闘争
イーリス公国領 勇者の砦
まさに激戦である。
シャウールは、屍族の兵士達を昼夜を問わず攻め込ませ続けていたが、力攻めで砦は落ちないと直ぐに見切りをつけた。
包囲戦に切り替え、水の道と糧道を潰しにかかったが、どこからともなく現れたイーリス軍にあっさり撃退されてしまった。
屍族の兵士達は完全破壊されない限りは敵を襲い続けるが、打って出てきたイーリス軍の戦士達の剣に斬られると、瞬く間に消えてしまう。
死なない、眠らない、食を摂らない兵士とはいえ、今はまだ数に限りがある。
それでも、難攻不落の砦から敵が打って出てきたということは、そこに敵の弱点があると見抜き、敵の糧道を昼夜問わず襲わせ続けた。
攻撃も次々に手法を変えた。
伏兵による待ち伏せ、包囲、挟撃、波状攻撃。
攻撃の形状を一つに絞らず、敵の疲労を誘った。
それにも敵が対応し始めると、今度は敵と交戦中の第十七波の兵士達を次々に自爆させ、さらにシャウール自らその一帯を焼きにかかり、ついに糧道の防衛隊を退却させることに成功した。
勇者隊に死者は出ていないが、負傷者が多数出ているのをシャウールは確認している。
砦の内部にも兵糧の蓄えはあるだろうが、補給を絶つことに成功したシャウールの次なる目的は、砦内に繋がる水源の把握と破壊、そして砦内部への侵入路の確保であった。
勇者隊五百のうち、既に半数が負傷して一時的に戦線を離脱していた。
白兵戦を得意とする戦士隊がほぼ全員負傷しているため、糧道の奪取は難しい。
それどころか、敵が水源を狙ってくるであろう時に、打って出て防ぐことが難しいのだ。
屍族の王シャウールは、予想以上の戦術家だった。
敵が自爆特攻のような、なりふり構わぬ戦術に出ることを予想していなかった訳ではない。
ところが、打って出る度に敵が巧みに様々な用兵を見せてきた。
その用兵の一つ一つに完璧に対応することに追われたため、第十七波の突撃攻撃に対して包囲を試みた瞬間に一斉に自爆され、混乱しているところに火攻めをかけられた。
兵士達の傷は回復魔術で癒えるが、厄介なのは毒だった。
死に繋がる毒では無いが、病原菌の一種を自爆と共に撒き散らされていた。
治療は出来るが、病の平癒は自然治癒に頼る部分が否めない。
常に先陣に立つ元帥ポールを、咎める者など誰も居ない。
それがポールの心をますます苛んだ。
戦闘を開始して、早一ヶ月が経つ。
万を超す敵を消し飛ばしたにも関わらず、形勢はますます不利になっていた。
屍族の軍に弱点があるとすれば、今現在の屍族の軍勢を率いる者がシャウールしか居ないことだ。
人間としての死を超えてしまったシャウールの、文字通り人を超えた集中力が、軍勢の動きを支配しているとはいえ、その力も無限ではない。
細かい用兵をする際には、シャウール自身が局地戦の場に居なければならないのだ。
サラーム教国内で屍族の兵士を量産する役に、ネブカドネザルは祭司長アーロンと前教皇クローディアスを充てているが、彼らは軍勢の指揮官としては不向きであった。
ネブカドネザルの傍らに控える武将オウケンも、圧倒的な武技の持ち主だが、小隊や中隊を率いる局地戦は指揮できても、大軍の用兵は苦手だという。
ネブカドネザル本人に至っては、用兵など知らないと公言してしまっている。
当初はサラーム教国軍の将官を屍族にし、指揮官に充てようともしたが、実際にやってみると知能も何もない動く屍になっただけであった。
屍族の兵がネブカドネザルの言うとおりに動くことはするため、シリウス帝国の軍勢を圧倒する数を用意出来れば、ネブカドネザルがシリウス帝国との戦線に屍族を投入することは出来るらしいが、それには時間がかかる。
サラーム教国軍がシリウスとの戦線を膠着させている間に、イーリスを屍族の地にしておきたいというのがネブカドネザルの大まかな戦略である。
この大陸を屍族で埋め尽くすというネブカドネザルの狂気的な未来予想図に、シャウールは全てを賭けている。
ネブカドネザルに従った今もなお、彼の中では人間への憎悪が消えて無くならないのだ。
何故、自分は死してなお死なずにいるのか。
たまに、その答えが出ない問いを自分に対してするが、一通り考えるとやめてしまう。
答えは自分が知るところには無い、考えるだけ無駄なのだ。
難攻不落の砦を落とすためには、水源を破壊するのが最も効果的だ。
局地戦ではあるが、決戦でもあるとシャウールは思っている。
砦に籠もって戦い続けること二ヶ月。
味方の兵士の数は減らされていないが、昼夜を問わず敵が攻撃を仕掛けてくるため、兵士の力が削がれている。
闇夜に乗じて、砦の建つ山の絶壁部分から敢えて奇襲を仕掛けようとしたり、いつの間にか地下にトンネルを掘られて侵入を試みてきたりと、まったく油断が出来ない攻めを次々に仕掛けてくるため、防戦に当たる賢者隊の体力と魔力消耗が激しく、休息も不十分なことから回復しきれない苦しい局面ばかりが続く。
兵糧はまだ三ヶ月から四ヶ月は持つが、その前に兵士達の体力が尽きてしまう。
兵糧が持つ限りは保たせたい。
しかし、シャウールはその前に水源を狙ってくる。
水源を絶たれれば、もう保たない。
念の為に、水の備蓄も可能な限りやってはいるが、それでも数日しか保たないのだ。
水源の場所を簡単に看破されることは無いが、この辺りの土地を調べれば、そのうちわかってしまうはずだ。
ポールは自ら砦内の敷地に窪みを掘り始めた。
雨が降った際に、そこを溜池に出来れば良いと考えたのだ。
それでと一日余分に保つかどうかだが、やらないよりはやったほうが良い。
それから数日後、敵の一隊が西の山林部に入り始めたことを確認した。
決戦が近づいていた。
この辺りに、砦の方向に向かう川は無かった。
となると考えられるのは、井戸である。
井戸の水は地下水脈から湧くものだが、そもそもその湧き水自体は雨が降り、自然の中を巡り、地下に浸透していくのだ。
河川を探すのではなく、井戸に繋がっている地下水脈を殺す。
そのためには、地下水脈に至る水の道一帯を破壊してしまうことだ。
砦西側の山林部が、まさに地下水脈を形勢する水の通り道だとにらんだ。
深夜、シャウールは西の山林部に兵を進めた。
その山に入った瞬間、敵の気配を感じた。
伏兵として潜んでいる、もちろん勘である。
山林部、木々が障害物としてあり、斜面を登っている最中の奇襲がくれば、上に集中力が持っていかれるぶん、横や下に意識が向かなくなる。
全体を俯瞰して大軍を動かすことを諦めたシャウールは、一千のみを引き連れて進んだ。
敵はここで自分を討ちに来ている。
翻弄してやったつもりだったが、敵の指揮官が非凡であることはわかっていた。
切り札を使って嵌めたが、壊滅する前に見事な撤退戦をやり遂げた。
陣頭に立ち、士気を鼓舞し、それでいて戦術が理にかなっていた。
何度か突出したところを討とうとしたが、個人の武も中々のもので、逆に包囲を破って此方を探していた。
少数同士の戦いだが、あの指揮官もここを決戦の場に定めてきたらしい。
そして、こちらが戦い難い条件を上手く揃えた箇所で勝負をかけてくる。
斬られたことはないが、勇者隊の剣であれば自分を討てる可能性もある。
巨大な骸骨であるはずのシャウールは、肌がひりつく感覚を久々に感じていた。
敵が水源の心臓部に迫った瞬間、奇襲をかけた。
おそらく一千程度の敵に対して五十で襲ったが、展開しにくい斜面である。
展開が間に合った敵の数は二百程度、上からかける圧力と力でとにかく押した。
『居ました!シャウールです!』
身を隠しようが無い程に巨大な骸骨、王冠を被りマントを羽織っている。
ポールはシャウール目掛けて一目散に駆けた。
立ち塞がる敵は全て斬り伏せ、それでと駆ける速さは落とさなかった。
迎え討とうとするシャウールの顔面に、火の玉が直撃した。
賢者達の掩護だ。
それでもシャウールは杖を振りかざして火を放った。
既に宙を飛んでいた。
シャウールの太い首の骨を、横一閃に払った。
落ちていくシャウールの頭蓋骨と王冠、少しずつ朽ちていく。
シャウールの身体が崩れていくと、それは何十体もの屍族の兵士の塊だとわかった。
まだ着地していないが振り向いた。
やはり火が来たが盾で防いだ。
巨大な杖で叩き伏せられた、避けきれなかった。
意識が、遠のいていく。




