だが、自分のことを少しでも知りたいし、自分を深めていきたい。


『少し駆けようかの、わしと。』


そう言うと、ムラオサは走り始めた。


走ると言っても、ムラオサのそれは他の忍び達すら凌駕する速さだ。


ピッキーは後を追った。


数ヶ月前のピッキーの駆け足は、人間より遥かに遅かった。


いまのピッキーの駆け方は、地を蹴り、低空で飛び、また地を蹴る。


忍び達より速かった。


しばらくするとムラオサに並んだ。


ムラオサが急に拳で突いてきた。


胴に深く入ったが、弾力を利用して弾き返した。


ムラオサの両脚がピッキーの頭部に巻き付き、上半身の力で投げられた。


投げに逆らわず、足で着地すると、地を蹴ってムラオサの懐めがけて突進した。


ぎりぎりで躱され、ムラオサは今度は頭部に右腕を巻き付けてきた。


そのままの体制でピッキーを垂直に抱えあげると、頭を地に叩きつけるべく激しく落とした。


激突直前にピッキーの踵がムラオサの顔に迫り、ムラオサは腕を離して避けた。


『フランケンシュタイナーからの垂直落下DDTを躱すとは、やるのぅ。』


何を言ってるのかちょっとわからなかったが、ムラオサには隙きが無かった。


その後もムラオサは、裏投げ、ジャーマンスープレックス、ダイヤモンドカッター、F5とかいう技を次々に繰り出してきたが、ピッキーも負けじと切り返しては反撃した。


ムラオサの捷さと膂力の強さから、技を掛けられるのは防げず、躱せない。


それでも、流れに逆らわないことで技が決まる前に返すことができている。


ピッキーの突進がムラオサの胴を捉えた。


しかし、それは木の人形だった。


背後から打撃が来たが木の人形を盾代わりにして防いだ。


引き付けてから蹴りを打ったが、相手はやはり木の人形に変わっていた。


想定内、木の人形を蹴って背後に突進し、ムラオサの胴に飛び込んだが、また人形。


それも蹴って飛び上がる、六方向から一斉にムラオサが追って跳んできていた。


反時計回りに回転した蹴りで、全てのムラオサを叩き落とした。


全て人形だった。


着地寸前に地面から飛び出してきた腕に両脚を摑まれた。


振り回され、振り回され、近くの木に叩きつけられた。


木が真っ二つに折れた。


その木を蹴って、ピッキーが着地する。


『久しぶりに血が滾る。おぬしは一瞬一瞬の間に確実に強くなっていく。もう少し、本気で闘わなければならんか。』


二人の死闘は夜まで続き、この日はムラオサが打ち勝った。

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